〜覚悟〜
ヘブロン国の建国祭も近づいた頃、宮殿は一段と騒がしい。 そんな中、久しぶりに出仕したシーヴァスは、中庭で珍しく友人に遭遇した。 相手は特別深入りもしない、それでいてお互い信頼のおける不思議な間柄・・・といったところだろうか。 「レイヴ。お前も来てたのか、久しぶりだな」 「来ていたとは、ご挨拶だな。シーヴァス」 彼もまたシーヴァスを見ると、その引き締まった表情をふと緩めた。 「まあ、たしかに建国祭でもなければ、宮殿には近づきたくないものだがな」 レイヴがそうグチをこぼすと、シーヴァスは笑った。 「ハハ・・・たしかにな、だが騎士団の副団長という肩書きがそれを許さないか」 「そうだな。お前のように1人で行動できるきままな身分だといいのだが」 「そう言うな。私とて貴族のしがらみがあるから、仕方なくこんな窮屈な場所に出ているだけさ」 その言葉を聞き、レイヴは目を丸くする。 「ほう?それはお前の言葉とは思えんな。 お前は好き好んで華やかな場所に出向いていると思ったが・・・」 「ふん、それは全くの誤解だ。 それこそ好きでもない貴族のおつきあいという奴さ」 「それは知らなかった。 お前はあちこちの花を飛び回っているという噂も聞いていたのでな」 それを聞いたシーヴァスは慌ててレイヴの口に手をあてた。 「ちょっと待て!」 「な、なんだ、やぶからぼうに」 すると、シーヴァスはレイヴの耳に口を寄せ、なぜか小声で言うことには 「今、あいつはいないな?」 「あいつ・・・? ああ・・・アンジェか。残念ながらいないぞ」 「そうか、なら・・・いい」 シーヴァスのホッとした様子を見て、レイヴはおかしそうに笑った。 「なんだ、聞かれてまずいことでもあるのか?」 「う・・・いや、まずくはないが、そうだな・・・できれば聞いてほしくないと思ってるな私は」 「・・・よくわからん言い方だな」 「わからなくていいさ」 そう答えるシーヴァスを、レイヴは複雑そうに見つめた。 こんな風に二人が遠慮なく言い合う仲だと、誰が想像できただろう。 片や、真面目で堅物タイプの騎士団副団長という地位にあり、片やプレイボーイと浮名を流す孤高のやさ男。同じヘブロンの騎士とは言え、共通点は少なかろうと思われるのだが、実は彼らには他人には言えない「共有の秘密」があったのだ。 それは彼らが、この地上界インフォスを救う勇者であること。 そして、その勇者の責務を果たすために、天界から使わされた天使が彼らのそばにいることだった。 ちなみに各地に数人はいるという勇者は基本的に個人で行動している。 だから、レイヴもシーヴァスも当初はお互いが「勇者」に選ばれたことを知らなかったが、ある事件がきっかけで、奇しくも同じアンジェという名の天使の知り合いがいることが分かったのだった。 その天使は(姿がみえなくとも)常に勇者の傍らにいることが多いのだが、今はどうやらいないらしい。 好奇心旺盛な彼女はたま〜に姿を隠したまま聞き耳をたてているから油断がならない。 「だがレイヴ。一言言っておくが」 と、シーヴァスはあらたまって言う。 「昔の私はそう・・・だったかもしれないが、今の私はそうではない」 「また、わからん話を・・・」 「いいから聞け」 「わかった・・・・」 「つまり・・・だ。私は気が付いたんだ。 いかに今までの自分の行動が虚ろで無意味だったかってことにな」 「『虚ろで無意味』・・・だったのか?・・・では、今は違うと?」 「そうだ」 「・・・・それは、もしかして・・・天使のせいか?」 レイヴがそう指摘すると、シーヴァスは顔をあげた。 「そう・・・だな。彼女がいなかったら、私はおそらく今お前が言ったような軽薄な男のまま生活を続けていたことだろうな。 もちろん勇者の勤めを果たしてきたことも大きかっただろうが、何より彼女の存在が私を変えたと言ってもいい。」 「それはまた・・・大層ないい様だな」 「ああ。だが、それほどに彼女は、私が今まで会ったどんな女性よりも、掛け替えのない位置を占めていることは間違いない事実だ」 「・・・・・・・・・・」 熱っぽく語るシーヴァスを見つめながら しばらくの沈黙の後、レイヴは口を開いた。 「シーヴァス、相手は天使だぞ。・・・わかっているのか?」 「・・・わかっているさ」 「普通の人間じゃない」 「・・・ああ」 「そばにいるのは今だけだ」 「・・・・・・・」 「この戦いが終われば、おそらく彼女は天界へ戻るだろう」 「・・・・・・・」 「それでもか?」 レイヴの問いに、シーヴァスは目を閉じて頷いた。 「ああ・・・それでも私は・・・彼女とともにありたいと思っている」 「・・・彼女に言ったのか?」 「いや・・・まだだ。いずれ機会を見て告げようと思う」 「・・・本気、なんだな」 「ああ」 「そうか・・・・」 レイヴは息をつくと、シーヴァスの背中をポンと叩いた。 「なら、今度は俺からお前に一言言っておく」 「なんだ」 「天使を・・・泣かすなよ」 「なに・・・?」 思いがけない言葉にシーヴァスは問い返す。 すると、レイヴは遠い目をして軽く笑った。 「今の言葉を聞いたら、『戯れ』じゃなさそうだが、 俺は以前悲しむ彼女を見ているからな。 プレイボーイの勇者にだまされたってな」 「!?」 「冗談で『好きだ』と言われ、からかわれたと・・・ 偽りの告白に彼女は傷ついていた。 もっとも俺は、その勇者って奴が誰だか知らないが・・・ お前は彼女を傷つけるなよ。 もし傷つけたなら、俺は容赦しないからな、覚悟しとけよ」 「レイヴ、お前・・・・」 シーヴァスが何か言いかけようとしたが、 レイヴはそれを制するように微笑を浮かべながら立ち去った。 わかってはいるさ。 天使に恋をするだなんて、滑稽にもほどがある。 それは大それた願いかもしれない。 だとしても ・・・あきらめたくはない。 でも、本当に? 翼ある天使をつなぎとめられるのか・・・? もし戦いが終わったら その時、私は・・・・・ 不安に覆われシーヴァスは額に手をやる。 体が、震える。 (泣きたいのはこっちだ。くそ・・・・) 震える体を押さえながら、シーヴァスは「その日」を決意した。 |
Fin |
2006.12.9UP