7.予兆 教会でシーヴァスの話を聞いて以来、 アンジェは不思議と彼を身近に感じるようになった。 それは彼の態度の変化にも関係しているのかもしれない。 例えば、今までならこれは引き受けてくれそうにないな、と思うような任務も、ダメでもともとという気持ちでアンジェが依頼すると、 「確かに勇者の出番だろうが・・・何とかならんのか・・・」 渋い顔つきでボヤきつつも、最後にはため息をついて引き受けてくれるのだ。 「・・・わかった。やればいいのだろう? 全く人使いの荒い天使様だ。私の体も考えて欲しいものだな」 と、相変わらず減らず口は叩くが、以前の彼からは想像できないほどの柔軟さにアンジェの方が驚いてしまうほどだった。 驚くと言えば、あの時もそうだった。 アンジェが見つけた勇者の一人、レイヴという騎士が故あって悪者に捕らわれるという事件が発生した時のことだ。 レイヴはくしくもシーヴァスと同じヘブロン国の騎士だったが、彼は真面目で堅実なタイプでヴォーラス騎士団副団長という地位にあり、とてもプレイボーイのシーヴァスとは共通点が少なかろうと思われたのだが、意外にもレイヴの危機を知るやシーヴァスは即座に救出を申し出たのだ。 「なんだかんだと言っても、あいつは友人だ。 馬鹿正直過ぎる男をを引き取らせてもらうぞ」 そう言いながら、敵を倒して見事地下牢に囚われているレイヴを救った。そして彼はその場でレイヴに会おうとはせず、そのまま一人で去っていってしまったのだ。 「レイヴは、私に今の姿を見られたくはないだろうからな」 そう言い残して。 それは騎士としてレイヴの誇りを傷つけまいとする彼の優しさだったろう。 その後−二人が偶然任務の途中ですれ違った時にも、シーヴァスは普段の彼からは想像できないほど気安くレイヴに接し、アンジェを驚かせた。 「もう大丈夫なのか?」 「・・・ああ、この前はすまなかった」 「まあ、気にするな。当然のことをしたまでだ。 しかし・・・お前も勇者だったとはな・・・。 意外だった・・・とは言っても、お前なら勇者の資質も十分か。だが、あんまり心配させるなよ」 「ああ」 「まあいい、今回のことは貸しにしておく。 そのうち何かで返してくれよ」 「当然だ。ただお前にだけは借りを作りたくはなかったがな」 「フッ、そういうセリフが言えるのなら、もう何も言うことはないな」 −後日、アンジェは彼らが古くからの知り合いであることを知るのだが、この時アンジェはなんとなく嬉しかった。 なぜなら、彼は普段冷めたことを言ってはいても、心の底まで薄情ではないことを知ったから。 そんな彼だからこそ、「教会が襲われている」という連絡を受けて、放っておけるはずがなかったのだ。 ◇ ◇ ◇ 8.堕天使 「嫌な予感がする・・・」 そう言って、シーヴァスがあのクヴァールの教会へと向かうと、 そこはすでに残骸と化していた。 愕然とする立ちつくす彼の前に、轟音とともに現れたのは、 全身炎のように赤黒く染まった巨体の怪物だった。 それはシーヴァスを目にするやニヤリと笑った。 「待っていたぞ、シーヴァス・・・」 その言葉にシーヴァスの目が鋭く光った。 「お前か・・・!この教会を破壊したのは」 「そうだ、シーヴァス。我は『堕天使』の使い、炎王アドラメレク。 お前がこの辺りに良く現れると聞いてな、待ち伏せていたのよ」 「『堕天使』・・・?!」 シーヴァスが眉根を寄せて聞き返す。 それをさもおかしそうに見ながら、 目の前のアドラメレクは傲慢に言い放った。 「インフォスの新しい支配者となられる方々よ。 堕天使様はもうすぐ降臨され、この世界を偉大な力で導いてくれるはず。我はその使い。 堕天使さまの邪魔をする小賢しい天使と、その『勇者』を倒す者」 「・・・・くだらん能書きだな」 「くだらんとは・・・。