〜口止め〜


その日、フォルクガング家では華やかな夜会が催されていた。

その夜会の最たる名目は、若きフォルクガング家当主の婚約披露パーティーだ。
2か月前に各家々に届けられた招待状を目にして、驚きの声をあげた貴族は数知れない。
ゆえに、今こうして大広間に集まった貴族たちの好奇心は留まる事を知らず、口ぐちに言いあっていた。

「まさか、あのシーヴァスが、こんなに早く婚約とはな。招待状をもらった時は驚いたよ。」
「わしもだ。あのプレイボーイも、とうとう年貢の納め時ということかな」
「ええ、あれほど女性たちに騒がれていたシーヴァスですもの。
この婚約に涙を流す御令嬢も多いでしょうね」

「確かに。だが、奴はかつてこそ御令嬢との噂が絶えなかったものだが
今じゃそのなりをひそめ至極真面目に公務を勤めておる様だ。
それどころか今や将来有望な若者と、陛下からも一目おかれているとか。
それもこれも、噂では、婚約者の影響だとか。いや、人間変われば変わるもんですな」

「ほほう、それではシーヴァスはその婚約者に手綱をとられているということですかな」
「まあ、いったいどこにそんな勇敢な御令嬢がいたのかしら」
「そうそう、その婚約者の令嬢だが、噂では素性が不明ということだ」
「なんだと、そんなわけがあるか」
「いやいや、それがどうもそうらしいということだ」
「どういうことだ。まさかメイド風情では――」

と、そこまで話が進んだ時、

コホンと背後で咳払いが聞こえ、会話はピタリとやんだ。
そうして、振りかえると、金の髪を後ろで束ね、華やかな盛装をした――この夜会の主催者であり、主役の――シーヴァスがすごむような笑みを浮かべて立っていた。
彼はその場にいた皆を見渡し、深く一礼をする。

「皆さん、お忙しい中、私と婚約者のためにわざわざ来て下さって感謝いたします」
「おお!シーヴァス、こちらこそ招待ありがとう」
「婚約おめでとう、シーヴァス!」

周りから拍手喝采が起きる。

「ありがとうございます。
今宵はぞんぶんに楽しんでいっていただきたい。
その前に、私の大切な婚約者を紹介いたしましょう」

そう言って、シーヴァスは後ろにいた女性に手を差し伸べると、その肩にそっと手を置いた。
「彼女が、私の婚約者アンジェです」

上品に白いドレスの裾をつまんで挨拶をする女性が顔をあげると、
周りの者はハッと息を飲んだ。

なんという・・・清らかな・・・
彼女の周りだけが清浄な空気に囲まれているような、そんな錯覚を起こす。
白いドレスが可憐に見せているだけではない。
光り輝く金の髪、陶磁器のようななめらかな白い肌、
優しげな面立ち、そしてたおやかな手足・・・どれをとっても非の打ち所のない造作で、
まるで天から祝福を受けたかのような美しさ。

果たして、このような女性がこの世にいるのだろうか。
まるで、人間ではないような――

クスリと誰かの声が漏れ、それを拍子に皆は目が覚めたように我に返った。
笑ったのは――シーヴァスだ。

「いかがですか、私の婚約者は」
自慢げな彼の言葉にようやく、皆は騒ぎ出す。

「シーヴァス。どこで見つけたんだ。この令嬢は」
「いったいどこの御令嬢ですの?」

口ぐちに問いつめる招待客に
シーヴァスは笑顔で返す。

「私が見つけたのではありません、彼女が私を見つけてくれたのです。
彼女は遥か天上から、私のために地上に降りてきてくれた、かけがえのない天使なのです」

シーヴァスがかしこまってそう言うと、唖然としながらも、周囲は不平を洩らす。

「い、いや・・・彼女が天使のようだと言いたいのはわかるが・・・
シーヴァス。それじゃ答えになっとらんよ」
「そうよ、仮にもフォルクガング家の奥方にもなる方なのよ。
ごまかさずにおっしゃいなさいな」


