〜そこに君がいる幸福〜 |
そこはまるで女神のように麗しく、清らかな場所だという。 この宇宙で最も健やかで壮大な空間。 選ばれた者しか足を踏み入れることのできない土地。 −その聖なる地を踏みしめている僕は、今幸福というべきなのだろうか。 何かが起こる予感。 掻き立てられる創造力。 宇宙はここから生まれたのだと感じさせるものが、ここには確かに存在する。 −そう、まさに逢ったのだ。 僕がここに呼ばれることがなければ、 おそらく一生逢うことのなかった金色の光に。 ◇ ◇ ◇ 「きゃっ、ご、ごめんなさいっ」 小さな衝撃とともに不意にセイランの視界に飛び込んできたのは「金色」だった。 ハッと我に返りそれが少女の髪の色と分かるまで、わずかな時間が必要だった。 この地に来たばかりの彼は、これから滞在する館で一通りの整理を終えた後、 ふらりと立ち寄った庭園の芝生の上で彼なりの時間を過ごしていたわけだが、 突然、背後の茂みから少女が飛び込んでくるというハプニングが起きたのである。 彼は怪訝な視線を少女に投げかけたが、 少女の方はそれどころではないといった様子で慌てて茂みの陰に隠れながら背後を振り返った。 耳をすますと――遠くで誰かを捜してるようなざわめきが聞こえる。 (なるほど・・・) 事情を察したセイランだが、 だからといって要らぬ騒ぎに巻き込まれたくないというのが、彼の信条だった。 しかし、この地に限って言えばそれはひどく珍しい光景のように思えたのだ。 その場を立ち去ろうとする少女の腕を取り、ぐいと引き寄せたのは、そういった興味からだったろう。 少女を追っていたと思われる男たちが、芝生の上で座っていた青年に目を留めたのは、 その少し後であった。 「申し訳ありませんが、少しよろしいですか?・・・」 意外だったのは、彼らの風貌がいかついものではなく、それどころかその態度が非常に礼儀正しいことだった。 彼らはセイランの美しい瞳でマジマジと見つめられ、狼狽した様子だった。 しかし、セイランの方は全くそれを気にも留めていない。 「何?」 「え?あ、はい。あの・・・この辺りで金髪の女の子を見かけませんでしたか? その・・・はぐれてしまって捜しているのですが・・・」 セイランは開いていたノートをパタンと閉じて答えた。 「さあ・・・思索にふけっていたのでね。 見かけたかもしれないけど、気にも留めなかったな。 第一金髪の女の子なんて、どこにでもいると思うけど」 言いながら、彼自身もまた、なぜあの時目を奪われたのかと不思議に思った。 しかし、そんなセイランの心中を察することなく彼らは礼を言うや足早に去っていったので、 少々あっけなく思ったほどだ。 「行ったよ」 セイランが茂みに声をかけると 先ほどの少女がホッと胸をなでおろした様子で這い出してきた。 「・・・どうもありがとう!助かったわ」 そう言って無邪気に笑う少女に セイランは半ば呆れつつ苦笑した。 「おやおや、そんなに素直に礼を言っていいのかな。 僕に何か下心があるとは考えないのかい? それとも君はよほどの箱入り娘なのかな」 皮肉の混じった言葉に、少女は困ったように微笑んだ。 「そうね・・・たとえそうだとしても、今助けてくれたことには変わりないでしょう? それに対してならお礼を言ってもいいと思うの」 「へえ?」 「――でも、ごめんなさい。お邪魔しちゃったみたいね」 と少女はチラリとセイランのノートを見た。 それに気づき、彼はフイと横を向く。 「別に・・・。」 「そう?それならいいけど」 言いながら、少女は少し首を傾けた。 「ねえ、間違っていたらごめんなさい。 あの・・・もしかしてあなた、新しくここへ来た教官の方かしら?」 少女の思いがけない言葉に セイランは軽く驚きの表情を見せた。 「君、それ、どうして・・・」 「え?あー、その・・・実は私宮殿で働いていて、みんな噂してたから・・・ ほらっ、ここって限られた人しかいないでしょう? だから、新しい人が来るなんて聞くと、とても楽しみなのv」 顔を赤くしながらそう話す少女に、 セイランは不思議と興味を覚えクスクスと笑った。 「君って、なんだか面白いね」 「え?」 「君さ、僕の顔ってどう思う?」 「え?か、顔?」 「ほらね」 とセイランはまた笑う。 何がおかしいのか分からなくて少女はきょとんとしているばかりだ。 そんな彼女に彼は苦笑しながら説明をした。 「あのね。僕を初めて見た人は決まって戸惑うんだよ。 男だろうか、女だろうかってね。 最初から女性に間違われることもしょっちゅうさ。 で、『僕が』なんて話し始めると幻滅しちゃってね。 当然僕は面白くない。 でも、見かけで人を判断してしまうのは人間の性だからね。 ・・・でも、君はそうじゃなかった。 しかも、君は今追われていた。そうだね? なのに、知らない男とこうしてのんびりとしゃべっているんだ。 たんに無防備なのか、それともこの聖地に悪人が存在しないと信じているのか分からないけど。 いずれにせよ、君は興味深いよ」 セイランの言葉を聞くと 少女はにっこりと笑った。 「とても素敵な誉め言葉ね。 私もあなたのことが気に入っちゃったわ」 今度はセイランの方がきょとんとする番だった。 「は・・まいったな。 そんなことを言われるとは思わなかったよ。 まったく・・・君と話していると退屈しそうにないね」 セイランにしてはもっと話をしてみたいと思った相手ではあったが、 少女の身の上がそれを許さなかったらしい。 「ごめんなさい。もう、戻らなくちゃ・・・」 スカートについた芝生をはたきながら立ち上がると、 「今日はありがとう。久しぶりに楽しい時間が過ごせたみたい。 機会があったら、またお話しましょうね」 そう言って、少女は行ってしまったのだ。 残された彼は一人苦笑した。 「『また、お話しましょう』・・・か。 僕は君がどこの誰だか知らないっていうのに」 分かっているのは、彼女が宮殿で働いているということだけ。 「それとも、会う確信がある?」 確か自分が宮殿に出向くのは三日後―― 今度の女王試験のための教官として紹介されるという日だ。 「ま、いいか・・・。 縁があれば、ということなんだろうな・・・」 呟きながら、彼は空を仰ぎ見た。 決して崩れることのない聖地の青い空を――― |