〜想いの鏡〜



シーヴァスは近頃非常に不機嫌だった。
理由は単純明快、天使がまったく現れないせいだった。
今自分の隣にいるのは、ぽわ〜んとした着ぐるみ妖精が一人。
任務の旅の途中、
傍らでふわふわと浮かんでいるソレを眺めながら、
シーヴァスは大きなため息をついた。

(旅の道連れがコレか・・・)

たしかに、以前も一人旅を強いられたことがあるにはあった。
しかし、それは仕方のないことだった。

「他の勇者はまだ若くシーヴァスほど戦いに慣れていないのです。
ですから、妖精だけでは心もとなく、ここ最近どうしても私が行かなければならなくて・・・。
お願いです、シーヴァス、しばらく一人でお願いできますか?」

気になる女性にそこまで言われて、どうして否と言えるだろう。

だがしかし。
今回はそんな侘びの言葉さえもない。
任務を依頼したまま顔を見せないなんて、今までの彼女からはありえない。
それなのに、同時に同行し始めた妖精に尋ねても、のらりくらりと答えをかわされるだけ。
おかげでシーヴァスは非常に不機嫌かつ不快だった。

いったい、何をやってる?
また他の勇者につきっきりなのか?
いくら他の奴らが未熟で目が離せないとしても
一度ぐらい見に来るのが本当だろう。
そうだ。
いくら自分が勇者として非常に優れているとしても、だ。

などと、やりばのない怒りの矛先は途中現れる雑魚モンスターに向けられ、
めったやたらにぶった切るシーヴァスの様子を、
妖精が身をすくませながら見守っていた。

しかしどうしたものか。
と、天使からシーヴァスのことを頼まれたフロリンダは、思案していた。
このままでは、勇者のストレスはたまる一方。
放っておけば失踪してしまう可能性は大である。

それはマズイ。・・・非常にマズイ。
傍目で見ても、天使はこのシーヴァスという勇者を大変お気に入りのようだった。
(フロリンダにはよく分からないが、どうやらそうらしい)
それが、自分がいるにもかかわらず行方不明になってしまったら、それはもう大失態である。
天使はおろか、天界に住まう妖精の女王ティタニアにも顔向けが出来ない。
そんなこんなで悩んだ末、フロリンダはついに決心をしたのである。


「あのう、シーヴァスさま?」
「なんだ」

相変わらず、不機嫌そうな声音で答えるシーヴァスに、
フロリンダは思い切って言った。

「実はそのぅ・・・天使さまから口止めされていたんですけど〜」
「な・・・・に?」
「えっと、そのぅ・・・実は・・・天使さまは今ご病気なんです〜」
「な・・・んだと・・・!?」

フロリンダの言葉に、シーヴァスは驚愕し、
その小さな体をひっつかむと
顔前に詰め寄った。

「どういうことだ!病気とはなんだ?!
アンジェがどうかしたのかっ?!」
「あわわ・・・シーヴァスさまったら落ち着いて下さいよ〜」
「これが落ち着いていられるか!早く言えっ!言わんかっ!」
「あううう・・・・フロリン、つぶれちゃいますぅ〜(T_T)」

その情けない声に、シーヴァスはハタと我に返り、
ようやく妖精の体を手放した。

「さ、これでいいだろう。教えてくれ!お前は何を知っている?」
「ふう、助かった。
ええっと〜、実はですね〜
天使さまは突然倒れてしまったんです〜
あ、でもでも、だだの過労とかって言ってたので、大丈夫だと思うんですけど〜今は天界の自分のお部屋でお休み中なんです〜
それで〜もう少し天界で回復しないといけないらしいんですよ〜」

命に別状はないらしいと知って、シーヴァスはとりあえず安堵の息をもらしたが。

「それで、ここへも・・・来れないのか?」
「ん〜・・・ホント言うと〜天使さまはこのインフォスへ降りるだけで、
かなりの体力を消耗してしまうんですよね〜
最近、天使さまはあちこちに飛び回っていたから〜」
「・・・・・・・・」

その言葉にシーヴァスは絶句した。

いつも気が付けば当たり前のように側にいたのに。
そしていつも軽やかに羽ばたいて去っていく彼女を見ていたのに。
それが自分と会うことさえ、あの華奢な体には大きな負担になっていたとは・・・
たぶん・・・彼女は、自分に余計な心配をかけさせまいと妖精に口止めしたのだろう。
そうとも知らず勝手に腹を立てていた自分が情けなかった。
できれば今すぐ彼女に会って謝りたかった。

