〜見果てぬ夜〜





今宵、相模の豪族の一つ−
三浦の館では家督披露の盛大な宴が催されていた。

中でもひときわ大きな声でその場をしきっていたのは、
本家の者ではないこの男。

「よいか、この和田は三浦の分家とはいえ、
源頼朝公が旗揚げの頃から幕府きってのつわもの。
なんでも頼るがよいぞ」

そう言いながら
ほろ酔い加減の赤い顔で剛毅に笑う老武士の名を、和田義盛という。

それに対し、殊勝に頷いたのは、この館の若き主。

「ありがとうございます、叔父上。心強いことです」

「おお、それでこそ我が甥じゃ。のう、義村」

杯を口元に寄せ、うっすらと笑みをうかべた若者こそ――三浦家の新しい家督。
それがすなわち、三浦義村という男であった。






鎌倉幕府開創以来三十余年――三代将軍実朝公の時代。
既に権力は執権――北条義時のもとに移ろうとしていた。が、
それでも尚、大きな発言力を有する武士はまだ存在していた。

「三浦と和田・・・か」

実朝公の生母であり、亡き頼朝公の妻女である北条政子は
ふと弟の漏らした言葉に耳を傾けた。

「何かあったのですか?義時」

その言葉を受けて、縁側で庭を見ていた男は振り向いた。

「いえ、和田義盛殿のことを考えていましてね」
「あ〜、あの頑固オヤジ!?」

その名を聞いた政子は、露骨に嫌な顔をした。
どうやら政子は和田義盛に対してあまりいい感情は抱いていないようだ。
案の定、尋ねもしないのにここぞと言いまくる。

「この東国の男が『あずまえびす』って京では言われているらしいけど
それってきっとあいつのせいよねっ。
なんか見た目も暑苦しいっていうか、汗臭いっていうか・・・
一度思い込んだらテコでも動かないっていうか・・・」

「あ、姉上・・・」

「いくら鎌倉幕府創始以来の重臣とは言え
口うるさくってたまらないのよね〜っ。あ〜やだやだ」

姉とはいえ歯に衣着せぬ物言いに、唖然とする義時であったが、
あながち間違ったことを言っているわけでもなく
思わずクスリと笑みを漏らしたのを、目ざとく政子が見咎めた。

「何がおかしいのです?! 義時」

けれど、政子の問いには答えず、義時はただクスクスと笑っているばかり。

(そう。だからこそ和田は扱いやすいんだろうけどね・・・)

そう言った義時の脳裏にある一つの考えが浮かんだ。




          ◇     ◇    ◇



「何?! せがれの義直と義重が捕らえられたと?!」

朝早くから和田家にもたらされた知らせは
義盛にとってまさに寝耳に水であった。

「はい。なんでも信濃の泉親平殿が、密かに前将軍頼家公の遺児―千手殿を擁して実朝公を廃せんと企て、それに若君たちが組していたとのことでございます。しかも、その件には胤長殿まで加わっていたそうです」
「何、甥の胤長までもか!!…そんな馬鹿なっ」

にわかに信じられない義盛は、突然身を翻した。

「誰か! 馬をひけい!」
「どうなさるおつもりですか! 殿」

追いすがる郎党の言葉に、義盛は振り返り言い放つ。

「決まっておるわ! 将軍実朝公にお会いしてコトの真偽を確かめた上、誠ならばこの義盛に免じて許しを請うまで。
いずれにせよ、幕府の重鎮たるこの義盛の一族が、わしに何の伺いもなく捕縛されたとあっては聞き捨てならん!
はよう、馬をひけい!」

かくて、鬼神の形相で幕府に赴いた和田義盛であったが、応対に出たのは執権の北条義時であった。

義盛は、義時を見るや渋い顔つきになった。
実を言うと、義盛は北条氏の中でもこの義時が一番苦手だった。
自分よりも若いくせに、なんでも見透かしたような態度が義盛の気に障り、また馬鹿にされているような気がするのだ。
いまや執権などという役職までが腹立たしい。
そんな義盛の心中を知ってか知らずか、義時は義盛の前へ進みでると、おもむろに口を開いた。

「将軍はただ今ご多忙中により、私をお遣わしになった。
こたびのことは実朝公も聞き及び、義盛殿・・・貴殿の今までの功に免じて、息子義直殿、義重両名の罪を許すと仰せになった」
「おお!それは・・・」

その言葉に喜び浮かれた義盛であったが、その後に続いた義時の言葉を聞いて、義盛は愕然とした。
それもそのはず、甥の胤長については許しがたく、陸奥に流罪に処すというのである。
一族全てに恩赦があると思っていた義盛は、義時にくってかかった。

「どういうことか!・・・北条殿、それは誠に将軍の仰せか?!
ええい!・・・貴殿では話にならぬ!この義盛が直に実朝公にお会いして確かめとうござる!」

そう言って、きびすを返そうとする義盛に、北条義時はただ一言。

「和田殿・・・貴殿は将軍の言葉に異議を唱えるか」
「!?」

そして―
言葉を失った義盛を後にし、北条義時は静かに退出したのだった。







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