Sweet Home 1




『花が見頃になったから、見においでよ』


そう誘われて
アンジェリークは久しぶりにマルセルの私邸を訪れていた。

馬車から降り、館の前に立つと、

チチチ・・・と小鳥のチュピがさっそうとアンジェリークを出迎え、
その肩にとまった。

「チュピ!元気だった?」

首を傾けてチュピと挨拶を交わしながら、アンジェリークが視線をあげると

「いらっしゃい、アンジェリーク」

チュピに遅れをとったマルセルが、ちょっぴり赤くなって立っているのに気付き
アンジェリークは思わず駆け寄った。
その拍子にチュピが羽ばたく。

「今日はお招きありがとうvマルセル」
「ううん、こちらこそ忙しいのに来てくれてすごく嬉しいよ」
「まあ、マルセルったら・・・大袈裟ね」

軽く抱擁を交わしアンジェリークがクスクス笑うと、
マルセルは「ううん」と首を振った。

「大袈裟じゃないよ。だって、前回来てくれたのってすいぶん前だよ?」
「そうね。ここにお邪魔するのもチュピに会うのも久しぶりよね」

そう言って、アンジェリークは指の先で再び肩にとまったチュピの頭を優しくなでた。

「ほんと、チュピはマルセルの大切な友達で、どこへ行くにも一緒だったのにね」
とアンジェリークがそう言うと、マルセルはうなづいた。

「そうなんだ。っていうか、今思うと、よく今まで聖殿の執務室まで一緒にいられたなあと思うんだけど。それってやっぱり、今まで僕が子供だったから大目に見てもらっていたのかなぁって思うと、なんだか恥ずかしくって。だから最近は一緒じゃないことが多いんだ。といっても、僕がチュピを避けてるんじゃなくってね。チュピも、分かってるんだと思うよ。僕が聖地に来たばかりの、慣れない守護聖じゃないってこと。だって、昔は僕のそばを離れなかったのに、今じゃ、新しい友達とあちこち自由に飛び回ってるんだもの」

そう言って、マルセルは苦笑した。

「でも、こうやって僕よりも先に出迎えるぐらいなんだから、
チュピもアンジェにすっごく会いたかったんだよ。ね、チュピ?」
「うふふvどうもありがとう、チュピ」

アンジェリークが肩の小鳥にそう言うと、
チュピは首を傾けて「チチチ」と鳴いて
まるで仕事が終わったかのように、空へ羽ばたいて行ってしまった。

「あ〜あ、行っちゃった・・・」

残念そうに見送るアンジェリークの手をそっと取ると
マルセルはにっこり微笑んだ。

「さあ、君はこっち。案内するから行こう?
きっとね、アンジェリークも気に入ると思うんだvすっごく綺麗な花が咲いたんだよ」

そう言って、案内された先は
マルセルが丹精込めて世話をしたという花壇で、それは見事なものだった。
まるでグラデーションのように濃淡のある花が、花壇をオーロラにように埋めている。
さらに見たこともない黄色く小さな花は新種なんだそうで、
マルセルがわざわざ種を取り寄せたとか。
そういった説明を聴きながら、アンジェリークは花を眺めるだけでなく、
その日は一緒に花の世話を手伝うことにしたのだった。

マルセルとしては花を見てもらうだけのつもりだったが、
アンジェリークはこの貴重な時間にマルセルと一緒に、
マルセルが好きなことをしたかったのだ。
その証拠にアンジェリークはしっかりと、
動きやすい快活な可愛い服装を選んで着てきたのだから。

「あは、だから今日のアンジェはリボンとフリルじゃないんだね」

マルセルにそう茶化されて
思わず顔を赤らめたアンジェリークだったが
全くもってその通りだったので、返す言葉もなく、
嬉々としてとマルセルの傍で動き始めたのだった。





     ◇     ◇       ◇





「今日はこのぐらいにして、そろそろお茶にしようか」

しばらく時間がたった頃――
土をいじっていたマルセルが顔をあげ、アンジェリークに声をかけた。

「アンジェも疲れたでしょ?今、支度してもらうから、ちょっと待ってて」
「あ、マルセル。じゃあ、この残った植木鉢はどうしたらいいの?」
「え?ああ、そのままでいいよ。あとで片づけるから」
「でも・・・あとで片づけるなら、今しても一緒よ?」
「そう?・・・じゃあ、あそこの壁際に並べておいてくれると助かるけど。でも、無理はしないでね」
「ええ、わかったわ」
「じゃ、僕はちょっと先に行ってくるね」

そう言って微笑みながらマルセルが邸の中に入ってしまった後
アンジェリークはいくつか植木鉢を運んで片づけにかかったが
その時ふと、反対側の壁沿いにずらりと並べられている物に気がついた。

それはたくさんの木箱で。
よく見ると、すべて屋根がついていて、入口だろうか正面には丸い穴があいていた。

(これって・・・鳥の・・・巣箱かしら?でも、どうしてこんなに?)

