〜証〜
| 「・・・・・・・・・・・」 あかねは今かなり恥ずかしかった。 なぜなら、美貌の陰陽師に負ぶさっているからだ。 怨霊退治の際、怨霊の攻撃を避けようとして 不様にもあかねはよろけてつんのめってこけてしまった。 そしてあげく片足を痛めてしまったのだ。 折りしも、その日の「八葉」は玄武の二人。 おろおろとする永泉をよそに、泰明はひょいとあかねを背負った。 「え?!」 思ったより力があるのだなと思う間もなく、 泰明が自分を背負ってすたすたと歩き始めるので あかねは抵抗するすべをもたなかった。 ただ一言を言うのが精一杯で。 「ご、ごめんなさいっ泰明さん。・・・あの・・・重くないですか?」 真っ赤になりながらあかねがそう言うと、 泰明は振り向くことなく言った。 「重い。だが・・・・・・問題ない」 それを聞いた途端、あかねの頭の中で鐘が鳴った。 ゴォーン・・・・・・!! ◇ ◇ ◇ (はあぁ・・・・・っ) と、あかねは自分の部屋で1人ため息をついていた。 (ショックだったなあ・・・) 数日前のあの一言が あかねの頭の中で未だにぐるぐると回っていた。 まさか泰明さんに、あんなことを言われるなんて。 しかも、あの間(ま)は何? いまだに衝撃から立ち直れない。 たぶん泰明のことだから裏もなく言ったに違いない。 違いないとは思うが、 (心なしかスカートがきつくなった気もするし・・) などと、ウエストを気にしてしまうのが乙女心。 (どうしよう・・・ダイエットしなくちゃ・・・) そうあかねが考えていると、 足音とともに 「あかねちゃん、いる?」 と自分を呼ぶ声が聞こえた。 「詩紋くん?」 あかねが応えると、詩紋が部屋にするりと入ってきて 器を手にして微笑んだ。 「僕、新しいお菓子を作ってみたんだけど・・・あかねちゃん、食べない?」 ああ、やっぱり・・・・! その言葉に、いつもなら 「ホントv 嬉しいな、味見させて」 と言うところなのだが、さすがに今はそんな気分ではない。 「ごめんね、今日はやめとく」 申し訳なさそうにあかねがそう言うと、詩紋は驚いたように目を丸くした。 「ええっ!?どうして!?どっか悪いの?!あかねちゃん!」 「そうじゃないんだけど・・・」 言いたくはなかったが、変に誤解されても困るので あかねは仕方なく訳を話した。 が、詩紋は笑うことなく小首をかしげる。 「太った?そうかなあ・・・全然そうは見えないよ?」 詩紋はさらりと言った。 「あかねちゃん、そんなに気にすることないよ。 お菓子っていったって京じゃ現代とは材料からして違うし、 たぶんカロリーだってそれほど多くない」 「うん・・・それはそうだと思うけど」 ここにはアイスクリームもケーキもクッキーもないし。 ド−ナツもハンバーガーもポテトもない。 太る要素は断然現代のほうが多いだろう。 「でも、詩紋くん。 あたし、ここんとこ全然運動してない気がする・・・」 あかねがそう言うと、詩紋は腕を組んだ。 「う〜ん、たしかに学校の体育とか、クラブもないもんね」 「天真くんみたいに、剣の稽古をするわけにもいかないし・・・」 「まあ、特にあかねちゃんは龍神の神子だからって、 警護つきの牛車とか馬とか輿とかの移動も多いしね」 「そうなんだよね・・・ 走っていける距離なのにわざわざ車に乗るんだもん」 その時ふと、詩紋は思い出したように言った。 「運動不足っていえば、僕、前に図書館で読んだことあるんだけど」 「うん?」 「平安時代の貴族で藤原道長っていたよね」 「ん〜っと、この世の栄華を極めたって人だっけ?」 あかねは歴史の本を記憶の中でめくってみる。 たしか娘を天皇の后にして権力をものにしたっていう人だったかな? 「そう、その人ってね。実は糖尿病だったんだって」 「え?!糖尿病?!」 あかねはちょっとびっくりした。 病気に詳しいわけじゃないけれど、なんか意外な気がして。 だって、「糖尿病」ってなんか現代病のイメージがしない? そんな昔からある病気なんだろうか。 などと思っていると、詩紋は見透かしたように言葉を続けた。 「うん、その藤原道長って人も、やっぱり運動不足だったみたいでね。 大貴族で毎日贅沢な暮らしぶりだったらしいし、太り気味で、しかもお酒の飲みすぎも関係してたんだろうって」 「へえ・・・」 詩紋の知識に感心はしたものの、あかねは少々複雑だった。 だって、それならなおさら、館でじっとしてるわけにはいかないではないか。 糖尿病は大げさだが、生活によってはこっちだって太る要素はあるわけで。 それは単なる余談としての言葉だったろうが 詩紋が立ち去ったあと、あかねは気になって仕方がなかった。 (どうしよう、このまま運動せずに食べてばかりいたら ますます重くなっちゃう・・・) そう思うと、気は焦り、あかねは立ち上がろうとした。 その途端 「っ!」 思わず、あかねは片足を押さえる。 この間の怪我がまだ完全には癒えていないのだ。 「でも、ずっと座りっぱなしっていうわけにもいかないし・・・。 リハビリを始めないと・・・」 あかねがそうつぶやいていると 「りはびりとはなんだ」 という声とともに、いつのまに来ていたのか 背後に泰明が立っていた。 「げ。や、泰明さん!?」 驚くあかねに、泰明は淡々と言う。 「神子、どこへ行く」 「どこへって・・・え〜と、ちょっと散歩でもしようかなって・・・」 しどろもどろ答えるあかねにも、泰明は気にした風はない。 だがしかし。 「その足ではまだ無理だ。どうしても外に行きたいのなら」 そう言いつつ、またもやあかねを背負おうとするので あかねはギョッとした。 「やだ、ちょっと待って、泰明さん!」 「なんだ」 「あの、そんなことしてもらわなくてもいいですからっ」 「問題ない」 「問題あります!」 「どこに問題がある」 「え〜と、お、重いですから・・・」 「何が」 「・・・私が」 自分じゃ言いたくはなかったけれど 泰明さんに言われるより、はるかにマシだ。 それなのに、泰明はまたもやしばらく考えるように黙って やっぱり「問題ない」と言う。 「どこが問題ないんですかーっ!?」 思わずあかねが叫ぶと、 泰明は驚いたようにまじまじと見つめた。 あかねの顔は・・・羞恥と怒りで真っ赤だ。 そんなあかねを見ながら、泰明はぽつりと言った。 「神子、気が乱れている」 誰のせいですかっ。 そう思うが、あかねは面と向かって言えない。 (だって、泰明さん、綺麗なんだもん) そうなのだ。 誰に言われても泰明さんには言われたくない言葉だった。 重い・・・だなんて。 (だって・・・泰明さん、綺麗なんだもん) なのに、恥ずかしい・・・ なんだか、あかねは悲しくなってきて じわっと涙がこみあげてきた。 ふと・・・頬に白い手が触れた。 泰明さん・・・? 見上げると、泰明の困ったような顔がそばにあった。 「なぜ泣く」 泰明は不思議そうに、そう言う。 その表情を見ていたら、 あかねは自分が今泣き出しそうになったことも忘れて 思わず言葉が口をついて出た。 「前に泰明さんが私のことを重いって言ったから・・・ 太ったのかなとか・・・それ以来私気になって・・・」 すごくショックだったんです・・・ 本当はそう言いたかったけれど、泰明さんにはわからないから言い換えて。 悲しかったというか、恥ずかしかったというか。 もうぐちゃぐちゃで。 たぶん、泰明さんにはわからないだろう。 だから、 「神子の気に触ったのなら許してほしい」 と、困惑しつつも泰明がそう言うのも仕方がないと思った。 けれど、その後に続いた言葉にあかねは耳を疑った。 「だが、神子が重いのは問題ない。むしろ、重い方がいい」 「は・・・?!」 聞き間違いだろうか? それともまさか泰明さんは平安美人のように下膨れの女性が好みだとか? などと思いつつ、念のためにおそるおそる聞いてみる。 「私が重い方がいいって・・・どういうことですか?」 すると、泰明はその澄んだ瞳をあかねに向けた。 「龍神の神子はこの世界の者ではない。鬼を倒せば、元の世界へ戻ってしまう。 私から見れば、まるで触れることができぬ人魂か、触れると消えてしまう泡沫のような存在に思えてならぬ」 そうして、泰明は自分の両手を見つめながら言った。 「だが、この手に感じる神子はまぎれもなく生身の体。 その重みを感じると、なぜだか不思議と・・・私は安心するのだ。 この腕の重みが、神子がここにいると私に感じさせてくれる。 ・・・こんなことを思う私は、おかしいのだろうか?」 「泰明さん・・・・」 そんなことを真顔で言われては もう、あかねには何も言えなかった。 その代わり、自然と笑みが浮かんで、そっと泰明の手を取った。 「おかしくなんかないですよ、泰明さん。 私はここにいますから・・・大丈夫です」 それは自分でも驚くほど優しい声だった。 そして・・・ あかねの言葉を聞いた泰明は、ホッと安心したように微笑んで。 「そうか。ならば、問題ない」 そう言って、あかねをひょいと背負った。 「え?あ!?・・・や、泰明さん!?」 再び慌てるあかねにも、今度は泰明も耳を貸さない。 「行くぞ、神子」 なんだかその声が嬉しそうに聞こえるのは、気のせいだろうか? 泰明の背中で、そう思いながら すでにあかねの脳裏からダイエットの文字は消えていた。 |
| 終 |
2007.9.7UP