3.戯れ 確かに彼は立派な騎士だった。 実際剣の腕もたつし、修行も怠らない。 容姿も端麗で、女性には優しくフェミニストであれば、 女性たちに人気があるのもなんとなく理解はできる。 しかし一方、いつも皮肉気なもの言いをするのはなぜだろう? 多くの人から愛されているようなのに、時折彼はとても意地悪だとアンジェは思う。 アンジェだから意地悪なのか、天使だから意地悪なのかは分からないが、 少なくともシーヴァスは、アンジェを一般の女性と同様に扱ったりはしない。 いつも我儘で言いたい放題だ。 別に優しくして欲しいと思わなかったが、それが不思議とアンジェは気になっていた。 だからこそ、彼の方から突然呼び出しを受けた時は正直驚いたのだ。 「アンジェ、いるのか?」 「はい?」 その声に誘われ、アンジェは姿を現す。 「少し・・・話せるか?」 「ええ、かまいませんよ」 「・・・ワイン、飲まないか?」 「いえ、私は・・・」 さりげなく断ったが、心なしかシーヴァスの様子がおかしい。 「君に・・・聞きたいことがあるんだが」 「なんでしょう?」 アンジェが首をかしげると、彼は一瞬迷うような表情を見せ、 そして思いがけないことを言った。 「もし、私が君に興味がある、と言ったら君はどう思う?」 「え?・・・どういう意味です? 興味って・・・」 「女性として興味がある、という意味だが」 「女性として・・・?」 アンジェは言われた言葉を頭の中で反芻し、そして仰天した。 「そ、そんなっ・・・私は天使ですし・・・ あの・・・勇者の方にそう言われても・・・」 「私のことが嫌いか?」 「え・・・・・・?」 一瞬言葉を失ったアンジェは、なんとか落ち着きを取り戻そうと試みた。 「・・・いえ、もちろん・・・嫌いではありませんよ。 立派に勇者として、やってくれていますし・・・」 「なら、答えてほしい。自分を男として意識できるのか」 「そんな・・・突然に・・・」 何を言い出すのだろう、この勇者は。 そう思うが、シーヴァスの瞳から目が離せない。 「天使は人間の男に何も感じないのか?」 「か、感じるって、その・・・」 「好きだとか、そばにいたいとか、そういう恋愛感情みたいなものさ」 「・・・・・そ、それは答えなくてはいけないのでしょうか?」 「人間の男、少なくとも私は天使の君に感じるからな・・・」 「・・・・・」 「私は君のことが好きだ。アンジェ」 「え?!」 「唐突に感じるかもしれないが、正直な気持ちだ」 「・・・・・」 「・・・君に触れてもいいか?」 「ええっ?!」 返事も待たず、シーヴァスの指先がアンジェの頬に触れてくる。 驚きのあまりアンジェの体は硬直したように動けなかった。 そして、ゆっくりと彼の顔が近づいてきて・・・ 視線に耐え切れず、アンジェは思わず目を瞑った。 「・・・・・」 「・・・・・」 「フ・・・ハハハッハッ・・・」 「!?」 いきなり気配が遠のいたかと思うと、シーヴァスの笑い声が辺りに響き、 アンジェはおそるおそる目を開ける。 すると、目の前にはお腹をかかえて震えているシーヴァスがそこにいて、 アンジェは訳が分からず呆然とするばかりだった。 「アッハハハ・・・ハーすまんすまん! 笑ってはいかんな」 どうやら必死で笑いをこらえていた彼は、 ポカンとしている天使にこう説明したのだ。 「いやな、ただ君を誘ったらどんな反応をするか知りたかっただけなんだが。 こうも世間知らずの少女みたいな反応とは・・・いや、傑作だ」 「・・・・じゃ、今のは・・・」 なんとか声を絞り出したアンジェに、彼はあっさりと言った。 「すまん、冗談だ」 (じょ、冗談?!) 「高貴な天使さまのこと、軽くあしらうものかと思っていたが・・・ 色恋沙汰には初心というわけか」 「・・・そんな・・・からかうなんて・・・」 「まあ、そう言うな。これも訓練と思った方がいい。 もし他の勇者が迫ってきたら、どうするんだ?」 「・・・・・・」 「怒っているのか?」 「・・・・・・」 「・・・そうだな。最後の辺りは悪乗りしすぎたかもしれん。 君を傷つけたのなら謝る。すまなかったな。 ・・・・おわびにキスでもすべきかな?天使さま」 尚もおどけて言うシーヴァスに、アンジェは言葉もなく彼の前から姿を消した。 思い出すたびに、アンジェはため息をつく。 あの時は悲しくて仕方がなかった。 「怒り」より「悲しみ」の方が大きくて・・・ 騙されたことよりも、シーヴァスが平気で偽りの愛を告白したことが悲しかったのだ。 ◇ ◇ ◇ 4.天使の絵(1) そんな悪ふざけをするようなシーヴァスだったから、彼が教会に出入りしているとは、アンジェは夢にも思わなかった。 ある日、シーヴァスがどことも言わず旅支度をしていたので、 「余計な詮索はするな」 と言われたものの、アンジェはかえって気になって、これまたこっそりと後をついていってしまったのだ。 なぜこれほど彼のコトが気になるのか、アンジェ自身分からなかったけれど・・・ そしてたどり着いたのが、ヘブロンから遠く離れたクヴァール国タンブールにある教会だった。 決して貴族がよく出入りするとは思えない古ぼけた教会。 その中へ人目を気にしながら入るシーヴァスを見て、 (まさか、修道女と・・・) と思わないでもなかったが、アンジェが続いて教会に入ると、 そこで思わぬ光景に出くわした。 それは−礼拝堂の中で、中央に掲げられている一枚の絵を一人静かに見ているシーヴァスの姿だった。 天使の絵だろうか。 翼を持った金色の髪の女性が、優しく赤子を抱いている。 −その絵を彼はただ見つめていた。 うっとりとするでもなく、懐かしむようでもなく、 ただ目に焼き付けようとするかのように。 (なんだか雰囲気がいつものシーヴァスとは違いますね・・・) アンジェがそう思っていると、いつのまにか背後の扉から一人の修道女が入ってきていた。 「あら、シーヴァス。来ていたの?」 その声にハッと我に返った彼は、振り返りその人物を認めると一礼した。 「・・・お邪魔してます。シスターエレン」 そう呼ばれた修道女は、優しげな面立ちをした年配の女性だった。 雰囲気から察すると、シーヴァスとは旧知の仲らしい。 「久しぶりだね。どうしたんだい?」 シスターの問いに彼は静かに答えた。 「ちょうどこの辺りまで来まして・・・ 絵を思い出して、寄りました」 「そう・・・たしかお母様の絵だったわね」 「ええ・・・そうです」 シスターエレンもまた絵を見上げ、感慨深げにうなづいた。 「なんだか、この絵のお母様と、今のあなたは似てきたように思うよ」 「そう・・・ですか?」 「金色の髪や目の形、そして雰囲気が・・・」 「・・・・」 「まあ、私の年老いた目で何となしに感じたことだから気にしないで。 ・・・では、またこちらへ来た時は声をかけておくれ、シーヴァス」 「ええ、そうします」 そう言って、シスターエレンが礼拝堂を出たあとも、 彼はしばらく絵を見上げ、そして。 「・・・自分ではそうは思えないがな」 と一人ごち、ようやく教会を後にした。 (この絵が・・・シーヴァスのお母様?) アンジェもまた、彼が去ったあとしばらく絵を見つめていた・・・ |