天使の君に花束を


 ゴォォォォォ・・・




街は炎に包まれ真っ赤に染まっていた。

空も屋根も人もみな・・・

もうもうと噴煙をあげて焼け崩れる建物。

その中で我先にと逃げ惑う人の群れ・・

それは後に「ヨーストの大火」と呼ばれる大災害――

それが堕天使によって遣わされた炎王アドラメレクの仕業だとは
その時は誰も知る由もない。



「お父さん!お母さん!」


「どこにいるの!?ねえ!返事をしてよ!」


「お願いだから・・・返事をしてよ!!」


「でないと僕・・・一人ぼっちになっちゃうよ・・・」



もう誰もいない。

みんな逝ってしまった。


少年が絶望の闇の中で、一人立ち尽くしていると。


(・・・ァス)


声が、聞こえて。
少年は顔をあげた。


(シーヴァス・・・)



それは自分を呼ぶ声。

誰――?

僕を呼ぶのは誰――?


戸惑う少年の上に
その声は温かな光となって降りてくる。

お父さん?・・・お母さん?
・・・それとも・・・




次弟に光は大きくひろがり少年を包み込んだ。








        ◇      ◇      ◇








「シーヴァス!遅れてすみません!」


突然、視界が広がったかと思うと、目の前には真っ白な翼があった。
呆然として目を開けた青年の顔を、天使は心配そうに覗き込む。

「あ、起こしてしまいましたか?」

もしかして、寝てしまうほど待たせてしまったのだろうか?

そんな天使の気持ちが手に取るように分かる。



(転寝をしていたのか・・・・)

青年はひと息つくと、「いや・・・」と否定しつつ、起き上がった。

「それより・・・忙しいのに呼び出してすまなかったな」

シーヴァスがそう言うと、アンジェはにっこりと笑った。

「そんなコト・・・シーヴァスのためならかまいませんv」
「そうか。そう言ってくれるとありがたい。
 実は今日は君にこれを・・・」

とシーヴァスがおもむろに手渡したのは、真っ白な薔薇の花束だった。
思いがけない贈り物にアンジェは目を大きく見開いた。

「あ、あの・・・シーヴァス。こ、この花は・・・」
「なんだ。気に入らんのか」
「と、とんでもありません!!ただ・・」
「ただ?」
「あの、でも・・今までにもたくさんいただいているのに・・・」

アンジェがそういうもの無理はなかった。
というのも、これまでにシーヴァスはアンジェに、
シャトーワインやシルクの手袋・ローブ・マントと次々と贈っていたからだ。
そして今回は素敵なバラの花束だなんて。
嬉しいけれど、ちょっと不安になる。
こんなことしてもらわなくても、自分はシーヴァスが好きなのに。
そんなアンジェの心を知ってか知らずか、シーヴァスは遠慮がちな天使に微笑んで言った。

「いいんだ。私がそうしたいだけなのだから、君が気にする必要はないさ。
もっとも・・・花が嫌いというなら話は別だが・・・」

それを聞いて、アンジェはブンブンと首を振った。

「とっても大好きです!!」

ふふvと嬉しそうに笑うアンジェを、シーヴァスは満足そうに見つめた。
ふと、アンジェは気がついたように声をあげた。

「あ、じゃあ、今日の面会ってコレのためにわざわざ!?」
「えっ、いや・・・わざわざっていうか・・・
その・・・あ〜、まあ、なんだか君と少し話をしたくてな」

シーヴァスが柄にもなく照れながらそう言うと、
アンジェの顔はパッと明るくなった。

「何を話してくれるんですかっ!?」

その顔があまりにも生き生きとしていて、
彼の想像していた反応とはちょっと違っていて、
シーヴァスは思わずプッと吹き出した。

やっぱり惹かれずにはいられない。


くっくっくっ・・・


いきなり笑い出した彼に、アンジェは慌てる。

「え?私何かヘンなこと言いましたかっ?」
「いや・・・」
無理矢理笑いを止めたシーヴァスは、眩しそうに天使を見つめながら答えた。

「君は聞き上手だからな・・・
どんな話でも黙って聞いてくれるから・・・つまらないことまでつい話してしまう」



だけど・・・ なぜだか、それが心地いいことを彼は知ってる。
闇の中で感じたあたたかい光・・・
彼女がいるだけで、どれだけ自分が救われているのかを。


天使に話したい。


シーヴァスは空を見上げて言った。







「そうだな、今日は子供の頃のコトを・・・話そうか」





FIN