「そうは言われましても、ね・・・嘘を言っているわけではないのですが。
ほら、私の天使は慣れない地上での夜会に戸惑っているようです。
申し訳ありませんが、彼女はこれで失礼させてもらいましょう。
ああ、皆はそのまま楽しんでいただいて下さって結構」

そう言うと、シーヴァスはアンジェを素早くメイドに任せるや、広間から下がらせるように言い置き、自分はそのまま談笑している他の招待客の輪の中へ入っていったので
周りの者はポカンとその様子を見ていることしかできなかった。




     ◇     ◇     ◇




扉が閉まるや
ふう・・・
とアンジェは大きな息をついた。

今まで天使として夜会を垣間見たことはあったけれど
実際自分が参加するとなると
挨拶だけでもこんなにも疲れるものなのかと実感する。

「――大丈夫ですか?アンジェさま」

メイドのマリーが心配そうに顔を覗き込む。

「え、ええ。大丈夫ですよ。ありがとう、マリー」

マリーは、アンジェがシーヴァスの元に身を寄せてからずっと世話になっているメイドだ。
年はシーヴァスより少し上で、シーヴァスの信頼も厚く、メイドながらシーヴァスに意見を言うことのできる数少ない侍女らしい。

「せっかく美しく着飾りましたけど、シーヴァスさまのご命令ですから、
しばらくこちらのお部屋でお休み下さいませね」
「でもマリー?シーヴァスは広間に残ってお客様の相手をしているのに、
私だけがここにいてもいいのでしょうか」
「大丈夫ですよ、シーヴァスさまがすべてうまくやってくれていますから」
「でも、シーヴァスばかり大変な役目を押しつけるのは心苦しいのです」

ただでさえ、彼に頼るしかここでの生きるすべはないというのに。
不安そうなアンジェの顔に、マリーは思わず笑みが浮かぶ。

「シーヴァスさまは大変だと思っていませんわ。むしろ喜んでいると思いますよ」
「喜んで?」
「そうですとも、こんなに素敵なお美しい婚約者が出来たのですもの、
本来は皆さんに自慢して回りたいぐらい嬉しいはずです」
「なら、どうして私は皆さまとお話しなくていいとシーヴァスは言ったのでしょう」
「それは・・・」
「私がおかしなことを言うからですか?それとも、私がまだこの世界のルールを知らないからでしょうか」

真剣な表情でそういうアンジェに、マリーは困ったように微笑んだ。

実はマリーは彼女の素性を、シーヴァスから少しなりとも聞いていた。
つまり――この愛らしい女性が元は天使だったということを。
それは半信半疑な話だったが、いつになく真摯な顔で語る主の姿に、マリーはそのまま受け入れようと思ったのだ。
なぜなら、ただ美しいというだけの女性なら、どこにでもいるだろうが、
彼女の邪気のなさ、素直さは他に類を見ない。
本来「身分のない得体のしれない女」と思ってもおかしくないはずなのに、そう考えることさえ罪だというような不思議な雰囲気が、主が連れてきたこの女性には確かにあったのだ。
だが、そんなことよりも。
いつもどこか投げやりだった主が彼女に出会ったことで心の隙間が埋められたように生き生きとしてきたこと、彼女が主のために、そのすべてを捨ててきてくれたらしいこと、そしてシーヴァスが直々にメイドの自分に「私の目の届かないところで彼女を守ってやってくれ」と頼んだことからも、どんなに主が彼女を大切に想っているかを知り、密かにシーヴァスを見守ってきたマリーは、二人のよき理解者であり協力者であろうと決めたのだ。

以来、マリーは忠実にアンジェに仕え、地上での彼女の生活を補佐をしてきた。
当初は、世間のことを何も知らないアンジェに、マリーはため息をつく毎日だったが、メイドから教えられたことを熱心に努めようとする素直さや、人を妬んだり馬鹿にしたりしないアンジェに、いつしかマリーも好意を持つようになった。そして今では主に命令されなくとも、主の意を汲み、率先してアンジェを守ろうという気概に燃えていた。
自分の中に、こんな気持ちが起きようとは・・・
これが、元――天使の力だのだろうか。

(もしかしてシーヴァスさまも、この天使にうまく誘惑されたのかもしれませんわね・・・)

