〜あだな〜



ある昼下がり
千尋はリブとお茶を飲んでいた。

別段、用事らしい用はないのだが、気分転換兼ストレス解消にリブは最適だと最近分かったので、今日も今日とてどうでもいいようなことをリブの前でボヤいていた。
そしてリブのほうは・・・というと、別段気にしたふうでもなく
にこにこと糸目のまま、千尋の相手をしているのだった。

「ねえ、リブ。それ口癖なの?その話し言葉の『や』っていうの」
「や、そうですね。いつのまにかそんな感じです」

「ふうん?なんか面白いなあ」
「や、そうですか?自分じゃよくわからないんですけどね」

「自分じゃ、わかんないの?」
「そうですね」

「あ、さっきは『や』がなかったね」
「や、そうでしたか?」

「う〜ん・・・なんか使い方に法則でもあるのかな」
「や、自然に話しているだけで、意識して使ってるわけでは・・・」

「ん〜・・・でも、なんか何度も聞いてるとうっとうしいかな」
「ええっ?!」
「あ、そこは『や』じゃないんだ」

「あの・・・姫君、もしかして何か試していらっしゃいます?」
「うん、統計とると面白いかなって」

「また『面白い』ですか。私って面白い・・・ですかね」
「うん、面白いと思うよ」

そう千尋が答えると、なぜかリブは嬉しそうな顔をした。

「面白いということは、つまり興味深いということ・・・ですよね?」
「そうなのかな」

「や、そうでしょう!」(キッパリ)
「別にどうでもいいよ」

「や、どうでもよくないです」
「どうして?」

「なぜなら、私も姫君のことが面白いと思うからです」
「私が・・・面白い?」
「さようで。たたら場に入り込んだ時、姫君は敵だと知っていたにもかかわらず
普通に私と接して下さいました。
武器を発明するという私の話も姫君は一切責めたりしませんでした。
自国の民が虐げられ、自国を滅ぼされたというのに。
姫君は純粋であるのか、馬鹿なのか、姫君の言動は判断しがたく、それ以来非常に興味津津な方です」

「ふうん・・・リブはそういう風に思ってたんだ」
「や、そうです。ご不興を買いましたら申し訳ありません。
ですが、私が言いたいのは、興味があるということは、関心があるということで、それはつまり好意的な感情だとは思いませんか」

「それはまあ・・・嫌いなものに興味はもたないよね」
「や、おっしゃるとおりです。やはり姫君は聡明な方です」
「さっき、馬鹿とか言ってた気がするけど」

「や、そうでしたか?それはおいといて、ですね」
「横においちゃうんだ」
「はい、おいといて。その好意的な感情を、私はおそれおおくも姫君に対して持ってるわけでして、今の話ですと、姫君も私に好意を持って下さっている・・・というのが、まとめです」
「何のまとめなんだろう・・・」

「や、わかりませんか?私と姫君は持ちつ持たれつの間柄ってことなんですが」
「なんだか、余計にわからない」
「や、なんででしょうねえ」

と、そこで不意に千尋は話の流れを切った。

「ところで、リブ」
「はい、なんでしょう」

「今の会話で、私、リブの『や』の使い方をまとめてみたの」
「や、いつのまに・・・さすがは姫君です。それでどんな風に?」

「そうだね、『ええ』という肯定の意味。『え?』という疑問の意味。
『否』という否定の意味が多いかなあ。
それぞれの短縮系みたいだけど、でも短くしても、それほど甲斐はなさそうだよね。
けど、これでリブがどういう人なのかわかった気がするよ」
「や!ど、どういう人なんでしょうか」

と、そこでビシッと指を指して言い切る千尋。

「あなたはね、『ヤのつく人』なのよ!」
「・・・・・・・・・・・・・はい?」

「いや、そこは『や・・・・』でしょう、リブ」
「そ、そうですかね?や、思ってもみない回答だったので、つい・・・
それで姫君、『ヤのつく人』っていうどういう――」

と、そこへ千尋を探しに風早がやってきたので、千尋はカップを置いた。

「あ、もうこんな時間なんだ。ごめんね、リブ。風早、後はお願いね」
「御意」

何がお願いなのかわからないまま、とりあえず頷く風早。
一方、リブは名残惜しそうに千尋を見送っていたが
気を取り直すと風早に向き直った。

「風早殿、『ヤのつく人』というのはどういう・・・?
豊葦原にはそのような一族がいるんですかね?」

リブの質問に、風早は爽やかな笑顔で答えた。

「『ヤのつく人』ですか・・・?
あちらの世界でもいたようですが、さすがにオレは会った事はないですね。
豊葦原には・・・そうですね・・・いないとはいえませんが、非常に義理がたい人たちだと言われていますよ」
「や、義理がたい一族・・・ですか」
「ええ、指の1本や2本、約束の証として差し出すほどだそうで」
「や、そうですか・・・初めて知りました。勉強になります。
しかし、どうも私とは違う気がするんですけどねえ・・・」

と首をかしげるリブをよそに
その後、いつのまにか周囲は彼のことを
「ヤのつく人」「ヤっちゃん」「ヤーさん」とか呼ぶようになったとか。

意味がさっぱりわからないが
あの千尋の命名だと思うと、内心悪い気がしないリブだった。



おしまい




2011.8.9UP