〜天使の加護〜




アンジェが自分にとって特別な存在だと悟って以来、
シーヴァスは彼女にどう接していいか分からなかった。

退屈しのぎで承諾した勇者だったが、
まさか天界の天使に心奪われようとは夢にも思わず、
彼は一人部屋でため息をついていた。

今は特に天使からの連絡もなく、任務もない。
いわば、勇者の休息とも言える時間だったが、
今のシーヴァスにとって前にもまして耐え難い退屈な時間だった。



<天使に会えない・・・>



その時間がひどく長く感じた。




しばらくして、執事がノックの音とともにやってきた。

「なんだ?」

憂鬱そうな彼に執事は、事務的な口調で次の言葉を伝えた。

「シーヴァスさま。来週ランド家の舞踏会の他、二、三招待状が届いておりますが、出席はいかがなされますか?」

(そんなもの放っておけ!)

内心そう毒づいた彼だったが、

待てよ?と思い直した。

確かにこのところ任務続きで、
舞踏会など晴れやかな場所には出向いてない。
久しぶりに出席するのもいいかもしれない。

(この退屈から逃れられるなら何でもいいさ・・・)

彼はそう考え、執事に伝えた。




          ◇       ◇        ◇




彼が舞踏会に顔を出すと、目ざとく人々が集まってきた。
何せ彼は貴族としても騎士としても、人々の注目の的だったからだ。

「まあ、シーヴァスさまったら久しぶりv」
「おお、シーヴァス。最近どうしたのかね?」

そんな風に声をかけてくる人々に、
彼は適当にあいづちをうちながら笑顔で答えていた。
実際のところ、ウンザリしていたのだが。

(やはり来るんじゃなかったか・・・?)

プレイボーイとして名をはせた彼だが、
今やどんな美女を見てもときめかない。
いや、これまでだって、軽い付き合いばかりで、
本当に彼の心まで入り込んだ女性などいなかったはずだ。

(ふう・・・)

人ごみを避けベランダで一人、シーヴァスはため息をついた。

そんな彼を見て、また背後で貴婦人たちが黄色い声をあげていた。

「まあ、シーヴァスさまったらどうしたのかしら?」
「ホントですわ。いつもなら真っ先に私の元へ挨拶に来てくださるのに、今日は一瞥もして下さらないっ」
「何言ってるの。あなたは元々シーヴァスさまに相手にもされていないんじゃありませんこと?」
「なんですって?!」
「おやめなさいな、あなたたち」
「でも、確かにシーヴァスさま。前にもまして格好よくなりましてよv」
「たくましくおなりだわ」
「しかも見て見て、あの憂い顔。まるで誰かに恋しているよう」

などなど、勝手なことを言っている。
それを、シーヴァスはうるさそうに聞いていた。
が、その後の言葉に彼は愕然とした。

「まあ、だあれ? そんな光栄な姫君は」
「そうよ、もしそうなら相手の方はとっくに噂になっているはずよ。
他の殿方が黙っているはずはございませんわ」
「確かに、そうですわよね〜」

彼女たちの噂が続く中、
いつのまにか、シーヴァスの姿は消えていた。




        ◇      ◇      ◇




「シーヴァス、何の御用ですか?」

こちらから呼んだとはいえ、不意に現れた天使にシーヴァスはドキリとした。
何度みてもその現れ方は幻想的で美しく、思わず見とれていたが、
アンジェの声でハタと我に返った。

「ああ、すまない。実はアンジェに聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと・・・ですか?」

「ああ。君はこの世界を守るため、堕天使を倒すために人間の勇者を探して天界から来たのだったな」
「ええ、そうですよ?」
「で、君は私の前に現われた。だが、この広い世界だ。私一人じゃあるまい?」
「ええ、シーヴァスの他に四人の勇者に依頼しましたけど」

「よ、四人も・・・」
「?・・・それが何か?」

「い、いや、その勇者だが、私の知っている者か? いや、男か?」
「シーヴァスとは面識はないと思いますよ。
かなりここと離れた土地の方ばかりですから。
ええっと、一人が女性で、三人が男性ですね」
「さ、三人・・・」

