KI・ZU・NA〜君と僕の時間〜
1、見つけた! 亜夜加さんが川井君に出会ったのは、渋谷センター街のファーストフード店であった。 それは、席が隣り合ったとか、落し物を拾ったとかという古典的な出会いではなく、また川井君が亜夜加さんを見初めたわけでもない。いや、見初めたというなら亜夜加さんの方こそ川井君を見初めたと言った方が正しいだろう。 ―ただし、仕事で、である。 実はその時亜夜加さんは、「カミングプロダクション」という―芸能界ではいわば弱小と言われる会社の『プロデューサー』という肩書きを持っていた。つまり、亜夜加さんは川井君をスカウトしたのだ。 何のスカウトかって?それはもちろん未来のスターに決まっている。 けれど、そこんじょそこらのスターじゃない。 今、芸能界で人気絶頂の人気アイドルグループ「Vキッズ」に真っ向から挑むことのできる新しい少年アイドル−それを育成しようというのだ。これが弱小カミングプロの新たなプロジェクトであり、思いがけず亜夜加さんがその使命を一身に負ってしまったのである。 かくて、亜夜加さんは9月以来―2ヶ月間、マネージャーの高橋麗子女史と共に都内の街をさ迷い歩き、メンバー獲得に四苦八苦していたのである。 そんな中、白羽の矢が立てられた一人が、川井幸弘君だった。 亜夜加さんは女子校生たちの「笑顔の素敵な店員さん」の噂を聞きつけると、目的のファーストフード店へやってきた。そこで見つけた噂の主は、確かに人懐こい笑顔が素敵な少年だった。それに何より。お客さんに対する対応が、傍目で見ても誠に爽やかで好ましい。アイドルとは親しまれてこそ。ルックスはもちろんのこと人間性も重要だ。 亜夜加さんはうなづき、川井君の前に立った。 すると、すぐに「いらっしゃいませ!」という元気な声と、その爽やかな笑顔が返ってきた。うん、声も悪くないぞ。 「ご注文をどうぞ」 彼にうながされ、亜夜加さんは答える。 「ポテトのMと、チーズバーガー1つ」 「ポテトのMと、チーズバーガーですね?」 「それと」 「はい?」 亜夜加さんは、川井君を指さして言った。 「―君」 「は?」 「君が欲しいな」 一瞬の沈黙の後――川井君は照れたように頭を掻いた。 「嫌だなあ・・・お客さんたら、冗談言って・・・」 冗談じゃないんだけどなぁ・・・。 亜夜加さんは苦笑をしたが、確かに言い方はまずかったと反省する。 「君、何て名前?」 「え、僕ですか?川井幸弘と言いますけど・・・」 「年は?」 「十七・・・あっ、でももうすぐ十八になります」 そうか、そうか、ふーん。 もっと話を聞いてみたかった亜夜加さんだったが、場所が店先のカウンターということを少々失念していた。 「すみませんが、お客様。店では込み入った話は控えていただけないでしょうか?」 そう言って現れたのは、どうやらこの店の店長らしき男性だった。 確かにそれはごもっとも。と、亜夜加さんはおわびの言葉を述べ、ここは一つ真摯にお願いするべく名刺を差し出し、挨拶をした。 「ほほう、芸能プロダクションの方ですか。えっ、うちの川井をスカウトですか?」 「えっっ!僕が!?」 驚く彼らに、亜夜加さんは「是非」と言葉を続けた。 しかし、すぐさま返事がもらえるはずもなく、また一度は断られるのが当たり前のこの世界。 「ご、ごめんなさい。僕、そんな世界には向いていない気がするんです」 そう言う川井君の言葉にも、亜夜加さんはへこたれなかった。 次の週も、そのまた次の週も、川井君がバイトの日には決まって店に通い続けた。 そんな亜夜加さんの心が通じたのだろうか、いつしか店長さえも川井君に口添えしてくれるようになっていった。 そんなある日、亜夜加さんは川井君がバイトをしている理由を知った。 彼は高校卒業後専門学校に行く予定だが、家計が苦しいために学費を自分で稼ごうと、今の店長に頼んで雇ってもらったそうである。そんな状態だから、プロダクションに入ってもレッスンを受けるお金が払えないという。 経済的なことがネックになって拒んでいるというのなら、それを取り除いてやらねばなるまい。果たして―彼がこの先理想的なアイドルになるかどうかは大きな賭けであったが、亜夜加さんとしても、彼はすでにはずせない存在となっていたのだろう。 その話を聞いた時、亜夜加さんは今まで自分がそんな大きなことが言えるなんて思ってもみなかったのだけれど、川井君を手放したくなくて、思わずきっぱりと言い切ってしまったのである。 「お金のことは心配しないでいいわ。今後、川井君の面倒はうちでみます!」 ―こうして、亜夜加さんと川井君の時間は始まったのだった。 ◇ ◇ ◇ 2、アイドルの卵 最初、亜夜加さんは川井君をただアイドルの卵としか見ていなかった。 しかも、川井君は優等生タイプの卵である。 それは、アイドルとしては物足りないかもしれない。 けれど。 