11.約束


シーヴァスの言葉通り、確実に決戦の時は近づいていた。
次第にインフォスの混乱は大規模なものへと変化していき、
勇者の任務もますます苦しいものとなっていった。
それはおそらく堕天使の復活に伴う影響だったろう。

まず、堕天使イウヴァート、次に堕天使アポルオン、
そして堕天使ラスエルが各地に出現し、インフォス崩壊へ向けて動き出した。

一方、アンジェたちはそうはさせまいと、
懸命に堕天使らを倒していった。
なぜなら、それがこの世界を救う唯一の道だと
今では知っていたから。
そして何より、
シーヴァス自身が堕天使の行いと見過ごせなかったからだ。
人の弱さや欲につけこみ、命も人間関係さえも無残に破壊してゆく堕天使のやり方が許せなかった。

だが、度重なる戦いの中で、彼らの本当の相手は、堕天使たちを総括している『ガープ』という存在だということが次第に判ってきたのだ。
その者こそがインフォス崩壊の元凶。

しかし、そのガープはいまだ現れなかった。
時間は確実に過ぎてゆくのに。
残された時間は約1年。
それまでに、堕天使ガープの居場所を突き止め滅ぼさなければ、インフォスの未来はない。

焦る一方、アンジェは複雑な思いを抱いていた。
なぜなら、旅の終わりが近づいていることをひしひしと感じ取っていたからだ。
旅の終わり・・・それはシーヴァスとともに過ごせる時間の終わりをも表すことだった。
そんなことは初めから判っていたことなのに、
時がたつにつれ、アンジェの心に重くのしかかってきた。
だが、そぶりは微塵も見せず、アンジェはシーヴァスと接していた。

そんな折、アンジェがシーヴァスの移動に同行していると、
彼は不意に言った。

「このへんで、一休みしていかないか?」
「え?いいですよ」

いつもはそんなことを言わない彼が改まって言うことに、
アンジェは訝しがりながらも頷いた。

静かな森の中−二人が並んで木陰に腰を据えると、
シーヴァスは視線を地面に向けたまま、静かに言った。

「アンジェ、いつかも聞いたが・・・
君はすべての戦いが終わったら、天界に帰るのか?」

その問いにアンジェは目を伏せた。

「いえ、それはまだ・・・」
「そうか・・・」
「・・・・・・・」

アンジェがはっきりと答えられないのをどう受け止めたのか、シーヴァスはそれ以上追及しなかった。
ただ、しばらく彼は何かを考え込むようにそのまま押し黙り、そして再びアンジェに向き直った時には、恐ろしく真剣なまなざしでアンジェを見つめていた。

彼は振り絞るように言った。

「アンジェ、私は・・・
私は・・・君にずっと・・・地上に残って欲しいと思っている。
わがままかもしれないが・・・
今の私には、君のいないこの世界というものが想像できない。
この自分のために、地上に残ってくれると・・・・
約束して・・・くれないか?」

シーヴァスのその切々とした真摯な告白を聞き、
アンジェは驚愕し、そして心が揺れた。

天使が地上に残る・・・そんなことが・・・
許されるのだろうか?
分からない・・・。けれど。
確かに自分はシーヴァスを意識している。
それはまちがいない。
シーヴァスと別れたくないと思っている。
それも本当のことだ。
そしてシーヴァスは自分を必要としてくれて、それを涙が出るほど嬉しく思う自分がいる。

・・・天使は嘘をつけない・・・

アンジェは彼を見つめて、小さく微笑んだ。

「ええ・・・、シーヴァスの望みは分かりました。
実際に残れるのかどうか分かりませんが、
約束が守れるように努力します。
私の気持ちは・・・シーヴァスと一緒ですから・・・」

こんな答え方しかできない自分をアンジェは悲しく思ったが、
それでもシーヴァスは満たされたように微笑んだ。

「そうか・・・ありがとう、アンジェ。
その言葉を聞けたのは、自分にとって嬉しいことだ。
君は私にとって、とても重要な女性だ・・・。忘れないでくれ。
そして・・・私はずっと君のための勇者だ。いつまでも・・・」

