数日後――

和田義盛邸に再び衝撃が走った。
それは流罪になった甥―胤長の所領地のことであった。
本来ならば、鎌倉幕府に帰すはずのものであるその所領地が、こともあろうに執権・北条義時のものになったというのである。
この采配に義盛が激怒したことは言うまでもない。

「もう我慢ならん!! 胤長の流罪のみならず、その土地まで没収するとは義時め! もとよりそれが狙いであったか。よくもこの和田義盛を手玉にとってくれたわ。だが、このままではすまぬぞ!!
かくなる上は戦を起こしてでも和田の力を思い知らせてくれようぞ!!」
「殿! 早まってはなりませぬ。
北条義時といえば、その父時政をも隠居させ権力を握った男。
何か謀があるやもしれませぬ!!」

慎重な郎党の言葉も義盛は一笑し、高らかに言い切った。

「笑止!北条の謀などいかほどのものか。
相模武士の心意気をみせてくれるわ!
それに・・・そうじゃ!我らには本家の三浦がついておるではないか。
誰か!早馬を出せ。甥の三浦義村に使いを出すのじゃ!」



      ◇    ◇    ◇



「動いたか・・・」

和田義盛の邸から、三浦へ早馬が出た頃
北条義時も姉の部屋で1つの知らせを受け取っていた。

「どうしたのです?」

不安そうに問う姉、政子へ
義時はなんでもないことのようにサラリと言った。

「あの和田義盛殿が、戦の準備をしているそうですよ」

「戦・・・?何ゆえ・・・」

と言いかけた政子はハッと息を飲んだ。

「まさかこの将軍家に刃を向けると言うのですか?!」

義時は薄く笑って首を振った。

「あのご老体はそうは思ってはおらぬでしょうよ。
おそらく、将軍家を操る我ら北条を成敗するおつもりなのでしょう」

「義時!ならば、そのように笑っている場合ですか!
確かに和田義盛は頑固一徹ですが、武士としては剛の者。
軽んじてはいけない相手なのは分かっているのでしょうね」

姉の言葉に義時はうなづく。

「無論。
そうでなければ、こちらから仕掛けることなど出来はしません。
しかし・・・」
「?」
「一つ・・・見えぬコマがあるのですよ」

そう言う義時の顔からは、すでに笑みは消え去っていた。




      ◇    ◇    ◇




「分かった。そう叔父上に伝えるよう」


和田義盛からの使いから文を受け取った三浦義村は、静かにそう答えた。

使いが去った後―

しばし無言でいた義村へ、背後から声をかけるものがいた。

「和田の叔父上はなんと?」
「胤義か・・・」

驚く風もなく振り返り、義村は弟の名をつぶやいた。
三浦胤義。
まぎれもなく三浦義村の弟である。
騒ぎの気配を察したのだろう、急いで兄の元へ駆けつけたものとみえる。
義村は弟を見やると端的に言った。

「北条を討つ・・・と」

「!!・・・そ、それで・・・?」
「我らに加勢せよ、と」
「それは・・・」

一呼吸をおいて胤義は言った。

「それは願ってもないことではございませんか、兄上」
「なに?」
「私も常々思っていたのです。
今でこそ、北条は将軍の外戚として権威を奮っておりますが
もともと我ら三浦よりもはるかに格下の豪族。
してみれば、叔父上の憤りも当然のことかと。
叔父上が兵をあげるのであれば、共にこの機に乗じて北条を討ち取ってやろうではないですか。
なに、我らが挙兵すれば北条が目障りに思う輩も数多く賛同することでしょう」
「・・・なるほど」

黙って、弟の言い分を聞いていた義村は納得したようにうなづいた。

「では、兄上!」
「急くな、胤義」

今にも館から駆け出しそうな弟を、義村は鋭く制した。

「北条が相手ならば短慮は禁物。いま少し時間が欲しい。
・・・だが、胤義。これだけは忘れるな」
「?」
「和田は分家。三浦が本家。
そして、その家督は・・・この私だ」

おかしなことを言う。
今更、念を押されるまでもない。
そう思ったが、胤義は素直にうなづいた。

「心得ております、兄上」
「ならばよい、少し・・・一人にしてくれ」
「はい、それでは私はこれにて失礼します」

きびすを返して胤義が部屋から出て行った後
三浦義村は和田義盛の書状を放り投げ、独りごちた。

(さて・・・どうしたものかな・・・)

パサリと音をたてて落ちた文の傍らには
もう1通・・・別の文がすでにあった。


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