そう思うとマリーはおかしくなって、クスリと笑う。

「マリー?」

アンジェの視線に気づき、マリーは慌てて取り繕う。

「ああ、申し訳ございません。
でも、アンジェさまの振る舞いがどうこうというわけではありませんわ。
アンジェさまは、この数カ月しっかりと貴婦人教育を受けてきたのですから、貴族の方がたの前に出ても十分やっていけるはずです。ただ問題は・・・」
「?」
「そうですね、あえて言うならアンジェさまが嘘をつけないこと、でしょうか」
「嘘・・・」
「ええ、嘘というと語弊がありますが、つまり誤魔化す・・・ということがお出来きにならないので」
「・・・・・」
「ああ、そんな顔をなさらないで下さいまし。
つまりですね・・・こんなことをアンジェさまに言うのはしのびないのですが、シーヴァスさまの周りにいる方は、すべて味方というわけではありませんの。残念ながら何かあるとシーヴァスさまの足をひっぱろうと考えている、心ない人たちも中にはいるのですわ。
ですから、シーヴァスさまの婚約者であるあなたさまにも、その影響が及ばないとはいえないのです。あなたに近づき、シーヴァスさまのことをいろいろと聞き出し、揚げ足をとる者も現れるやもしれません。それをシーヴァスさまは案じておいでなのですよ」

まるで台本のようにすらすら述べるマリーの言葉にも、
アンジェは感心したようにうなづく。

「そうだったのですか・・・
こんな華やかな夜会さえ、裏ではそんなことまで気をつけねばならないのですね。
でも、それではシーヴァス自身は大丈夫なのでしょうか」
「それはもちろん、大丈夫ですわ。
シーヴァスさまはすべて知った上で采配しておられるのです。
ですから、アンジェさまがご心配なさるようなことはありません。
こちらでシーヴァスさまのお戻りを待ちましょう、ね?」

マリーが安心させるように言うと、
元来疑うことを知らないアンジェはおとなしくその言葉にうなづいた。

「わかりました、私はここでシーヴァスを待っています」
「それがよろしいですわ」

にっこり笑いながら、「お茶の支度をしてまいりますね」と言ってマリーは、部屋を出た。
だが、その途端マリーはその笑みを消し、ふうと息をつく。
アンジェを相手に疲れたというよりも、アンジェに話せないことがあるということに罪悪感を感じたからだった。

マリーが、アンジェに言ったことは半分は本当だが、すべてではない。

シーヴァスがアンジェに口止めした理由は、
よからぬ輩が、アンジェから「シーヴァスのことを聞き出す」のを防ぐためではなく
「彼女のことを聞き出す」ことを防ぐためだ。
いくらアンジェの立場を無理やりお膳立てしたとはいえ、元は天使なのだから地上に彼女の生い立ちはない。何がきっかけで中傷されるか、彼女の身を危うくするかはわからない。
だから、細心の注意を払っても注意しすぎることはない。
シーヴァス自身はどんなにけなされても侮辱されても平気だが――報復するしないは別として――アンジェにいたたまれない思いを抱かせるのだけは彼は許せなかった。
だから、余計な輩が彼女を詮索しないように、心ない言葉で彼女を傷つけないように、そして危険が及ばないように、シーヴァスは前もって彼女に「不特定多数の者には、一言も口をきく必要はない」と言い含めておいたのだ。

もっとも主の――シーヴァスの思惑はもう1つあると思うのだが。
彼女はクスリと笑った後、それどころではないと気持ちを切り替えたように厨房に急いだのだった。




       ◇      ◇      ◇




「あら、シーヴァスさま、もうお戻りになってましたの」

マリーがお茶の準備をして、部屋に戻ると
ソファに座るアンジェの隣で、シーヴァスが大きなため息をついて立っていた。

「マリー、アンジェから離れるなと言っておいたはずだが?」
「申し訳ございません、シーヴァスさま。
ですが、万一アンジェさまに何かあっても、シーヴァスさまが駆けつけて下さると思いまして」
「な・・・・」
マリーが悪びれた様子もなくそう言うので、呆気にとられたシーヴァスだが、
「そうですね、このとおり、マリーが部屋を出て行ったあと、シーヴァスがすぐ来てくれましたから」
と嬉しそうに微笑むアンジェを前に、もはや彼はメイドの不始末を問い詰めることができなかった。