「あの・・・どうかしましたか?」

気のせいか青ざめているシーヴァスを
アンジェは不思議そうに見つめた。

「い、いや、何でもない。
ただ他の勇者の話をあまり聞かないと思ってな」

「あら、そういえば・・・そうですね。
えっと・・・たしかシーヴァスより年下だと思いますけど。
リュドラルはドラゴンに育てられた少年で、

依頼も文句言わず何でもこなしてくれますし。


フェリミは吟遊詩人ですけど実は弓の名手で
これまた嫌な顔一つせず依頼を受けてくれて助かっています。

ヤルルはちょっと小さいですけどこれもブーメランの名手で、
私のコトをお姉ちゃんなんて言ってくれてがんばってるんですよ。
で、女性はただ一人で・・・」

「・・・・・・・・・」

「?・・シーヴァス?」
「え?あ・・そ、そうか。
で、その中に・・・いや、何でもない。すまなかったな」
「?・・いえ、お役に立ったなら嬉しいです」

そう言って(首をかしげながら)アンジェは去ったが、
残されたシーヴァスはとても喜んでいるようには見えなかった。




           ◇      ◇      ◇




以来、シーヴァスは懸命に依頼を遂行するようになった。
今までは自分の気に入らない依頼は断り、勇者は暇つぶしと公言していた彼だったが、今やどんな任務も快く承諾し、実際彼なしでは問題が解決できないほどの実力となっていた。
そして何より。シーヴァスは天使に会えるコトに喜びを見出していたのだ。

「見ろ。私だってやればできるだろう」

剣を鞘におさめながら、シーヴァスは得意そうに満面の笑みを浮かべた。

「ふふ、そうですね。ありがとうございますv
シーヴァスのおかげで本当に助かります。
やはりあなたを選んだのはまちがいではなかったのですね」

アンジェは微笑みを返しながら、ねぎらいの言葉をかけた。

「もう、私の援護など必要ありませんね。
本当に一人でも安心して任せられるぐらい・・・
というわけで、しばらく一人でお願いできますか?シーヴァス」

「は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

その言葉にシーヴァスの笑顔は凍りついた。

「ア、アンジェ、それはどういう・・・」
「実は・・・他の勇者はまだ若くシーヴァスほど戦いに慣れていないのです。
ですから、妖精だけでは心もとなく、ここ最近どうしても私が行かなければならなくて・・・」

(そ、そんなバカな・・・!!)

心底申し訳なさそうに言うアンジェの言葉を聞き、
シーヴァスはガクリと肩を落とした。
しかし、アンジェに対して弱音を吐くこともできない。

「わかった・・・。私なら大丈夫だ、アンジェ」

なんとか笑顔を作って、彼はアンジェを送り出した。
だが、本当は行かせたくなかった。
自分こそがアンジェを必要としていて、最も彼女を待ちわびているのだから。
けれど、止めることはできない。
まだ世界は救われていないのだから。
しかし、全てが終わった時には・・・

(今度こそ地上につなぎとめてみせる)

自嘲しながら彼は空を見上げた。

もう彼女はいってしまっただろう。
眩しそうに見つめていると、
不意に翼の音がして再びアンジェが現れたものだから、シーヴァスは、目を見張った。

「アンジェ! どうした?! 何かあったのか?」

シーヴァスの問いに彼女は首を振った。

「いえ、ちょっと忘れ物をしましたので」
「忘れ物?」
「はい。あの、シーヴァス・・・
少し・・・かがんでくれますか?」
「?」

彼がアンジェの言うとおりにすると、
天使はシーヴァスの額に軽くキスをして、包み込むようにシーヴァスを抱きしめた。

「ア、アンジェ・・・?!」
「シーヴァスに天の加護があらんことを・・・」


驚くシーヴァスを残し、少し頬を染めた天使はそうつぶやくと
今度こそ空へと舞ってしまった。

遠い遠い青い空へ・・・


―天使の加護―


             それは天使が人に恋した証といわれるもの―





「少しは期待しても・・・いいのだろうか・・・」

そう、逸る心を抑えながら一人つぶやくシーヴァスだった。

FIN






一部改訂しました。(2009.11.15)