三人グループと決めた後―うち二人が両極端に畑違いで、メンバーの相性・グループの結束とかいう人間関係を考慮した時、この二人の間を取り持つことの出来るのは、穏やかで人当たりの良い川井君以外にないだろうと亜夜加さんは考えたのである。 つまり亜夜加さんは出会い当初より、川井君のアイドル性というよりは人間性に惹かれていたというわけである。 もっとも、デビュー後の彼は隠れた才能を発揮して、亜夜加さんを驚かせた。 彼の人柄はトーク番組で好感を持たれ、男女とも若い年齢層から多大な人気を得るようになったのだ。 ところで、実をいうと亜夜加さんはこの世界に入ってまだ日が浅い。 突然プロデューサーという大任をおおせつかったが、毎日が試行錯誤であった。 そんな彼女にアドバイスをしてくれるのが、マネージャーの高橋麗子女史である。 その彼女から、『彼らのレッスンスケジュールはともかく、体力気力に気を配り、特に毎日遊ぶことの出来ない彼らを、たまに外へ連れ出し気分転換させるのもマネージャーとして大切なことよ』と言われた時には、亜夜加さんは「なんだそりゃ」と思わないでもなかったが、まあ、かわいい(?)少年たちとデートするのも悪くないなと思い直し、以来川井君を月に1、2度外に連れ出すようになった。 誘うのはいつも亜夜加さんだ。 川井くんのPHSにかけて約束を取り付ける。 (川井君は雑誌の懸賞でPHSが当たったらしい) プロデューサーから誘われて断る奴も少ないだろう。嫌々だろうが引っ張ってゆくのみ、だ。最初は気乗りしなかった彼も、好きそうな場所へ連れて行ったり、好きな食事をおごってあげたりするうちに、「これであなたと少し仲良くなれたかな」とか、そのうち「あなたのおかげで元気が出たよ。また誘ってね」なーんて言ってくれるもので、亜夜加さんはまるで動物の餌付けに成功した時のような嬉しさを感じることもあった。 それでも、やはりまだまだ川井君は亜夜加さんの大事なアイドルだった。 3、贈り物 亜夜加さんが川井君との付き合いの中で、忘れられないのが「プレゼント」である。 もっとも、最初にプレゼントしたのは亜夜加さんだったけれど。 たしか出会って最初のバレンタインデーだった。 亜夜加さんはデパートで買ったチョコレートを川井君に手渡した。 川井君はそれを見ると、ちょっと驚いたように目を開き、そしてにっこり笑って亜夜加さんに言った。 「北条って、細やかな気配りが出来るんだね」 義理チョコと言わないところが彼らしいなあと、亜夜加さんは内心感心したものだ。 「細やかな気配り」なんて言われたら、くすぐったくて仕方がない。 けれど、最初はそう意味を持つものではなかった。 ところが、翌月のことである。 川井君の誕生日が迫ったので、亜夜加さんは週末にデパートへプレゼントを買いに出かけた。 余談だが、そのデパートにはいつもマスクをつけた「怪しい店員」がいて、お勧め品を見せてくれるのだが、大抵二者択一なのである。一度お勧め品を見ることを拒んだら、「本当に後悔しませんね」と脅されて以来、亜夜加さんは見せてもらうことにしている。 その店員がその日勧めた物は「皮ジャン」と「エプロン」であった。 亜夜加さんは一瞬迷ったが、川井君のキャラクターからして「皮ジャン」より「エプロン」タイプだなあと、それを手に取った。 そして、誕生日の週に約束を取り付けた亜夜加さんは、さっそくその当日川井君にプレゼントを手渡した。 喜んでくれるかなあ・・?と少し弱気な亜夜加さん。 しかし、 「え?僕の誕生日覚えてくれてたんだ。嬉しいなあ」 との声に思わずホッ。 うーん、男の子の好みって難しいなあ。 ところが、その後川井君がかばんの中から取り出したものを見て、亜夜加さんはひどく驚いた。なぜって― 川井君が亜夜加さんに手渡した物は、可愛い形のクッキーだっだから。 そう、亜夜加さんもすっかり忘れていたのだけど、その日はホワイトデーだったのだ。 そして川井君はどうやら律儀にバレンタインのお返しを用意してきてくれたらしい。 しかし、ホントの意味で亜夜加さんを唸らせたのは、そのあとの川井君の科白だった。 「寮のオーブントースターで焼いてみたんだけど、わりとうまく作れたと思うんだ」 なんと、このクッキーは川井君の手作りだったとは! 亜夜加さんは感激のあまり、思わず涙を流してしまうほどだった。 このあたりから、亜夜加さんは川井君の趣味が把握できるようになったと言っても過言ではない。 以来、亜夜加さんの誕生日に彼は「手作り巾着」を用意し、またクリスマスには「手編みのマフラー」なんて物をプレゼントしてくれた。 2年目のホワイトデーにはまたもや「手作りクッキー」で、亜夜加さんの誕生日には「手作りのキルトのバッグ」、クリスマスには「手作りのミトン」を贈ってくれた。 これらによって、家事のまったくダメダメな亜夜加さんの心に、川井君の存在が大きくクローズアップされるようになったのである。 そう、決して物に釣られたわけではないのだ。 |