13.翼 「よくここまで、やりとげましたね」 アンジェがことの顛末を天界へ報告すると、 ガブリエルはまずその労をねぎらった。 「あなたの働きにより、インフォスは正常な時間の流れを取り戻すことが出来ました。 これも、あなたが『勇者』を見出し、彼らの力を十分に引き出してくれたおかげです。 御覧なさい、アンジェ。インフォスを覆っていた『時の淀み』が晴れています。 インフォスに暮らすものたちに代わって、私からも礼を言わせてもらいます。 感謝します。アンジェ、これまで本当にご苦労でした。 あなたは本日をもって、インフォス守護の任を解かれ、天界内務の任に就くことになります。 残念でしょうが、あなたのために働いてくれた『勇者』たちと会うこともできなくなります」 とその時、黙って聞いていたアンジェは顔を上げ、進み出るとガブリエルに申し出た。 「ガブリエル様、その件なのですが・・・」 「何ですか?アンジェ」 ガブリエルの優しい瞳に、決意が萎えそうになったが、 思い切ってアンジェは言った。 「実は・・・お願いがあるのです。 私を・・・再びインフォスに戻してはいただけないでしょうか?」 「インフォスに戻り、何をしようというのです?」 淡々と問いかけるガブリエルに、 アンジェはきっぱりと言い切った。 もう、迷わない。 「私は・・・インフォスに生きる一人として、 自分の生をまっとうしたいのです」 「・・・・・・」 「ガブリエル様!お願いしますっ!」 アンジェはガブリエルの返答を待った。 長い時間だったような気がする。 しばらくして− ガブリエルは小さく息をついた。 「やはり・・・その道を選ぶのですね」 「・・・ガブリエル様?」 「分かりました。アンジェ、インフォスに行きることを許しましょう。 誰かのために生きることも、また大切なことですから・・・」 言いながら、ガブリエルはどこか寂しそうに見えた。 最後にガブリエルは言った。 「インフォスへ戻る前に一つ、あなたに命ずべきことがあります。 翼を、置いていきなさい、アンジェ。 人には翼がないのですから・・・」 アンジェはガブリエルを見つめ、深く頭を下げた。 「ありがとうございます!ガブリエル様」 そうして− アンジェは再びインフォスに降り立った。 もう二度と・・・天界に戻ることはない。 けれど、後悔はしなかった。 自分を待ってくれる人がいたから・・・ 「アンジェ・・・よかった・・・・ 人間になってくれたんだな・・・ 君には本当に世話になった。 私もいい勉強をさせてもらった。 この戦いを通して、私の何かが変わったのは確かだ。 なんというのか・・・大きな視点で物事を見ることが出来るようになった気がする・・・。 これからは、この自分を活かして何かできることをしていきたいと思う。 それには君の力が必要だ、アンジェ。 これからはずっと一緒だ・・・」 そう言って、シーヴァスは翼のないアンジェの体を強く抱きしめた。 ◇ ◇ ◇ 一言では言えない長い物語だった。 そんなことがあったなんて、きっと普通の人には信じてもらえないだろう。 だから、アンジェもシーヴァスも多くを語らなかった。 だが、彼の周りの人々は、シーヴァスの変わり様に目を見張った。 容姿ではなく、その性格、そして行動が。 なんというか、別人のようだと・・・ もちろん、それが本来の彼なのだとアンジェは今では知っているけれど。 そんなことを思いながら、彼女は広間に足を進めていく。 ギイィ・・・ 扉が開く。 と、そこは昔見たあの夜会にも似た華やかな世界が広がっていた。 違うのは、今アンジェの隣にはシーヴァスがいるということだ。 彼は懐かしそうに思わず目を細めた。 「舞踏会など、久しぶりだな。 ずっと公務にかまけていたせいで、君と過ごす時間が少なくなっていた。すまなかったな、アンジェ。 さあ、こっちへ。 少し踊ろう、アンジェ」 「ええ!」 誰よりも美しく立派な騎士が、自分だけを見つめて手を差し伸べている。 アンジェは微笑みながら、その手をとった。 地上界でただ一人、」愛する人の手を・・・ |
Fin |