6、HOP STEP 初めて二人で初日の出を見に行った時、 川井くんは言った。 「夜に弱い僕がここまでがんばったんだから、 もう少しつきあってくれるよね」 2年目のバレンタインにチョコをあげた時、 川井くんは嬉しそうにこう言った。 「こうやって今年もくれるってことは・・・ 亜夜加は僕のこと、ちゃんと男として見てくれてるんだね」 2年目の夏−花火大会に二人で出かけた時、 川井くんは照れながら言った。 「去年もここへ来る途中浴衣を着たきれいな女の人をたくさん見かけたけど、 亜夜加が一番きれいにみえるよ」 なんて、時々川井くんは亜夜加さんをドキドキさせる言葉を言ってくれる。 これが、女の子の扱いに慣れた男の子のセリフならば、 亜夜加さんだって「またまた〜」としか思わないのだが、 川井くんのように素朴で平凡と言えば平凡な男の子から 真面目な顔で率直に言われると、 どう答えていいか困ってしまう亜夜加さんだった。 もちろん、悪い気はしない。はっきり言って嬉しい。 でも、嬉しいけど困ってしまう。複雑な思いが交錯している。 中でもこんなことがあった。 いつものデートの帰り道、どういったわけか話題が初恋なんてものになっていて・・・ まあ、話を振ったのは亜夜加さんの方だったのだが、 それに対して川井くんはウーンと唸りながらも語ってくれた。 「初恋っていうか・・・僕おっとりしているから今がそうかもしれないなぁ。 中学の時につきあっている子はいたんだけど、 僕がこういう性格だからいつのまにか自然に消滅しちゃった。 ・・・・やだなぁ、ヘンな話亜夜加にしちゃったよ」 頭を掻いてそう言った川井くんだが、しばらくして、 「・・・この際だから、思い切って聞いちゃおうかな。 亜夜加ってどんな人が好きなの?」 「え?そ、そうねぇ・・・強い人かなー」 亜夜加さんが突然の問いに戸惑いながらも答えると、 「そうだねえ。 精神的にも肉体的にも強い男って、僕から見ても理想だな」 川井くんはうなづき、そして赤くなりながら言った。 「・・・ついでだから、これも聴いちゃえ。 亜夜加って今つきあっている人いないの?」 その問いには、亜夜加さん苦笑しながらも言い切った。 「残念ながらいないわよ」 すると、川井くんの意外なリアクション。 大きな目を見開いて、亜夜加さんに向き直って言うことには、 「そんな・・・どうして?亜夜加ってこんなにかっこよくて、素敵で− それに時々・・・可愛いのに・・・」 最後の言葉は消え入りそうだったけれど、亜夜加さんの耳はしっかりチャッチしてて 亜夜加さんは思わずコケてしまうところだった。 か、かわいい!?・・・私が!? それは新鮮な驚きだった。 亜夜加さんが川井くんを可愛いと思うことはあっても、 まさか自分がそう思われているなんて思ってもみなかったし。 「素敵」って言葉は褒め言葉として分かるとしても、 亜夜加さんは今まで「可愛い」なんて言われたことがなかったから。 そ、そうか。私にも可愛いところはあったんだ。 と亜夜加さんは妙に感心しつつ、不思議なことに心が温かかった。 7、2年目のクリスマス 年の瀬が迫り、街中ではあちこちでジングルベルが流れている。 年末の新横浜スタジアムでのコンサートの参加権を獲得できなければ、 プロジェクトは失敗に終わり、亜夜加さんの仕事もまたそれまで。 川井くんともお別れである。 そんな状況だと分かっているけど。 亜夜加さんは今年もまたデパートへプレゼントを買いに行く。 そして買い物を終えて立ち去ろうとした時、 亜夜加さんの視界に映ったのは、なんと川井くんだった。 亜夜加さんは声をかけた。 「どうしたの?買い物?手伝ってあげようか」 すると、川井くんは慌てた様子で手を振って言った。 