〜言葉の魔法〜




新たな金の髪の女王が即位してまもなく、
聖地に再び女王候補がやってきた。


「あなたのお名前は?」
「は、はい!アンジェリーク・・・アンジェリーク・コレットです!」

緊張しながらもはっきりとそう答える茶色の髪を持つ少女に、
女王はにっこりと笑った。

「そう、あなたも『アンジェリーク』なのねv」

それは偶然?それとも必然?

自分と同じ名前の女王候補。

けれど。
そのことが自分にとってどういう気持ちをもたらすかなんて
その時はまだ深く考えることもしなかった。






              ◇     ◇     ◇





「アンジェリーク!」




その声が聞こえたとき、ドキリとした。
何でもない呼びかけ。
でも、それは特別な言葉。
そして特別な人の声・・・・

嬉しさのあまり
思わず振り返ったけれど。

「今からどこへ行くの?アンジェリーク」
「あ、マルセル様。こんにちはv
えっとこれから王立研究院へ行くところなんです」

それはあの茶色の髪をもつ女王候補と
緑の守護聖の姿だった。

思わず木の陰に隠れて聞き耳を立ててしまう。

「ふふ、すごく張り切ってるんだね」
「そんな・・・私はレイチェルと違って何も分からないから
少しでも勉強しないと相手にもしてもらえないし・・・」

少女の顔が赤くなってるのが容易に想像できた。

「ふうん。でも、たまには息抜きをしないとダメだよ?」
「あ、はい。それは大丈夫ですv」
「そうだ。よかったら今度花の種を分けてあげるよ。
植物を育てるってね、すごく心が安らぐんだ」
「わぁ、ありがとうございますvマルセル様。楽しみにしてますね」
「うん。じゃあまたね」
「はい、失礼しますっ」

そう言って、彼らが立ち去る音が聞こえて。

(はあ〜〜〜〜〜〜〜っ)

ずるずると木の根元に座り込むや、大きなため息をついた。

ただ二人の会話を聞いていただけなのに
妙に緊張していた自分に気付く。

しかも、なぜだろう?
なんだか胸のあたりがムカムカする。
とても腹立たしく、とてもイヤな気分。
あの子が悪いことをしたわけじゃないのに。
マルセル様が悪いことをしたわけじゃないのに。
ただの女王候補と守護聖の当たり前の会話・・・
以前の自分たちと同じ・・・
なのに。

(マルセル「様」か・・・・)

思わず苦笑する。
もう「様」はいらない。
でもそれは・・・
いつまでたっても慣れない呼び方。
今の地位についてから、
周りの人はすべて自分より身分の低いものになってしまった。
自分は何も変わっていないのに。

けじめだから。
礼儀だから。

結果的に今まで尊敬していた人たちの名を、
呼び捨てすることになってしまった。
それは親しい間柄ゆえではなく
一歩隔てた境界線のようなもの。
そして、今度は彼らが自分のことを敬称で呼ぶ。
もう名前を呼んではもらえない・・・
あの声で親しげに呼んではもらえないのだ。

『アンジェリーク』

自分の名前がひどく遠い。
いったい私はどこにいるの?
私はだあれ?

そう思ったら、いつのまにか視界がぼやけてきて・・・
嗚咽がこみあげてきた。

(・・・・っ・・・・・・・っ・・・・・・っく・・・・・)



その時だった。



「見〜つけたv」



不意に頭上から声が落ちてきて。
思わず顔をあげると、
そこにはさっき立ち去ったはずの緑の守護聖が
微笑んで自分を見下ろしていた。

(マ、マルセル様・・・・?!)

けれど、彼は。
自分の顔を見るや、ひどく驚いた顔をしてうろたえた。

「ど、どうしたのっ?! ア・・・じゃなくて、どうしたんですか?!陛下!
ケガでもしたんですか?おなかでも痛いんですかっ!?」

その言葉に彼女は首を振った。
違う。違う。そうじゃない。

「・・・・・ない」
「え?」
「・・・じゃないっ」
「? 何言って・・・・」
「『アンジェリーク』って呼んでっ・・・」

嗚咽のはざまにそう告げると、
彼女はマルセルの胸にしがみついた。

「うわっ、え?ええっ?!
あ、あのっ、だっ大丈夫・・・ですか!?」


たぶん彼は今とまどっていることだろう。

よろけながら、自分の重みに耐えながら
それでも、自分をしっかりと支えてくれて
自分の言葉を待ってくれている。






それがとても、・・・嬉しかった。






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