2.夜会(1)


以来、約束どおりアンジェはインフォスに混乱が起きるたび、勇者のもとへ任務を依頼しに行った。
そんなわけで、順調にコトが進んでいると思いきや、実際はいろいろな問題があってなかなかアンジェの思い通りには進まなかった。
中でもシーヴァスは好き嫌いが激しかったので、アンジェは気苦労が耐えなかった。

「『闇馬車』という盗賊が人々を苦しめています。
娘たちをさらって売りさばいているとか・・・。
シーヴァス、行っていただけますか?」

わざわざ彼好みの事件だろうと思って、アンジェがそう依頼した時にも、彼は憮然とこう言い放った。

「なぜ私が行かねばならない?
自分が行かなくても、その程度の事件は解決できると思うが?」
「そうですか・・・」

それを聞いたアンジェは大きくため息をついた。

「美しい女性が危機に陥っていると聞いたんですが・・・
まあ、イヤなら仕方ないですね。他の方に頼みます」

アンジェが惜しむようにそう言うと、途端に彼の態度は一転した。

「待て!・・・気が変わった。私が行こう!」
「いえ、シーヴァス。無理にとは・・・」
「いや、たまには気晴らしも悪くない」
「気晴らしって・・・」
「さあ、行くぞ!」

今や彼の方が乗り気で、アンジェは慌てて彼の後を追うハメになったのだ。
こんな風にえり好みをしていて世界を救えるのだろうかなどと内心不安に思いながらも、実際アンジェが彼の元へ訪れる回数は多かった。
なぜなら、シーヴァスは文句は多いものの、いったん引き受ければ非の打ち所のないほどの立派な騎士として任務を遂行するからだ。
その変わり身と言ったら・・・

「あなたの危機を知って馳せ参じました!」

・・・なんて、とても「気晴らし」で行ったとは思えないほどの紳士的な態度をとるので、アンジェは開いた口が塞がらなかった。



そもそも、アンジェは彼についてまだまだ知らないことが多すぎた。
知っていることといえば、ほんの少し。
貴族階級であること、剣の腕は確かであること、敵に対しては容赦がないこと。
それから、どうやら女性関係が派手なこと。
プライベートなことはよく分かってないが、最後の項目についてはアンジェはそれを納得する場面に遭遇したのだ。

ある日、シーヴァスの元へ訪れると、彼はある貴族の夜会に出席するところだった。

「夜会とは、まあ貴族の道楽のようなものだ。
天使の君には興味はなかろう」

そっけなくそう言われたものの、自分の知らないシーヴァスの一面が見られるかもしれないと思うと、やはり興味がわきアンジェはこっそりシーヴァスの後を追ったのだ。

そこでアンジェはまず目にしたのは、シーヴァスの噂をする多くの女性達であった。

「ねえ、今夜はシーヴァスさまって来てらっしゃるのかしら」
「そうね、ぜひいらしていただきたいわ」
「私はまだ彼から声をかけていただいたことがありませんの。
それがもう悔しくて・・・」
「あら、シーヴァスさまのお話?」
「彼だったら、ベランダで誰かを口説いていらしたわよ」
「まあ、来てらっしゃるのねv」
「よかったわね、あなた。まだ望みはあるかもしれないわよ」
「きゃv」

・・・なんて言葉が飛び交い、想像以上にシーヴァスは女性に人気があるのだということをアンジェは知った。

次にアンジェが目にしたのは、ベランダで女性を口説く当のシーヴァスだった。

「本当に誰よりも私を大切に思っていらっしゃいますの?」
「君のことはもちろん大切に思っているさ、フェリス」
「誰よりも?」
「自分は騎士としてすべての女性を大切に思っているよ」
「私は誰よりもあなたに大切に思われたいの」
「やれやれ、君はわがままだな」
「シーヴァス様の方がわがままよ。私を愛していると言ったのに、他の女性と会ったりして・・・」
「この前のあれは偶然会っただけさ。君への愛に偽りはない」
「本当に?」
「本当さ。ほら、私の目を見て欲しい。この瞳が嘘に見えるかい?」

そう言って二人はお互いに見つめあい、ゆっくりと唇を重ねた。
なんだか、覗き見をしているようで、アンジェは胸がドキドキした。
見てはいけないものを見てしまったようで、一瞬帰ろうとも思ったが、迷った挙句もう少し様子を見ることにした。

いつのまにか彼らはキスを終え、フェリスという女性はシーヴァスの胸に顔をうずめていた。

「信じていいのね、シーヴァス・・・」
「もちろん」
「・・・じゃあ、一昨日会っていた女性の話を聞かせて下さる?」
「・・・・・・」
「それとも昨日会った別の女性の話でもいいわ」
「・・・・・・」
「どんな偶然だったのか、聞かせてくださる?全部、詳細に」
「・・・・・・」
「私が聞いた話と比べてみるから」
「・・・・・・」
「ねえ」
「・・・・・・」
「答えてみて?」

いい雰囲気だったのが突如矢継ぎ早の追及に一転し、彼はとうとう降参した。

「フ、君も人が悪いな。無駄な言い訳を私から引き出そうとするなんて」
「・・・そう、やっぱり・・・」

フェリスはそうつぶやくと、シーヴァスの胸から離れ、背を向けた。

「これ以上の抵抗はやめておくよ」

シーヴァスは言った。

「お別れね」
「・・・・・・」
「・・・お別れのキスはさっきしたわね」
「そうなるかな」
「じゃあね」
「ああ」

そう言って、彼女はまた音楽の響き渡る広間へと戻っていった。
思わぬ展開に驚いていると、

「いるんだろう?アンジェ」

と、いきなり声をかけられたものだから、アンジェはギクリとなった。
しかし、根っから嘘のつけない天使のこと。
仕方なくシーヴァスの前に姿を現すと、彼は冷たく言い放った。

「フン、覗き見か?天使とあろうものが・・・」
「・・・手ひどく振られていたみたいですね」

アンジェがそう返すと、途端にシーヴァスは渋い顔つきになる。

「つまらんところを見ていたな、君は」
「シーヴァス、あまり不真面目な態度で女性と付き合うのはよくないと思いますよ」
「フ、あんなものは予定調和の一つだ。君は私の趣味をとやかく言う前に、その覗き癖を直した方がいいぞ」
「別に覗き見では・・・」
「もう帰ることだな。君がいるとゲンが悪い」
「そうします」

アンジェがフワリと浮かび上がると、彼は最後にこう言った。

「じゃあな、君もお別れのキスが必要か?」
「いりません!」

アンジェは彼の前から姿を消した。



こんなことがあって、彼の不真面目な態度を垣間見たわけだが、だからといって女性の彼に対する評価が半減しないのは不思議だった。
なんだか来る者は拒まずといった節操のない付き合い方をしているようにも思えたが、あんなにあっさり別れてしまえる関係ならば、彼はいったい何を望んでいるのだろう、とアンジェは思うのだった。





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