「会いに・・・行くことは出来ないんだろうな・・・」

シーヴァスはポツリと言った。

「ええ〜?!シーヴァスさまが天界にですか〜?
そ、そんなの無理に決まってますぅ〜」
「・・・・・・だろうな」

当然予想していた答えだったが、こう断言されると
やはりショックは隠しきれない。
かなり消沈しているシーヴァスを見て、
妖精は何事かを考えていたが。

「ん〜、仕方ないなあ・・・シーヴァスさま、チョット待ってて下さいね」

そういって空を駆けていったのである。




            ◇    ◇     ◇



しばらくして、シーヴァスの元に戻ってきた妖精は、
嘘のように上機嫌で。

「シーヴァスさま、お待たせ〜v
ティタニアさまに頼んでいいものを借りてきましたよ〜v」
「いいもの?」
「えっへん、じゃ〜ん、コレです!」

フロリンダの声と同時に宙に現れたのは、大きな丸い手鏡だった。
周りの縁には、綺麗な彫刻が施されている以外、一見なんのへんてつもない鏡である。
それを手に取り、シーヴァスは怪訝そうに見つめた。

「・・・・・・?コレはなんだ?」
「へへ〜、これはですね。なんと、『想いの鏡』なのです〜」
「・・・『呪いの鏡』?」
「ち・が・い・ま・す〜っ!!これは《想いの鏡》ですよう!!
これはですねえ。会いたい人の姿を映すだけじゃなくて、お話することもできるのです〜v
つまり・・・」
「天界のアンジェと、この鏡を使って話すことが出来る・・・というわけか?」
「そのとおり〜!で、使い方はと言うと〜
まず天使さまのお顔を強く思い浮かべるんです〜
そうそう、想いが強くないと、ちゃんと映らないですよ〜」

などと、妖精から説明を受けながら、
シーヴァスは半信半疑で鏡を覗き込んだ。
今は何も映っていない鏡。
その中に愛しい天使を思い浮かべながら・・・



そうして・・・
どれだけ時間がたっただろうか。
気が付くと鏡の中にゆっくりと映像が浮かび上がってきたのである。

人物・・・ではない。風景だ。
それは・・・天使の部屋・・・だろうか。
天使にふさわしい白く整った部屋、だが冷たさを感じさせず
むしろ持ち主の人柄を表すように温かさを感じる空間だった。
部屋のあちこちには花が飾られ、決して華美でない調度品に清楚な印象を受けた。
羽を持つ天使の部屋を垣間見て、シーヴァスは不思議な気持ちだった。
その時、おや?と眉をひそめた。

壁に飾られている額縁の絵は・・・あの花はどこかで見たような・・・。

とその時、「う、ううん・・・」とどこからか、かすかな声が聞こえ
シーヴァスはハッとする。
すると、鏡から見える視点はいつのまにかベッドに移され、
そこにはあの会いたくて仕方がなかった美しい天使が横たわっていた。
気のせいだろうか、その顔色は心なしか青白い・・・

「アンジェ!!大丈夫か!」

思わず叫んでしまったシーヴァスだったが、
アンジェの眠りを妨げては・・・と慌てて口を押さえた。
しかし、アンジェの意識はその一言でゆっくりと目覚めたようだった。
ぼんやりとしながら、それでも「シーヴァス・・・?」とその唇がつぶやいていた。

(おい、向こうからは私の姿は見えるのか?)

シーヴァスが尋ねると、妖精はコクリとうなづいた。
そして鏡に向かって言った。

「天使さま、フロリンです〜。今鏡からお話しています〜
お加減はいかがですか〜??
実はフロリン、天使さまとの約束を破っちゃいました〜
シーヴァスさまに天使さまのことを教えちゃったんですよ〜
ゴメンなさい〜」

(・・・え・・・・・・・・・?)