「今は小休憩だ」と説明した彼は、アンジェのそばでソファに沈みこむと、
思い出したように、額を押さえ「はあ〜っっ」と大きなため息をついた。
先ほど大広間で見た、貴公子然とした彼とは大違いだ。
それどころか今にも髪をかきむしってしまいそうな彼の様子に、アンジェは思わず声をかけた。

「どうしたのですか?シーヴァス、疲れたのですか?」
自分を気遣うその声に、シーヴァスは顔をあげ、微笑んだ。

「ああ・・・いや、大丈夫だ。
ただ、しつこくつきまとう奴らが多すぎてな。
なんというか、思わず斬ってしまいたい衝動にかられるだけだ」
「・・・まあ、斬ってはいけませんよ?シーヴァス」

アンジェののんびりした受け答えに、シーヴァスの瞳は少し和む。
だが、その後のマリーの言葉に、絶句することになる。

「ところでシーヴァスさま、失礼ながら、そのつきまとっていた方たちの中には、
お化粧の派手な御婦人も大層多かったようですわね」
「!」
「そうなのですか?マリーはよくわかるのですね」
「・・・ええ、まあ。
老婆心ながら申し上げますと、シーヴァスさま。
婚約者たるアンジェさまとお会いになる時には、お召し物の香りにはお気をつけなさいませ」
「な!?」
その言葉にシーヴァスは動揺し一瞬緊張が走ったが。
クンクンとシーヴァスの匂いを嗅いで
「まあ!本当ですね。とてもいい匂いがしますよ、シーヴァス」
と無邪気に答えるアンジェに、シーヴァスは一気に脱力した。

「よほど、シーヴァスさまにご執心の御婦人だったようですわね。それほどキツイ香りを残すなんて、なにやら意図めいているような気がしますわ。まるでお二人の仲を裂きたいような・・・。
可哀想に、少しはアンジェさまのお気持ちも考えていただきたいものですわ!・・・と言いたいところでしたけど・・・そんな心配はいらなかったようですね。ほほ、よろしかったですわね、シーヴァスさま」
「・・・・・・・・・・」
「でも、シーヴァスさまの我がままでアンジェさまを閉じ込めているのですから
休憩時間ぐらいちゃんとアンジェさまのお相手をなさってくださいませね」

言うだけ言って、マリーが部屋から去った後も
シーヴァスはしばらく憮然としていた。

(シーヴァスの・・・わがまま?)

思わずアンジェは聞き咎めたが
それよりも気になったのが、シーヴァスの顔色の悪さだ。

相当疲れているのかもしれない。
そうでなくても、ここのところ準備やなんかで多忙を極めているシーヴァスだ。
できれば少しでも横になった方がいいだろうが
主催者としてはそれもなかなか難しいのだろう。

「本当に大丈夫なのですか?シーヴァス。
やはり私もあなたと一緒に皆さまに御挨拶したほうが、
少しはあなたの負担も減るのではありませんか?」

アンジェが体調を気遣ってそう言ったのだが、
それを聞いたシーヴァスは瞬時に顔色を変えた。

「それはダメだ!君が口出しすることじゃない!」
「え・・・・」

彼女は呆然とした――
いまだかつて、これほどきつくシーヴァスに拒絶されたことがあっただろうか。
かつて、天使と勇者として出会ったころは、いつも勇者を助ける役目を負っていたのに
今では足手まといにしかならないのだろうか。
少しでもシーヴァスの力になりたいのに・・・
そう思うと、思わず目頭が熱くなってきて――

