〜はじめに〜

この物語はゲームの流れを私なりにアレンジしたものですが、
セリフ等実際のゲームと同じ部分が多々あります。
ですので、「フェイバリット・ディア」を知らない方、
もしくはシーヴァスを攻略していない方は、
ネタバレになりますのでご注意下さい。
また「この形は2次創作ではない」と思われる方もみえるかもしれませんが、
古典のように注釈者が違えば、同じ言葉でも微妙に解釈が違うといった感じで
楽しんでいただければ幸いです。





《天使の君に花束を》


「髪はどのようになさいますか?」
「ドレスはどの色がお気に召しまして?」

ある館の一室で、
一人の女性を囲んでメイドたちが彼女の美しさを引き出すのに懸命であった。
しかし、当の女性は何がどういいのかさっぱり分からないものだから、
すべて彼女たちにまかせきりだ。
正直言って疲れるコトこの上ないが、彼女たちが楽しそうなので、それでもいいかと思っている。
そんなわけでメイドの方も、思う存分女性を飾り立てられるのである。

支度もそろそろ終盤に入り、メイドたちはその成果にため息をつく。

「なんてお美しいんでしょう!」
「本当に。元がよろしいから何でも似合ってしまいますわ」
「これならどんな貴婦人にも見劣りいたしませんわ」

そして彼女たちは最後にいつも口をそろえて言うのだ。

「本当にシーヴァス様ったら、
どこでこんな姫君を見つけていらっしゃったのかしら?」

光り輝く金の髪、陶磁器のようななめらかな白い肌、優しげな面立ち、そしてたおやかな手足・・・どれをとっても非の打ち所のない造作である。
自分たちの主も確かに美貌の主だが、やはり何かが違う。
まるで天から祝福を受けたかのような美しさなのだ。

「そう、彼女は天からの贈り物なのさ」

と、主は笑って言うのだが、詳しいことは何も語ってはくれないのだから、彼女たちの好奇心は満たされないままだ。
当の姫君に聞いても、いつも困ったように微笑むだけなのだ。

・・・実際、彼女は困っていたのだが。

何しろ彼女自身、まさかこのような状況になるとは、
夢にも思っていなかったのだから・・・。



         ◇       ◇       ◇




1.勇者


ヘブロン国のヨースト地方。
協力者である2人の妖精によると
「勇者」候補の一人がここにいるという。
名前はシーヴァス・フォルクガング。

「地元の貴族だそうで、剣の腕も確か。
品もあって、おまけにハンサムで女性に大人気!
これはもう天使さまの言っていた勇者さまにぴったり!
・・・って感じなんですけど、いかがですか?」

「剣の腕はかなりのものだそうですよ。
・・・けど、女癖が悪いみたい」

妖精たちのそれぞれの報告を聞いて、
アンジェは一瞬躊躇してしまったが、
この地上界で「勇者」の資質をもつ者はそう多くない。
きっとインフォスを救うために力になってくれるだろう。
そんな期待を胸にアンジェは彼に会いに出かけた。

そして、初めて見た「勇者候補」は、
剣の使い手とは思えないほどの線の細い風貌の青年だった。
アンジェはさっそく近づいて、彼に声をかけてみた。

「シーヴァス」
「・・・・・・」
「あなたが騎士、シーヴァス・フォルクガングですね?」
「・・・・・・」

呼びかけに答えない彼にアンジェが訝しんでいると、
同じ部屋にいたメイドもまた彼の異変に気がついたようだった。

「どうしたのです?シーヴァスさま。急に宙を見つめられて・・・」

すると、彼は初めて口を開いた。

「いや・・・そこに魔物が見える・・・」

途端にメイドは露骨に嫌な顔をした。

「そんな、やめてください。気味の悪い・・・。
どこです?私には見えませんよ?」
「今、声をかけられたような気がしたのだが・・・」
「お疲れになっていらっしゃるのでは?
夜遊びばかりしていらっしゃるから、シーヴァスさまは」

首をすくめて言うメイドに彼は苦笑する。

「そんなことはないのだが・・・。
さがってくれ、あとで君の部屋で会おう。」
「ええ、分かりました。
少しはお休みになられて下さい、シーヴァスさま」
「ああ・・・」

そう言って、メイドが立ち去るのを見届けると、
彼は一転してアンジェの方へ向き直った。

「・・・あの、シーヴァス?」
「・・・やはり幻ではないな。何者だ?貴様」

その表情も声音も厳しい。

「私は天使です」

アンジェが素直に答えると、彼は一笑に付した。

「・・・フ、笑わせてくれるな。
勝手に忍び込んできて、家人を驚かせるのが《天使》とやらの流儀か?
私は礼儀を知らん奴は、たとえ天使を自称してようと気に食わんな」
「・・・突然お邪魔したコトはおわびいたします。
今日はシーヴァスに大事なお願いがあって来たのです」
「お願い?唐突な話だが・・・まあ、いい。聞くだけは聞いてやろう。
何だ?」
「実はあなたに《勇者》になって欲しいのです」
「勇者?」
「はい、勇者というのは・・・」

と、アンジェは勇者についてその意義、目的、資質などを説明した。
彼にも理解できるように慎重に言葉を選びながら・・・



彼女がシーヴァスに話したことの大部分は、
大天使ガブリエルから聞かされたことである。
実はアンジェは数日前に初めて、突然ガブリエルから呼び出しを受けたのだ。
一介の見習い天使の自分の名を、なぜ知っていたのか不思議だった。
それだけでも驚きだったのに、そのガブリエルからまさかあんなコトを言われようとは・・・