次第に意識がはっきりしてきたアンジェは、
フロリンダの言葉を反芻し理解するやガバッと起き上がり、
そして声のする向かいにある鏡台を見てギョッとした。

「シ、シ−ヴァス!?」

そう、自分の部屋の鏡の中で、
人間界にいるはずのシーヴァスが心配そうにこちらを覗き込んでいるではないか。

「こ、これは・・・夢・・・ですか?」

鏡に触れながら呆然とつぶやくアンジェに、シーヴァスは微笑んだ。

「夢じゃないさ、アンジェ。私だ。シーヴァスだ。
君に逢いたいとわがままを言ったら、フロリンダが力を貸してくれたんだ」
「そう・・・だったのですか・・・。ああ、驚きました。
フロリンダ、迷惑をかけましたね。
シーヴァス、心配かけてすみません・・・
あなたには本当に申し訳ないことをしてしまって・・・」

勇者の管理をするべき自分が、倒れて勇者を放ったらかしだなんて言語道断。
あまりの羞恥にアンジェは赤くなった。
そんな彼女に彼は言った。

「何を言っている?君は何も悪くない。
君は一人で私たち勇者を見守っているのだろう?疲れて当然だ。
それなのに、私こそ君の負担も考えずたびたび呼びつけたりして、
しかも、勝手にくだらぬ物思いまでしていたのだ。
・・・謝るのはこちらの方だ。すまない、アンジェ」

「そんな・・・いいえ、シーヴァス。
私こそ自分の力を過信しすぎていたのです。
自己管理を怠ったせいなのです。
決してあなたのせいではありません。それに・・・
私があなたの元へ訪れるのは、義務だけでなく、
私自身がシーヴァス、あなたに会いたかったのですから」

と、アンジェは壁にかけてある額縁の中の花を見つめた。
それは、以前シーヴァスにもらった白い薔薇の花束だった。
あまりにも素敵で枯らしたくなくて、天界で残るかどうか不安だったけれど
なんとかその花を押し花にして作った世界でたった1つの絵画だった。

「アンジェ・・・」

シーヴァスは思い出し、胸が熱くなった。

「・・・容態は、いいのか?」
「はい、もう少ししたら会いにいけますから」
「無理をするな。私は・・・一人でも大丈夫だから」

いつかも聞いたその言葉に、アンジェは優しく微笑んで言った。

「ありがとうございます、シーヴァス。
でも、私が・・・一人ではダメですから・・・
早く復帰できるようにがんばりますね」

それを聞いて、シーヴァスも微笑んだ。

「そうか・・・・・では、待っているからな。アンジェ」

名残はつきなかったが、アンジェを疲れさせてもいけなかったので
シーヴァスは後ろ髪を引かれる想いで、鏡から別れを告げた。



        ◇       ◇       ◇




「すまなかったな、フロリンダ。おかげですっきりした」

本当にさっぱりとした顔で、シーヴァスが礼を言うと、
フロリンダもとびきりの笑顔で答えた。

「いいえ〜、どういたしまして〜。
フロリンもこれで嘘をつかなくてよくなったし、
シ−ヴァスさまの機嫌もよくなったので、すっごくすっきりしました〜v」

その言葉にシーヴァスは苦笑した。
まったくその通りだ。
無意識にしろ八つ当たりをしていたこの妖精には、
やはり悪いことをしたと思う。

「ふ、そうか・・・。よし、任務が終わったら菓子でもプレゼントしよう」
「わ〜い、嬉しいです〜、シーヴァスさま。あ、でも〜・・・」
「『でも』、なんだ?お菓子じゃ気に食わんのか」
「違いますぅ〜フロリンはお菓子がだ〜い好きです〜v
でも、ティタニアさまにはお礼をしないと〜」
「ああ、鏡をを貸してくれた妖精の女王さまか。
では、そのティタニアさまには何を贈れば喜ぶんだ?」
「ん〜とね、秘密〜」
「?・・・秘密じゃ分からんだろう。それとも知らないのか?」

シーヴァスが問うと、フロリンダはブンブンと首を横に振った。

「違います〜。ティタニアさまはね〜秘密が好きなの!」
「は?」
「えっと〜ティタニアさまは鏡を貸してくれる代わりに言ったの。
勇者シーヴァスの秘密を1つ教えることって」
「・・・・・・・・・・・・・なに?」
「ん〜とね〜、ティタニアさまはみんなのデータ集めが大好きなの〜
でもって、みんなに情報を売りつけてるの〜商売上手なの〜
で〜、今度の鏡の代償は『勇者シーヴァスの秘密』なの〜♪」


にこやかに笑うフロリンダの前で
シーヴァスは顔をひきつらせながら言った。


「だ・か・ら、そーいう肝心なことは早く言えと言っただろうがっ!」








勇者シーヴァスとお付の妖精フロリンダ。
二人の相性は決して悪くはなかったけれど。
天使が復帰するまでの間、
シーヴァスのストレスは、やはりたまる一方だったという。







Fin




《あとがき》
4コマの「勇者の秘密」ともリンクしてます。
よかったら見てねv