と、首をかしげた時。

「アンジェリーク、お茶の準備が出来たよ!」

窓から自分を呼ぶ声に、
アンジェリークはハッと我に返り、慌ててマルセルの元に急いだのだった。





      ◇     ◇     ◇





「木箱・・・?・・・ああ、あれ?うん、巣箱だよ」

マルセルの部屋で
クッキーと紅茶の香りにホッと一息ついた頃、
アンジェリークは先ほどの木箱のことを思い出して尋ねてみると、
あっさりとマルセルは頷いた。

「やっぱりそうだったのね。でも、どうしてあんなにたくさんあるの?
チュピの家にしては多すぎるわよね。っていうか、チュピにはいらないと思うけど。
あ、もしかして聖地の森にでも設置するつもり・・・?」

アンジェリークが思いつくままにそう言うと、マルセルは首を振った。

「違うよ。あれはね、この間視察した場所で使うつもりなんだ」

そう言って、マルセルはことの次第を話し始めた。
なんでもたまたま別の用事で立ち寄ったその外界の土地は
自然が破壊され住宅地となり、森が少なくなってしまった土地の1つだったらしい。
そんな場所では鳥たちが卵を産む場所がないことにマルセルは気づき
土地の人たちにかけあい、巣箱の設置を勧めたという。

「守護聖じゃなくても、一人の人間として、僕も何か手伝えたらな・・・って思ったんだ。そうしたら話を聴いたゼフェルとランディが手伝ってくれてさ、あっという間にこの通り、張り切っちゃってあんなにたくさん巣箱を作ってくれたんだよ。
もうすぐそこへ運ぶ予定なんだけど、こんなにたくさんあったら、きっと小鳥たちもどこに入ろうか・・・なんて迷って目移りしちゃうよね」

そう言ってマルセルはクスリと笑う。

「そうだったの・・・それは素敵な考えね。
でも、それなら他の公園にも設置したらどうかしら?
それなら巣箱が余らずに使えるでしょう?」

アンジェリークが自然にそう提案すると、
マルセルは眉根を寄せて「う〜ん」と唸った。

「え、ダメなの?」
「ダメっていうか・・・。そもそも巣箱っていうのは、なんでもかんでも設置すればいいわけじゃなくて、必要な場所に設置してこそ効果があるんだよ」
「必要な場所?」
「うん、今回みたいな自然が荒れた土地とか、卵が産める環境がないところ・・・かな。
それに巣箱を利用して巣を作る鳥も決まってるしね。
だから、もし、荒れていない自然の森に巣箱を設置してしまったら
巣箱を利用する種類の鳥ばかり、数が増えてしまうことだってあるんだよ」
「それが問題?」
「うん。生態系が壊れてしまう可能性があるからね」

何やら大きな話になって、アンジェリークの瞳は大きく瞬いた。

「だから、巣箱はほんのちょっと手助けするっていうぐらいがちょうどいいんだよ。
そうだね、例えて言うなら、
僕たちがほんの少しみんなの元にサクリアを届けるぐらい・・・かな?」
「へえ・・・一言で巣箱っていっても奥が深いのねぇ」

素直に感嘆の声をあげるアンジェリークに
今度は面白そうにマルセルが問いかける。

「じゃあ、アンジェは『鳥の巣』が鳥たちにとってどんな場所だかわかる?」
「え?どんな場所って・・・鳥たちが暮らす家でしょう?」

そう考えるのが普通だと思う。
アンジェリークがクッキーをつまみながらそう答えると、
マルセルはもったいぶって

「ざ〜んねん、半分当たりってとこかな」
「え!?半分なの?」
「うん。正解は『卵を産んで、ヒナを育てるための場所』だよ」
「???・・・それって家ってことじゃないの?」

思わず首をひねるアンジェに、マルセルはかぶりを振った。

「違うよ。っていうか、正確に言うと、人間がいう『家』じゃないってことかな。
だって、ヒナは大きくなったら巣立ってしまうし
親鳥だっていつまでもその巣にいるわけじゃないよね」
「ええっと、そ、そうだったかしら」
「うん、身近な鳥だとツバメが分かりやすいかもね」
「ああ・・・」

アンジェリークの住んでいた自宅には来ることはなかったが、
たしかお隣の家で毎年ツバメが飛来していたことを思い出した。
いつのまにかいて、いつのまにかいなくなってて
空になった巣を見ると、ちょっぴり寂しく思った覚えがある。

「そうか!親鳥でさえ、巣からいなくなっちゃうんだわ」
「うん、だからね、そこが人間の家とはちょっと役割が違うんだ。
だって、いくら子供が成人したからって、人間は簡単に家を空家にしないよね」
「確かに・・・一戸建ての家を手に入れるのも大変なのに
その家をそんなに簡単に手放すことなんて、できないわよね」