そう言って、彼はアンジェの手を取り、そっと口付けた。
アンジェはそれを嬉しく思いながらも、
願わずにはいられなかった。
どうか、無事戦いが終わりますように・・・
そして、シーヴァスとの約束が守られますように・・・と。




         ◇       ◇        ◇




12.決戦


そして・・・
ついにその時がやってきた。

妖精の探索により、堕天使ガープの出現場所が特定できたのだ。
そうして、アンジェたちはとうとうガープと対峙した。
黄泉路へと続くような暗くて深い地で目にしたガープは、もはやもとは天使だとは思えないほど、醜悪な姿だった。
今まで戦った3人の堕天使たち−イウヴァート・アポルオン・ラスエル・・・彼らの体の一部を集めて作ったような巨大な肉の塊。
それがシーヴァスの目の前でうごめきながら、君の悪い声を響かせていた。

「私の計画をこうも邪魔立てするとはな・・・お前らごとき人間が・・・」
「ガープ!なぜインフォスを襲った?!なぜ天使たちと戦う?!」

シーヴァスの問いに、ガープはせせら笑った。いや、笑ったように見えた。

「愚問だ・・・。
私の戦いは自分本来の地位を取り戻すための復讐・・・」
「復讐?」

聞き返すシーヴァスに、ガープは思い出すように語った。


「冥土の土産に聞くがいい・・・。お前らなど塵にも等しい遠い遠い過去・・・天界で2つの勢力が争った。秩序と混沌・・・光と影・・・生と死・・・祝福と呪い・・・片方を信じるものは片方を信じなかった。
決定的な対決が起き、ついに両者は戦った。・・・世界を揺るがす巨大な戦いだった。
そして・・・後者は破れ、多くの天使たちが堕天使となり異界へ追放された・・・。荒涼とした異次元で何千年・・・何万年と放浪し、我々は反撃の機会を伺った・・・。
多くの時間が流れ、我々は少しずつ元の力を取り戻していった・・・天界に属する、いくつもの地上世界の時間をよどませ、混沌に導き、滅ぼすことによってな・・・
最後にこのインフォスを喰らい、力を得た後天界を攻め滅ぼすつもりだったが・・・貴様らのようなちっぽけな人間に邪魔されるとはな・・・」

だが、とガープは勇者を見据えた。

「まだ終わったわけではない。まだ・・・私一人でも、インフォスに住む者どもの魂を食らえば、天界を滅ぼす力を得ることができる・・・。
私は天界に必ず戻ってみせる・・・必ず・・・
滅びよ!勇者とやら!!」

その声と同時にガープの巨体は、シーヴァスに襲いかかった。
とっさにかわすシーヴァス。すぐさま剣を振り上げガープに反撃する。
だが、これまでのように相手にダメージを与えることが出来ない。逆に一度でもまともに相手の攻撃を受ければ致命的だ。それほどガープの力は強大だった。

アンジェはシーヴァスの背後で、回復や、敵の攻撃を避ける補助の力を使って、シーヴァスを絶えず援護した。
シーヴァスも幾度となく向かってゆく。
だが、ガープの肉体は3つに分かれていて、とても一度では止めがさせなかった。
何度も何度も・・・打ち向かう。

それは長く、そして激しい戦いだった。
それでも・・・必ず終わりはあるのだ。
少しずつ少しずつ相手の力をそぎおとし、ガープの1つ目の体が消滅した。
だが、2つ目の体を消滅させた時、アンジェの援護の力はすでに尽きていた。
そして、シーヴァスの体力もまさに尽きようとしたその瞬間−
シーヴァスは大きく飛び上がり、渾身の力を振り絞って剣を振り下ろした。

それが最後だった。

ザシュッ!!

肉を断つ鈍い音が響き、大きな咆哮とともにガープの最後の肉体は崩れ落ちた。

「これで、すべて終わりだ・・・・」

死闘の末、放心したようにシーヴァスはそう呟き、
そして意識を手放した。



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