10.夜会


こうして、再び勇者として復帰したシーヴァスだったが、

(また、女の子とデートのようですね)

と、アンジェが呆れたように、相変わらず夜会に出席して女性とベランダで語らっていた。
それなら放っておけばいいものを、アンジェはついつい彼の後を追ってしまう。
好奇心・・・というわけではないが、最近なにやら彼のそばを離れるのが寂しい気がするのだ。

しかし、今夜の彼はどこかおかしかった。
女性と二人きりでいてもいつもの熱心さはなく、一方的に女性の方がシーヴァスに言い寄っているようなのだ。

「ねえ、シーヴァスさま。今度私のお父様があなたに会いたいとおっしゃってね」
「ああ・・・」
「でも、そんなことシーヴァスさまにご迷惑じゃないかしら、と思って」
「ああ・・・」
「最近はお父様にシーヴァスさまのコトをあまり話さないようにしているんですのよ」
「ああ・・・」
「シーヴァスさま、まじめな話をしていますのよ、私」
「・・・ん?・・・そうか・・・」

とまあ、うわの空の状態なので、案の定女性は気分を害したようだった。

「もう、シーヴァスさま!!何ボーッとしてらっしゃるの?」
「・・・ああ、ちょっとな・・・他の女性のことを考えててね・・・」

彼が気だるげに答えると、

「もう、私が真剣に話をしている時に他の女性のことで考え事なんて・・・もう、帰ります!」

彼女は肩を怒らせながら、その場を去ってしまった。
一方、残されたシーヴァスは弁解することもなく、彼女を追うこともなく、ベランダにもたれて大きなため息をついていた。

「・・・ふう・・・」
「どうしたんですか?
プレイボーイであるあなたが女性にあんな態度をとって」

アンジェが不思議そうに声をかけると、
シーヴァスはたった今彼女の存在に気が付いたとでもいうように苦笑した。

「君か・・・。さあな、どうもそんな気になれなくてね」
「ふふ、スランプですか?」

笑ってアンジェがそういうと、彼もまた笑って言った。

「そうかもな」

そうして、いきなり言い出したことには、

「そうだ、アンジェ。これからつきあってもらえないか?」
「えっ?」

一瞬、アンジェの脳裏にいつかの偽りの告白が蘇る。
が、即座に打ち消した。
しかし、このぐらいは言わせてもらおう。

「スランプのプレイボーイに誘われても・・・ちょっと・・・」
「手厳しいな」
「まあ、あの時のあなたの仕打ちに比べれば・・・」
「あの悪ふざけか・・・」

シーヴァスも思い出したようだ。

「とても傷つきましたよ・・・、あれは」

アンジェがしみじみそう言うと、
彼は途端に顔を曇らせた。

「悪かった・・・。心から謝ろう」
「何時になく、素直ですね」

アンジェが驚きの目で見つめると、
彼はまたいつもの調子に戻った。

「フ、私は女性にはいつも優しく接したいと願っているからな」
「ふふ、また調子のいいこと言って・・・。
いいでしょう、つきあいますよ」
「ありがとう、アンジェ」

その時も、本当に素直に彼が礼を言ったので、
アンジェは内心とても驚いたのだ。

彼はベランダから降りて庭の噴水まで来ると、
その端に腰をかけ足を組んだ。
広間からもれる灯りが彼の姿を照らしている。

「・・・といっても、天使にどんな話題を話せばいいのか分からんな・・・」
「そんなこと気にしなくていいですよ」
「・・・容姿をほめる甘い言葉や、社交界の噂話、芸術の話・・・
どれも天使の君には面白がって聞いてはもらえそうにない」

珍しく本気で困っているシーヴァスをほほえましく思いながら、
アンジェは助け舟を出した。

「私はシーヴァスの話したいことを、聞きますから」

すると、彼は心なしかホッとしたようだった。

「そうか・・・。なら、あの教会の絵、覚えているか?」
「ええ、残念でしたね。大切な絵だったのに」
「ああ・・・。でも、なくなって初めて分かったことがある。
あの絵を見に行っていた本当の理由だ」
「本当の理由?」
「私はただ・・・母親の顔を思い出せなくなるのが、
怖かったのさ・・・」
「・・・・・」
「次第に薄れゆく幼い頃の記憶・・・。
それをあの絵が、くいとめてくれるんじゃないかとね・・・
そう、思ったのさ。
両親の顔、姿、声・・・
すべてがかすんで思い出せなくなってゆく・・・」
「・・・・・」
「寂しいとか、そういう気持ちじゃない。
ただ、怖かった・・・」

そして彼は自嘲するように言った。

「・・・子供じみた話だな。
・・・こんな心の弱い男は勇者に値しないな、きっと」

黙って聞いていたアンジェは、その言葉にかぶりを振った。

「・・・いいえ、シーヴァス。
それはあなたの正直な気持ちなのだから・・・。
それで勇者に値しないなんて、私は思いません」
「そうか・・・」

シーヴァスは微笑んだ。

「ありがとう。君は優しいな」

アンジェが初めて見る、優しい微笑みだった。

「そんな・・・ただ、思っていることを口にしただけです」
「・・・・・」

彼はしばらく沈黙した後、不意に言った。

「・・・君はこの戦いが終わったら、
天界とやらに帰ってしまうのか?」
「それはまだ決まっていません・・・。
大天使ガブリエルさまから何も聞いていませんから・・・」
「もしも・・・」
「?」
「もしも、帰ってしまうことになっても・・・」

シーヴァスはためらいながら言った。

「突然いなくなったりは・・・しないでほしい」

それは初めての彼からの「お願い」だった。
アンジェはゆっくりとうなづいた。

「・・・ええ、そんなことはしませんから」
「・・・そうか。
なら・・・いいんだ」

シーヴァスはホッとしたように息をつくと、立ち上がった。

「戻ろう。夜も遅くなった。
・・・すまなかったな、遅くまでつきあってもらって」
「いいえ、シーヴァスのためならかまいません」

アンジェが心からそう言うと、なぜか彼の表情は曇った。
が、それも一瞬のことだ。
別れ際、彼は真剣な面持ちで言った。

「・・・いずれ、決戦の時が来る。堕天使たちは強力な相手だ。
だが、私は必ず奴らを倒し、この戦いを終わらせる。
だから、まだしばらく私に力を貸してくれ、アンジェ」
「ええ、もちろん・・・」
「・・・じゃあ、またな」
「・・・お休みなさい、シーヴァス」
「・・・お休み、アンジェ」

この日二人は、いつになく離れがたい気持ちで、別れたのだった。



BACK  NEXT