言いながら、アンジェリークは
我が子が一人立ちしたあと、老夫婦が荷物をもって住みなれた家を出ていく姿を想像してしまい、ちょっと笑ってしまった。

「ということは、鳥たちにとって『巣』は子孫繁栄のための大切な場所ではあるけれど、生活としてはあくまでも仮住まいってことなのね。そっか〜・・・・」

アンジェリークは考えをまとめようやく納得した様子だったが
そのままなぜか黙り込んでしまったので、
カップを口に寄せながらマルセルは怪訝そうにアンジェリークを見た。

「どうかしたの?アンジェ」
「ちょっとね・・・なんか不思議だなあって思って」
「何が?」
「えっとね。鳥の巣のことなんだけど、なんだかこの聖地に似ているなあって思ったの」
「聖地に?」
「ええ、さっき私が言った鳥の巣のような役割を、聖地が果たしているんじゃないかって思って。例えばこう考えてみて?
卵やヒナを育てるように、聖地は宇宙を育てるための大切な場所でしょう?
だけど、そこに住む私たちにとっては、そのためだけに準備された一時的な仮住まい・・・なのよね?」

それは長い、長い時間ではあるけれど。
それでも用がなくなれば、ここから飛び去っていかなければならない。
決して『我が家』とは言えない場所。
それが・・・聖地。

アンジェリークが頬杖をつきながらそんなことを口にすると、
マルセルはカップを置き、感心したように大きく息をついた。

「・・・やっぱりアンジェはすごいね。鳥の話からそんなことを思いつくなんて」
「そんな・・・元々はマルセルの話があったからでしょ」
「ううん、僕ならそんなこと思いもしなかったもの。
でも・・・たしかに言われてみればそうかもしれないね。
僕たちは親鳥で、鳥の巣(聖地)に仮住まいをして、卵(宇宙)が育つのを見守っている・・・
そう考えると、僕らも自然に組み込まれているっていうのかな・・・
大きな見えない何かを感じてしまうよね」
「マルセルもそう思う?」

まるで大発見したように無邪気に微笑むアンジェリークを見つめながら
マルセルもまた何かを考えている風だった。
そうして、おもむろにアンジェリークのほうへ向き直ると、
そっとその手を絡めた。

「マルセル?」

マルセルの様子が不意に変わったように感じてアンジェが問いかける。
すると、マルセルは少し笑って、それでも手を離さないまま真摯な顔でこう言ったのだ。

「ああ、ごめんね。実はちょっと再確認したっていうのかな。
さっきの君の言葉を借りるなら、
聖地は本当の家じゃなくて一時的な仮住まいってことで、
そう思うと確かにちょっと寂しい気がするけど、
僕はここの暮らしがそんなに悪いものじゃないなって思ったんだ」
「・・ええっと??」

急に何を言い出すのかわからず、アンジェが戸惑っていると
マルセルはかまわず言葉を続ける。

「つまり――
僕は・・・宇宙を育てる役目があるだけじゃなく、
個人的にもこの《仮住まい》がすごく気に入ってるってことをね、再確認したんだ。
ううん、今では大切な場所だとさえ強く思う。
でもそれは、元を辿れば
君と出会って、こうやって君と一緒に時間が過ごせる場所だから。
君がいなくちゃ、きっとそうは思えない――
だから、いずれここを去ってゆくことになっても
僕は隣に君がいないと、きっとここから出てはゆけない・・・
・・・なんて、考えてたんだけど。
アンジェリーク、君は・・・どうかな?」
「え・・・」

問いかけられた言葉の意味を反芻しながら
アンジェリークは次第に顔が熱くなるのを感じた。

「そ、そんなの。私もマルセルと同じよ」

今更そんなことを聞くなんてひどい。
アンジェリークが真っ赤になりながらようやくそう口にすると、

「ああ、よかった・・・っ!」

と、大きな安堵の息をもらしたマルセルに勢いよく抱き寄せられ
アンジェリークは少し戸惑った。
けれど
すでに気持ちが通じあっていても何度も確かめずにはいられない、
その気持ちが自分にもよくわかるから・・・
少しずつ心が温かくなる。
抱きしめられたまま、幸せをかみしめていると

「嬉しいよ、アンジェリーク。
じゃあ、今でもあの言葉は有効ってことでいいんだよね」

そのマルセルの思わぬ言葉に、アンジェリークは我に返った。

「え?あの言葉って・・・??」

アンジェリークがきょとんとしていると、
マルセルは困ったように苦笑した。

「ずいぶん前に――
一番最初に、君に告白した時に言った言葉だよ。
忘れちゃった?・・・僕、本気で言ったのにな」

そう言って、マルセルは自分の額をコツンとアンジェリークの額に合わせると
瞳を閉じながら、祈るように再び言葉を紡いだ。





いつかきっと――






『一緒に行こう?
     僕の生まれた星へ――君を連れていきたいんだ』




お互い家族には紹介できないけれど
そこで僕たちだけの家を二人で作っていこう。






――ね。アンジェリーク?









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2011.4.29
2011.8.7(一部改訂)
2012.1.16(一部改訂)