「ご、ごめんなさい・・・マルセル・・・何でもないの ちょっと情緒不安定だっただけ・・・ へんなとこ見せちゃってごめんなさい」 しばらくして。 彼からそっと離れ、涙をふきながら彼女は恥ずかしさをごまかすように笑った。 マルセルはそんな彼女にとまどいながらも首を振った。 「ううん。別に気にして・・・ませんから。 そりゃ、ちょっとっていうか、かなりびっくりし・・・ましたけど・・・ 何でもないんならよかった・・・です」 ホッとしながらもしどろもどろに続く言葉に、彼女は心の中でクスリと笑った。 きっと彼も自分に対して敬語は使い慣れないのだ。 「あの・・・陛下」 「え?」 「・・・ロザリアが陛下を、探してましたけど・・・?」 「あ・・・!」 思わず彼女は口を押さえた。 そう、だった。今日は内緒でやってきたのだった。 視察・・・というのは名ばかりで。 本当は会いたい人がいたからなのだけど。 それが思わずこんな展開になろうとは。 「・・・お・・・戻りになりますか?」 マルセルにそっと言われ、彼女は仕方なくうなづく。 けれど。 いかにもこの泣き腫らした顔を人に見られたくなかった。 特にロザリアには。 なぜってあの補佐官は口ではきついことを言っていても、かなりの心配症なのだから。 だから、きっと自分の涙のわけを問い詰めるだろう。 それに何より・・・と、彼女は隣に座る緑の守護聖を見つめた。 彼と宮殿以外で会うことなんて きっとしばらくはないだろう。 もうこんな時間はもてないかもしれない。 だから。 「あの、マルセル。・・・少し時間をもらえる?」 彼女が心なしか緊張した様子でそう言うと 彼は大きく目を見開き そして嬉しそうに深くうなづいたのだった。 ◇ ◇ ◇ 「ねえ、聞いていいですか?」 向きあった途端、いきなりそう言われて、 かなり予想外の言動にマルセルは面食らった。 彼女が情緒不安定というのはどうやら本当らしい。 「な、何ですか?あらたまって」 「いいから、聞いて下さい」 「あ、はい。すみません・・・」 「あの、私って誰なんでしょう?」 「え?あの・・・それって?」 「あ、別に記憶喪失じゃないですよ」 「あ〜よかった。てっきり・・・」 「もう、冗談じゃありません!・・・私はこれでも真剣なんです」 彼女はもう一度言った。 「私は誰なんですか?教えてください、マルセル様」 その瞳の中に切実なものを見て取ったマルセルは 先ほどの彼女の様子を察して顔をひきしめた。 「それは大切なこと・・・なんですね?」 「ええ。私にとってとても大切なことなんです」 だからこそ、あなたに答えて欲しい。 そんな願いが彼女の中にあった。 マルセルは一息つくと、瞳を伏せた。 「じゃあ、答える前に僕からも1つ質問してもいいですか?」 「なんですか?」 「僕とあなたはこうして会うのはすっごく久しぶりだと思うんですけど」 首をかしげる彼女にマルセルは言った。 「あなたは僕に会えて嬉しい?」 「!?」 「ね、答えて?」 自分を覗き込むように見つめるマルセルの顔を近くに感じ 彼女の鼓動は大きく高鳴った。 今更だけど、たった今「彼」を意識した・・・そんな気がする。 あいかわらず、少女のような長い睫毛と美しい紫の瞳・・・ ああ、綺麗だな・・・ なんてことを考えている余裕はなく。 ドキドキする心を抑えてなんとか口にした言葉が。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ずるい」 「ずるい・・・? どうして? どこが? これは僕にとってすっごく大切なことで真剣なんですよ」 「う・・・・・・・・・」 「答えて?」 「うう・・・・・・・・・・」 ああもう、どうしてこんなときにそんなことを言うんだろう! そんなの答えは決まってる。 だってずっと会いたかったのは、あなたなのだから。 でも、それをあっさり肯定してしまったら。 自分の質問がバカみたいで。 今まで悩んでいたこととか 泣きたいくらいに落ち込んでいたこととかが 本当にどうでもいいように思ってしまうから。 そう、つまりはそういうことなのだ。 だから、すぐには答えられない。 いや、答えたくない。 強情で恥ずかしがり屋の彼女に マルセルはふうとため息をついた。 途端、周りの空気が軽くなる。 「仕方ないなぁ・・・。じゃあ、君の質問に答えるね。 もう一度言うよ? ・・・・僕に会えて嬉しい?『アンジェリーク』」 「!?」 「さあ、アンジェリーク。答えて?」 「う・・・・」 「う?」 「う〜〜〜〜っ・・・あ〜もう!嬉しいに決まってますっ!」 やけっぱちのようにそう告げると、真っ赤になった顔を見られたくなくて、 アンジェリークは慌てて手で頬を覆った。 「ああ、よかったvそれが聞きたかったんだ。 君は?僕の答えはこれでよかった?」 観念したアンジェリークが下を向いたまま小さくうなづくと、 いつのまにかマルセルの手が頬にかかっていて。 驚き見上げる彼女ににっこりと微笑んだ。 「そう。・・・大丈夫。君は君だから・・・ 僕の大好きなアンジェリークは君一人だけだよv」 そう言ってマルセルはアンジェリークを引き寄せると、 その唇にそっと口付けた。 なんて不思議・・・ 本当にたったそれだけで まるで呪縛が解かれたように心が軽くなってしまったのだ。 それはまるで心を癒してくれる魔法の言葉。 あなたが呼ぶ私の名前。『アンジェリーク』 だから。 だからね。 「ねえ、約束して?」 「二人きりの時は私の名を呼んで?」 あなたが私を見ていてくれるなら 私はまた頑張れるの。 |
Fin |
2007.7.8UP