〜綺麗〜


言葉をつむぐときも
       戦っているときも
           初めて涙を流したときも
                初めて微笑んでくれたときも

目が・・・・離せなかった。






なんて綺麗な人なんだろう 

      なんて綺麗な涙なんだろう

             なんて綺麗な心なんだろう



だから・・・・




一度言ってみたかった言葉がある。





        ◇      ◇      ◇





そうして。

何度目かの物忌みの日に
あかねは、思い切って目の前に座る八葉に言ってみた。

「あのぅ・・・泰明さん」
「なんだ」
「泰明さんの顔・・・触ってみても、いいですか?」

途端、泰明は眉間にシワを寄せた。

「・・・・・・・それは神子にとって必要なことか」
「え?あ〜その・・・たぶん・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

泰明はあかねを眺め、、
しばらくして、ふうとため息をついた。
そして一言。

「好きにしろ」

その言葉にあかねの顔はぱっと輝く。

「ほんとですか?じゃあ、遠慮なく・・・」

あかねは泰明の前に座って、ドキドキしながらそっと触れた。






(う・・わ・・・)

その肌はとても男性とは思えない滑らかさだった。
まつげも長く鼻筋も通っている。
目・鼻・口・・・どこをとっても端整な顔立ちだ。
羨ましすぎる・・・
しかも、泰明はあかねがじっと見つめているにもかかわらず表情をいっさい変えず
むしろあかねの顔を反対に見つめている風情でもある。

(やだな、言いだしっぺの私の方がなんだか恥ずかしいや)

などとあかねが思っていると、
不意に目の前の美しい唇から言葉が発せられた。

「神子・・・」
「は、はい?!」
「気味が悪くないか?」
「え・・・・?」

あかねは意味が分からず首をかしげた。
が、すぐにブンブンと首を横に振った。
すると、今度は泰明の方が不思議そうに言うのだ。

「兄弟子たちは私に触れることを嫌がる」
「嫌がる?・・・どうして?」
「私が人外の者だからだ。知らずとも本能で察しているのだろう。
あきらかに自分たちとは『違う者』だと」
「・・・・・・」
「なのに神子はなぜ触れる?」
「なぜって・・・触りたかったから・・・じゃダメですか?」
「・・・・・・」
「綺麗なものに触りたいって思っちゃダメですか?」
「・・・綺麗?私が?」
「はい。泰明さんは綺麗だと思います」

まじめにあかねがそう言うと、泰明はふと瞳を伏せた。

「・・・・・・神子が綺麗だというこの体は作られたものだ」
「泰明さん・・・」
「自分の容姿がどうであれ私は気にもしないが、
神子が・・・気に入っているというのなら・・・問題ない」
「問題ないって・・・・・」

あかねは一瞬言葉を失う。
それは泰明さんの名セリフだけど、そうなんだけど。

「そーいう問題じゃないでしょお!!」

泰明の言葉を聞いているうちに、
なんだかふつふつと怒りがこみあげてきて。

ダンッ!!と畳の上にこぶしを打ちつけた。


「あのねえ、泰明さん。
たしかに泰明さんの顔って私は大好きですよ!
それが師匠の晴明さんの好みだとしても!
そりゃあ外見は大事です。
カッコいい人がいたり、可愛い子がいたり、綺麗な人がいたりしたら
そりゃあフラフラ近づいちゃいます。
それこそ花に誘われた虫のごとく、です!
でもね、そこから先はやっぱ中身だと思うんですよ。
例えばね、泰明さんと全く同じ顔の人が何人もいたとしても
やっぱり私が『泰明さんだv』って思うのは一人だし、
ここにいる泰明さんだけなんですよっ」

言っているうちになんだか話が脱線している気がしないでもなかったが
もはや止まらなかった。

「たとえ、泰明さんが他の人と違って生まれて間もないとしても、
この世に出て出会ってから今までの泰明さんが、今の泰明さんの顔を作ってるんです。
でもって、私はそんな泰明さんの姿が綺麗だなってずっと思ってたし、
だからこそずっとずっと触りたかったんです!!」

顔が綺麗だから好きなんじゃない。
綺麗な顔だから触りたいんじゃない。
泰明さんだから触りたい。

そう力説していて、あかねはハタと気が付く。
もしかして、実はものすごく恥ずかしいことを言ってしまったのではないだろうか、と思ったが。

目の前の泰明は・・・真っ赤になってうつむいていた・・・
なんてことあるはずもなく。

「・・・・・・・そうか。
では、神子の気が済むまで触るがいい」

と、端整な顔のまま答えただけだった。
あまりに素っ気無い反応だったので、あかねはふと気になって聞いてみる。

「あのぅ・・・泰明さん」
「今度はなんだ」
「頼めば誰でも触らせるんですか?」
「・・・何?」
「た、たとえば・・・天真くんとか友雅さんとかが泰明さんに『触らせてv』って言ったらどうします?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・断る」
「どうしてですか?」
「・・・必要がないからだ」
「じゃあ、えっと・・・藤姫ちゃんだったら?」
「・・・同じことだ」
「じゃ、じゃあ、私ならいいってことですか?!」
「・・・・・?おかしなことを言う。先ほど神子は『必要』だと言った」
「それはっ・・・そうなんだけど〜、そうじゃなくて・・・え〜と」

言葉につまって、あかねはうつむく。
どう説明したらいいのか分からない。
この複雑な気持ちは。
だから。
回りくどいことはやめよう。
諦めて、あかねは言った。

「あの・・・ね、泰明さん。
こうやって泰明さんに触れていいのは私だけにして欲しいなって思ったんです」
「・・・・・・・・神子以外にそんなことをする者はいないだろう」

自分に好んで近づこうとする者など、神子ぐらいなものだ。
それなのに。

「神子は本当におかしなことを言う」



またもや泰明の小さなため息が聞こえたので、
(あ〜あ、今度こそ呆れられちゃったかな・・・)
あかねがそっと視線をあげると、

目の前の人は穏やかな雰囲気をたたえていて。
その眼差しはとても優しく、瞳が美しく澄んでいたから・・・

途端、あかねは頬が熱くなるのを感じた。



そして・・・



目の前のこの綺麗な人を
        自分が誰よりも
             独占したかったのだと

−その時、あかねは知ったのだった。