これから殺される身のお前が・・・」 クククと笑う怪物の言葉を、シーヴァスは鋭く遮った。 「死ぬのは・・・お前だ!アドラメレク! ・・・お前は私を本気で怒らせた」 そう言いながらシーヴァスはスラリと剣を抜き放つと、 アドラメレクへ向けて切りかかった。 すると、どうしたことだろう。 シーヴァスが二、三度攻撃をしかけただけで、あっけなく勝負がついたではないか。 「どうした、口ほどにもないな」 シーヴァスが軽蔑したようにそう口にすると、 アドラメレクは負けたにもかかわらず、荒い息をつきながら尚もおかしそうに言ったのだ。 「フ・・・なかなかやるな、シーヴァス。 やはり、十五年前に焼き殺しておくべきだったな」 ・・・と。 その瞬間! シーヴァスの顔色が変わった。 「貴様・・・今、なんと言った・・・?」 「フハハ・・・『焼き損ねた』、と言ったのだ」 意味ありげにアドラメレクが繰り返すその言葉に、 アンジェもまた思い当たることがあった。 なぜならシーヴァスは言っていたではないか。 『ヨーストの大火』で両親を亡くしたと・・・ 「まさか・・・あの大火は・・・っ」 驚愕するシーヴァスに、アドラメレクは続けて驚くべき事実を告げたのだ。 「そうだ、あの街に火を放ったのは我よ。 将来勇者になるかもしれん子供がいるとの予言を受けてな。 我はあの街の生き残りから勇者が出たと聞いて、今までお前を追っていたのだ」 「貴様・・・」 シーヴァスは怒りに震え再び剣を向けたが、 アドラメレクはニヤリと笑い、その場から姿を消した。 「いずれ、決着をつけよう」 そう、言い残して。 「待てッ!!」 シーヴァスの声が虚空にむなしく響く。 「奴が・・・あの大火を・・・」 両親を失い、人生が一転してしまった元凶が、まさか仕組まれたものだったとは・・・ しかもたった一人を消すためだけに、故なき多くの人々の命をも奪ったとは。 それが堕天使のやり方か。 言いようのない悲しみと怒りに立ちつくすシーヴァスに、 アンジェは声をかけるすべはなかった。 ◇ ◇ ◇ それから数ヵ月後− 言葉どおりアドラメレクは再びシーヴァスの前に現れた。 場所は前と同じ、クヴァールの街。 そこは今もなお教会の残骸が残っていた。 だが、あの「天使の絵」は見る影もない。 アドラメレクはシーヴァスの姿を認め、満足そうに笑った。 「因縁の決着をつける時が来たようだな」 「お前などに語る言葉はない。いくぞ!」 シーヴァスが素早く剣を引き抜いた。 そして幾度となく攻防が続いたが、両者とも以前より格段に力をつけていたため、前回ほどすんなりと勝負はつかなかった。 しかし、シーヴァスはアドラメレクに反撃の余地を与えないほど、激しく攻撃を続けた。 気を抜けば危険だと知っていたからだ。 だが、その分体力の消耗も激しかった。 「シーヴァス、援護します!」 見かねてアンジェが回復の力を繰り出そうとした。が、シーヴァスはそれを拒否した。 「構うな!こいつだけは・・・ このアドラメレクだけは私一人で倒す!! ・・・父のためにも、母のためにも・・・ なんとしても倒さねばならんのだ!」 そして、その言葉どおりシーヴァスは強い意志でもって、 アドラメレクを倒したのだった。 崩れ落ちる巨体・・・ だが、最期まで堕天使の使いは、シーヴァスに言葉を吐き続けた。 「これで・・・恨みは晴れたか・・・?」 「何が言いたい・・・」 「フ・・・お前も我と同じコマに過ぎない。 こちらが堕天使、お前が天使のな・・・。 仇や平和のためなどと思って戦っているようだが、 その実、お前は利用されているに過ぎん・・・」 「黙れ・・・」 「気付け、シーヴァス・・・ お前が何に利用されているのかを・・・」 「・・・・・・・・」 そう言ってアドラメレクが消えた翌日− シーヴァスもまた、アンジェの前から姿を消してしまった。 |