つと、その陶磁器のようななめらかな頬に、美しい涙が滑り落ちた。

「アンジェ!?」
シーヴァスはハッと我に返った。

「す、すまない!アンジェ、何も怒ったわけではないんだ」
焦るシーヴァスに、アンジェはふるふると首を振る。
「いいえ、あなたにすべて任せたまま、なんの手助けもできない無力な私が・・・
私がいけないのですね・・・」
「な、何を言ってる?!
君は私のために天上を、白い翼を、そのすべてを捨てて私の元へ来てくれた。
それがどんな大きな犠牲を払ったか、私は忘れてはいない。
だから今度は私が、この地上で君が生きるためにすべての力を尽くそうと決めたのだ。
君は無力どころか、私の生きる糧だ。
だから、お願いだ。アンジェ、どうか泣かないでくれ!」
言いながら、シーヴァスはアンジェを強く抱きしめた。



     ◇     ◇     ◇



しばらくしてアンジェの涙が止まった頃――
彼女の髪をなでながらシーヴァスはポツリと言った。

「君に大きな誤解をさせてしまったな・・・すまない、アンジェ」
「誤解・・・?」
「ああ、婚約披露だというのに、一方の主役の君を連れて歩けないとは、たしかに不自然極まりないと自分でも思っている。口止めしたことも・・・君には理不尽な思いを抱いたことだろう」
「でも、それは・・・私がうまく誤魔化して話すことができないからと・・・マリーが」
「ああ、たしかにそれもある。私や君のことをいろいろと詮索されて困るのもたしかだが。
それより・・その最大の理由は私のわがままにある」
そう告白するシーヴァスの目元は、心なしかうっすらと赤い。

「本当なら、婚約披露だろうがなんだろうが、私は君を他の奴の目に触れさせたくはなかった。
館に閉じ込めて、私だけのものにしたかった。
だが、貴族のつきあいにそれは許されず、君を愛人という曖昧な立場にもしたくなかった。
だから、なんとか最低限の舞台を整えたはまではよかったが・・・
君には窮屈な思いをさせてすまなかった、アンジェ」

そこで初めて、アンジェは真の理由を理解した。

「つまり、シーヴァスは・・・
私を独占したかった・・・ということですか?」

アンジェが気持ちを整理するようにまとめると、
シーヴァスは視線を落としながらもうなづいた。

「ああ、私は君を・・・一人占めしたかった」
「・・・・・・・・・」
「私はこんな心の狭い男だ。
それでも・・・許してくれるだろうか、アンジェ」

まるで懺悔をするような面持ちで、
シーヴァスはアンジェの言葉を待っている。

アンジェは――そっと首を振った。

「許すだなんて・・・。
シーヴァスが私のことをそれほど深く想ってくれているという証なのでしょう?
それならば、嬉しいと思うことはあっても、私があなたを責めるなんてありえません。
私は幸せです、シーヴァス。
ですが、これだけは分かって下さい。
人となった私は、天使の時のように、いつでもあなたの元へいくことができません。
だから、あなたのそばにいられないことが寂しくて、不安なのです。
あなたが私の知らないところで一人で苦しんでいるのは、イヤなのです。
私はあなたと一緒に生きると決めたのですから
お願いです、シーヴァス。私をおいて一人で行かないで」

そう言って自分にすがるように見つめるアンジェに
シーヴァスは我知らず視線をそらす。

「・・・やはりパーティーで君に口止めさせたのは正解だったな・・・」
「え・・・」
「君のその無防備な言動に、惑わされる男たちが群がりそうだ・・・」
「あの、シーヴァス?」

一度は視線をそらしたものの抗えず
シーヴァスはアンジェを引き寄せ、唇を重ねた。が――

その瞬間。
コンコンとノックの音が響き
「シーヴァスさま。そろそろお時間でございます」
という召使いの声が扉の外から聞こえ、

シーヴァスはガクリと肩を落とした。
そして名残惜しそうにゆっくりとアンジェの頬から手を離すと
大きなため息をつきながら部屋を後にした。
その足取りはひどく重そうで――

残されたアンジェは
「本当に、シーヴァスは大丈夫なのでしょうか・・・」
と心から彼の体調を案じていたが

部屋を出たシーヴァスが拳を廊下の壁に叩きつけ
「全く、どうして今はパーティーの途中なんだ・・・!」
と恨みごとを言っていたことに、彼女は全く気付かなかった。





天使がそばにいる幸せと引き換えに
シーヴァスの忍耐と努力はまだまだ続きそうである。






END