「いいよ。他の人にあげるプレゼントだから」 そう言ってそそくさと行ってしまった。 「へんなの」 首をかしげた亜夜加さんだったが、 川井くんが帰り際こう言っていたことを思い出した。 「じゃ、また来週ね」 来週って、クリスマス? ってことは・・・川井くん、今年も私といてくれるつもりなの? そう思うと亜夜加さんは嬉しくなった。 だって、後にも先にも二人で過ごす最後のクリスマスになりそうだったから。 そしてクリスマス当日、 川井くんは会うなり言った。 「亜夜加と一緒に仕事するのもあと少しだね。・・・寂しいなぁ。 来年のクリスマスも亜夜加と一緒に過ごしたいよ」 亜夜加さんは寂しさを押し隠し、 にっこりと笑って川井くんにクリスマスプレゼントを押し付けた。 「今年もくれるんだね。僕今とても幸せだよ。 じゃあ、僕からはこれをあげる」 そう言って川井くんが亜夜加さんに手渡したのは、 可愛い模様の入ったミトンだった。 「ホントは手袋を編むつもりだったんだけど、 ちょっと時間がなくてミトンになっちゃった。 でも、我ながらかわいく出来たと思うんだけど」 「嬉しい・・・」 亜夜加さんは心から言った。 そんな亜夜加さんに川井くんは満足したようだ。 「今年も少し歩かない?」 「そうだね」 そう言って二人は並んで歩き始めた。 しばらくして話を振ったのは、川井くんの方だった。 「僕、クリスマスはいつもバイトをしてたんだ。 そのおかげで、当時つき合っていた彼女とクリスマスにデートができなくてね」 亜夜加さんは川井くんが何を話そうとしているのか、いまいち把握できなかったが、とりあえず相打ちを打つことにした。 「それは・・・仕方ないよね」 「そうなんだよ、先にお店の人と約束してたから断れなくて。 でも、クリスマスの当日、ぼくはブルーになりながらお店に出てびっくりしたよ」 「どうして?」 「うん、向かいの店で彼女が働いてたんだ。 せめてぼくのそばで働きたいって、お店の人に頼んだらしいんだよ」 「へえ・・・けなげだね」 「うん。その時は僕、ホントに彼女にまいっちゃったよ。 その日は二人して遅くまで働いたよ。・・・最高のクリスマスだったな」 聞きながら、亜夜加さんはなんだか面白くない気分だった。 もしかして、こいつノロケを聞かせたいだけなのか−?! そんなことを思っていたら、急に川井くんの声は沈んでしまった。 「・・・そんないい思い出が出来たのに・・・ 次の年、彼女に別に好きな人が出来て僕らの仲は自然消滅−」 川井くんはため息をついた。 「僕っていつもこうなんだ。 どうしたら長く女の人とつきあっていけるんだろう?」 それを私に聞くの?と言いたい亜夜加さんだったが、 苦悩する川井くんを目にするのが忍びなくて考えてみた。 川井くんは優しい。 でも、優しいだけじゃ物足りない女の子もいるだろう。 マメといえば、川井くんは妙なところでマメだよなぁと亜夜加さんは感じる。 たまには怒ればーなんて言って、怒ってもなんの解決にもならないし。 「そうだなぁ・・・。もう少し自己主張してみたらどうかな」 川井くんは良くも悪くも、人の好き嫌いがないのだ。 仕事の面接の時も思ったけれど、 共演者に対しての感想はほとんど「普通」といった反応。 人をひどく嫌うことがない代わりに、執着心が足りない気がする。 亜夜加さんがそう口にすると、 川井くんは自分でもひどく納得したようにうなづいた。 「・・・そうだね。 よく考えたら、あの時僕は本当に悲しかったのに、 彼女を引き止めようとはしなかった。 ・・・ありがとう、亜夜加。今度は失敗しないよ」 そう言って川井くんは、微笑みながら亜夜加さんに別れを告げた。 こうして、最後のクリスマスは終わったのである。 |