金色の帽子


もう夏も終わろうとしていたある日のことである。
家々の建ち並ぶこの狭い町中の、
もっとも人通りの少ない路地の一角でそれは起こったのだ。


日がやや西に傾きゆるくなった日差しの中で、一人の少年が歩いていた。
学生服を着、平たい鞄を小脇に抱えている。下校途中のようだ。
いつもと同じ道、いつもと変わらぬ風景・・・
そしていつものように少年は家に向かって黙々と歩き続けるはずだった。

それを見つけるまでは。

少年は足を止めた。

視線は前方に落ちていたそれ−
赤いリボンのついた色あせた麦藁帽子−に注がれていた。
『落ちていた』というよりも、なぜか少年を待っていたかのように
『そこにあった』と言った方が正確かもしれない。
なぜなら、少年は人目みてその帽子に心惹かれたからである。
いつのまにか、少年はそれを手を伸ばし自分の頭へすっぽりとかぶせた。

周りから見ると、異様な光景だった。
制服を着た少年が道の真ん中で、
赤いリボンの麦藁帽子をかぶって突っ立っているのだから。
しかし、少年にはなんのためらいもみられなかった。
いったい少年になにが起こったと言うのだろう。

「!!」

不意に少年はギクリとし、周りをキョロキョロと見渡し始めた。
何度も何度も、見ては腑に落ちない様子で首をかしげる。

しばらくして、少年は近所の庭から伸びている、葉が生い茂った枝を凝視すると、
自分の疑問の答えが見つかった安堵とともに驚愕の色を浮かべた。
枝にはただ、2羽の小鳥が留まっていただけなのだが。

だがその直後、少年の瞳は金銭欲に取り憑かれたように妖しく輝いた。
と、その時突風が彼を襲い、その風にあおられ、麦藁帽子は空へ舞い上がった。
高く、高く、手の届かないところまで・・・

「あ・・・!」

掴もうとする間もなく、少年は小さくなってゆく帽子を悔しそうに見つめていた。
が、ふと自分の目を疑った。

「消えた−?」

少年の目がおかしくなければ、、帽子は突然煙のようにフッと消えてしまったのだ。

少年は呆然と立ち尽くした。




そんな彼の心とは裏腹に、辺りは何事もなかったように静かだった・・・。


              ◇  ◇  ◇


「あ・・・れ?」
ミナはぼーぜんと道の真ん中で立っていた。
どうやら道に迷ったようだ。
このあたりは同じような路地ばかりだから、
いつのまにかヘンな所に入り込んでしまったらしい。

(困ったなぁ、せっかくの土曜日だからって本屋へ寄った帰りに、
いつもと違う道を通らなければよかった・・・)

後悔先に立たず、である。
しかし、道を訊こうにも、こういう時に限って誰も通らない。
このまま突っ立っているわけにもいかないので、とりあえず道に沿って歩き出した。
この街は小さいから、歩いていけばいつかは知っている道にでるだろう。
それに、たぶん家からもそう遠くない。

そう思いながら歩いていると、しばらくしてミナは小さな公園に出た。

(へえ?・・・こんな所に公園ってあったんだ・・・)

なんの変哲もない公園だが、ミナは不思議と懐かしさを感じた。
公園をぐるりと見渡す。と、ミナの目はブランコまで来るとピタリと止まった。
乗り手のいないブランコがキイキイと音をたててかすかに揺れている。
別段変わったことではない。
ただ、その上に赤いリボンのついた麦藁帽子が一つ乗っていただけである。

それが自分を呼んでいたと思ったのは気のせいだろうか。
ミナはブランコに近づき、それを手に取った。
その時、一瞬世界がざわめいた・・・と思った。

しばらく放心していたようだった。

「そんなところで何しているんだ?」

聞きなれた声に、ミナはハッと我に返った。
振り向くと、公園の入り口で父が手を振っているのが見えた。
ミナは慌てて父に駆け寄った。

「お父さんたら、どうしてこんなところにいるの?!」
「うん? 俺はこの辺りに住む知人に用があってな。
お前こそどうしたんだ。ここは通学路じゃないだろう?」

聞かれて、ミナはこれまでのいきさつを話すと、父は呆れた様子で言った。

「お前は何年ここに住んでいるんだ?
第一ここの公園だって、小さい頃何度も遊びに連れてきてやったじゃないか」
「ええ?そうだっけ〜?」

そう・・・言われればそんな気がしないでもない。

(そうだ、確かに小さい時にお父さんに手をひいてもらってここへ来た気がする・・・
うん、そうそう。あのブランコがお気に入りで何度も背中を押してもらったっけ・・・)

だから、懐かしい気がしたのか・・・と我ながらいいかげんな記憶にミナは苦笑した。

「ほら、ぼ〜っとしてるとまた迷子になるぞ」

ミナの心中も知らずに、父はそう言うとスタスタと家に向かって歩き始めた。

「アン、待ってよ!・・・あ!」

父の後を追おうとした時、ミナは右手にあの麦藁帽子を掴んでいたことに気づいた。


一瞬どうしようかと迷ったが、置いていくには忍びず、結局そのまま掴んで、
遅れを取り戻すべく慌てて父の姿を追ったのだった。



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