9.失踪


シーヴァスが姿を消して以来、
アンジェの心は落ち着くことはなかった。

妖精が言うには、「教会が焼かれたショックでシーヴァスは行方不明になったのだろう」と言っていたが、アンジェはそうではないだろうとうすうす感じていた。
しかし、だからといってこのまま彼を失うわけにはいかない。

いや、失いたくなかった。
だから、アンジェは優先事項としてシーヴァスの捜索を妖精たちに依頼したのだ。
見つかることを切に祈って・・・




その願いが通じたのか、妖精たちの働きの甲斐あってか、数日後−
妖精の一人がアンジェに朗報をもたらした。

「天使さま!!勇者シーヴァスを発見しました!!」

その報告を受けるや、アンジェはすぐさま彼の元へ飛んだ。

「シーヴァス!!ここにいたんですか!」

不意に現れたアンジェに驚くこともなく、彼は淡々と答えた。

「君か・・・よくここだと分かったな」

そんな彼は一人、古い塔の上で夜風に吹かれていて。
久しぶりに目にしたシーヴァスは思ったより元気そうで、
アンジェはホッと胸をなでおろす。
それでいて、肝心なことは忘れなかった。

「シーヴァス、どうしていなくなったのですか?」

シーヴァスは答えなかった。
もう一度アンジェは言った。

「どうしてですか?」

アンジェの真摯な追及に、シーヴァスは今度こそ逃れられなかった。
彼は視線をそらせながらつぶやいた。

「・・・正直、判らなくなってきたのさ。
勇者として戦うという意味という奴がな・・・」
「え?」

その言葉にアンジェは耳を疑った。

「そんな、ここまで戦ってきて・・・」
「ああ、戦ったさ。だが、この前の戦いの時に、あの怪物の言葉を聞いてな・・・」
「・・・勇者は戦いのコマというあの言葉ですか?」
「ああ。もちろん私だって、君がそんな風に思っていないのは判る・・・。
だがな、どうしてもこれ以上天使の勇者として戦うことが・・・今までのように、すんなりと受け入れられんのだ」

そんなシーヴァスの言葉を聞いて、アンジェはため息をついた。
やはり、彼はあの怪物の言葉に動揺していたのだ。
それでも、アンジェは自分の気持ちを正直に訴えることしかできなかった。

「・・・シーヴァス。
私たち天使は、勇者に戦いを強制することはできません。
でも、勇者としての資質を持った人は必ず、自分の意思で、正義のために平和のために、戦ってくれると信じています。
・・・私はシーヴァスを信じています」

しかし、彼は首を振った。

「・・・その言葉はありがたいが・・・」

アンジェは悲しそうにシーヴァスを見つめた。

「・・・駄目なんですか?」
「今はな・・・。考えさせてくれ・・・」

そう言って彼は黙り込んだ。

(シーヴァス・・・)

アンジェはシーヴァスの横顔を見つめたまま立ちつくした。
確かに天使は戦いを強制することはできない。
シーヴァスが選んだことなら文句は言えない。
責めることも・・・できない。
でも・・・それでいいのだろうか?
本当にいいのだろうか?
時が解決できるならそれもいいだろう。
だが、この世界には、インフォスにはそんな時間は残されていないのだ。
このままでいいはずがない。
使命とか、誰かの思惑とは関係なしに。
彼が彼自身であるために。
シーヴァスをこのまま放ってはおけない。

アンジェは強くそう思い、
意を決して再びシーヴァスに向き合った。

「あの焼け落ちた教会が、
今どうなっているか知っていますか?」

シーヴァスは怪訝な顔をした。

「ガレキの山だろう。何も残っていなかった・・・」
「ええ。でも、そのガレキの山から、もう一度教会を建て直そうと人々は協力して頑張っています・・・」
「・・・・・」
「皆、戦いで傷つきました。
でも、それでもくじけずに必死で立ち上がろうとしている人もいるんです」
「・・・・・」
「あなたは誇りある騎士ではないのですか?
傷ついているのはあなただけではないんです」
「・・・・・」
「あなたは貴族として、自分の責務を知っている人なのだと思ってました。口ではとぼけていても、人のために率先して危険なことに立ち向かうことのできる、そういう誇りをもっている人だと・・・。
それが、こんな形でくじけてしまうような弱い人だったんですか?」
「・・・・・」
「シーヴァス、もう一度考えてみて下さい」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アンジェの必死の説得にも、彼は長い間瞳を閉じていたが、

「シーヴァス!」

アンジェの強く望む声に、迷いがふっきれたように顔をあげた。

「・・・判った。
もう一度、勇者として・・・戦おう」

それを聴き、アンジェはホッと胸をなでおろし、微笑んだ。


「よかった・・・。それでこそ騎士シーヴァスです」
「・・・私は臆病風に吹かれていたようだ。すまなかったな」

恥じるように謝る彼に、アンジェは首を振った。

「いいえ・・・シーヴァスの気持ちも理解できます。
家族がこの戦いの犠牲になってきたのですから・・・」
「ああ。でも、今現実に堕天使は人々を苦しめている・・・
ここで私が天使を疑えば、それは堕天使の思うツボだろうからな」

シーヴァスは改めてアンジェを見つめた。

「私は騎士として、己の誇りにかけて、
平和のために戦おう。最後まで」

アンジェは嬉しくて涙が出そうになった。
初めて会った時、「暇つぶし」と言っていた彼が、
今はこんな頼もしいことを言ってくれている。

「ありがとう、シーヴァス。
・・・そう言ってくれると思ってました。
さあ、行きましょう」


やはり彼はこの世界を救う勇者だったのだ。



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