アンジェの前で、ガブリエルは静かに言った。

「あなたを呼んだのは他でもありません。
実はあなたにとても重要な任務を任せたいのです」
「・・・どんな任務でしょうか?」
「それは地上界インフォスの守護です」

それを聞いてアンジェは耳を疑った。
なぜなら自分はまだアカデミアを出たばかりの新米天使で、一つの地上界を守護するという任務を受けるとは夢にも思わなかったからである。
けれど、アンジェのそんな驚きにもガブリエルは動じることなく話を続けた。
それは要約すると次のようなことだった。

今地上界インフォスは非常な危機にさらされていた。
インフォスは何らかの力によって、時の軌道からはずれ正常な時間が流れていず、無限に繰り返す時間流に取り込まれているのだという。
もちろんその世界に住む人々はそれに気がついてはいない。
それでも彼らの時は永久に同じ時間を繰り返す。
このまま異常な状態が続けば、インフォスの存在自体が歪められ消滅してしまうだろう。
そのため天界の上級天使はその力をもってインフォスの崩壊をなんとかくいとめてはいるが、あくまでも一時的なもの。
誰かが地上に降り「時のよどみ」ともいうべき混乱の原因をつきとめ、それを解決しないことには崩壊は免れない。
そこで、手の離せない上級天使に代わって、今回の任務に最適だと選ばれたのが、アンジェであったという。

「上級天使が崩壊を食い止めていられるのは、人間界でわずか10年です。その間にあなたに任務を果たして欲しいのです」

ガブリエルはいったんそこで言葉を切り、いつのまにか考え込んでいる幼い天使を見つめた。

「あなたにはとても重い任務であることは十分に承知しています。
しかし、このまま地上界をただ崩壊させるわけにはいかないのです。
・・・あなたしかいないのです。アンジェ、いってくれますね?」

大天使にこう言われては幼い天使に断るすべはない。
いや、それこそが本来天使の使命なのだから。

アンジェははっきりとうなづいた。

「はい、分かりました。インフォスへ参ります」

その答えを聞き、ガブリエルの慈愛に満ちた瞳がいっそう優しくアンジェを見つめる。

「ありがとう、アンジェ。
それではあなたの任務に同行する妖精界からの協力者を後で紹介しましょう。
・・・それと最後に。確認のために言っておきますが、知ってのとおり天使が地上界で直接力をふるうことは禁じられています。
そのためインフォスの心ある者、すなわち『勇者』と呼ばれる者の協力を得ていかなければなりません。
インフォスでは今さまざまな混乱が生じています。
しかし勇者と協力すればきっと解決できるでしょう。
そして、そのコトが『時の淀み』の原因をつきとめる鍵となるのです。
−愛しき幼い天使よ、汝に大いなる祝福が与えられられますように」

こうしてガブリエルの言葉を背に、
アンジェはインフォスへと降りたのだった。



「・・・なるほどな」

アンジェの話を聞き終えたシーヴァスは、そうもらした。

「理解してもらえましたか?」
「ああ、大体はな」
「では、引き受けてくれますか?」
「そうだな・・・」

考え込む彼を、アンジェは期待をもって見つめた。
そしてー

「悪くない。引き受けてもいい」

その言葉を聞き、アンジェはやっと胸をなでおろした。

「本当ですか?よかった・・・。
あなたが勇者の意義を理解してくれて・・・」

しかし、素直に喜ぶアンジェに対して
彼はあくまでも冷めていた。

「フ、勘違いするな。
私はただ面白い暇つぶしになるかと思って引き受けるのだ。
君のような得体の知れない自称『天使』の大義名分に興味はない」
「そんな・・・」
「イヤならかまわんぞ。
こちらも無理につきあういわれはないからな」

こう言われて、アンジェは正直迷ってしまった。
なぜならアンジェが想像していた『勇者』は、もう少し正義感にあふれていると思っていたからだ。
少なくとも「暇つぶし」とは言わないだろう。
しかし、妖精が見つけてきたのだから、確かに「素質」はあるのだ。
それとも、彼を見限ってもっと別の勇者を探した方がいいのだろうか。
・・・などと、頭の中でいろいろな葛藤があったが、結局アンジェはなぜだか彼を−この不遜な態度をとる騎士を諦め切れなかった。
これも巡り合いかもしれない・・・

仕方なくひと息ついて、こう言った。

「いいえ、お願いします」

アンジェがそう言うと、
彼は満足そうにうなづいた。

「では、引き受けよう。その勇者とやらを。
で、どうすればいいのだ?」
「お願いすることができましたら、またあなたの元を訪れます。
その時に具体的なことを依頼しますから」
「そうか。ではまあ、せいぜい楽しみに待っていよう。
・・・おっと、まだ君の名前を聞いていなかったな」
「私の名前はアンジェと言います」

そう言って、アンジェがペコリと頭をさげると、
彼はその冴え冴えとした美しい顔を初めてほころばせた。

「アンジェ・・・。フ、いい名だ。
美しい天使にはふさわしい響きだ」
「そ、そうですか?」
「ああ、そう思う」

さっきは『魔物』だと言っていたくせに・・・とは言わないでおこうとアンジェは思った。
とにかくこうして二人は出会ったのだ。

「では、よろしくお願いします。シーヴァス」
「ああ、よろしくな」





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