〜呪縛〜



「からかうだなんて・・・そんな・・・」

驚愕に打ち震える彼女の言葉が耳から離れない。









(最低だな・・・私は・・・)

アンジェが姿を消した後、シーヴァスは自己嫌悪に陥っていた。

わざわざ呼び出して、彼女に「好きだ」と言って反応をからかう。
そんな罠を用意して、それはうまくいったはずなのに、
この後味の悪さはなんなのだろう。

もし天使が手馴れた様子で自分をあしらったら満足だったのだろうか。
いや、そうではないだろう。
自分にはわかっていたはずだ。

嘘を知らない天使をたぶらかせばどうなるか。

大きな瞳にあふれる涙を
騙されたと知って驚愕した顔を
想像できなかったはずはない。

それとも彼女なら許してくれるとでも思っていたのか。





(私はどうかしている・・・)




なぜ、あの天使には優しくしてやれないのだろう。

出会いからしてそうだった。
今まで自分はあの天使に優しくしてやったことなどあっただろうか。
いつも無意識に邪険にして、意地悪な態度をとっていたのではないか。

自分の気持さえわからずに、
シーヴァスは苛立ちを隠せなかった。






            ☆         ☆         ☆







何だって?
フェミニストでプレイボーイの君に、
唯一優しく出来ない女性がいるって?!

ハハ・・・君、熱でもあるんじゃないか?

怒るなよ。いや、あまりに君らしくない言葉を聞いたからさ。
そうか、じゃあ僕の見解を言うよ。

僕が思うに君は彼女に甘えてるんだ。

ホラ、そんなきつい目でにらむなよ。
君の疑問に答えてるだけじゃないか。

いいかい?
僕は君がフォルクガング家へ来たときから知っている。
いわゆる貴族の中では変人で、数少ない君の悪友だ。
だから、フォルクガングのじーさまからはいつも煙たがられていたけど、だからこそ君の境遇はよく知っているつもりだよ。

僕が思うのはね。
君はあの家にひきとられてから、いい子すぎたんだよ。
自分を押さえつけてただろう?

あのじーさまは娘に対するの恨み言をすべて君にぶつけて、気持ちのドス暗い部分を昇華してたんだ。
君にはえらい迷惑なことさ。
だけど、君の悲しみや辛さは誰が昇華できたんだい?

普段の遊びでも、心から楽しめない。
女性に安らぎを求めようとしても、君はある一定上絶対に深くつきあおうとしなかった。
それはなぜだろうね?

たぶん、君は怖かったから・・・じゃないかな。

本当の自分を、他人に知られるのが怖かったんじゃないかって思ったんだけど、どうだろう?


おや?・・・否定しないね。
そうか、本当は自分でもうすうすわかってたんだね。
じゃあ、ついついイジワルをしてしまうという訳もわかってるね。

・・・・


そうだよ、好きな子ほどいじめたくなるっていう心理さ。

そりゃ確かに世の中には気にいらなくて腹が立つ相手もいるだろう。
だが、そういった相手ほど君はうまく立ち回ることのできる男だ。
それが出来ないっていうことは・・・
君は彼女の気をひきたいか、もしくは甘えてるのさ。
だってそうだろう?
こうやって悩んでいるってことが、
心と態度が矛盾している証拠だと思うけどね。


間違ってるかい?



そう・・・

じゃあ、よく考えてみるんだね。



いいよ、気にしてない。

ふふ・・・君からこんな言葉を聞こうとはね。
なんだか嬉しいよ、来てくれてありがとう。シーヴァス







          ☆          ☆          ☆







幼馴染の言葉を反芻し、 シーヴァスは苦笑した。


(・・・子供か・・・・私は)



わかってる。

自分はまだ子供なのだ。
天使に癒されたくて我儘を言う子供・・・

アンジェに冷たい言葉を放ってしまうわけだ。

自分の心までも見透かされてしまいそうな瞳。
心から信じきった眼差し。

その彼女に、自分を飾らなくてもいいという安心感があったのかもしれない。
それと同時に、空虚な心を埋めるべく、彼女に八つ当たりすらしていたのかもしれない。

穢れのない心を踏みにじってしまいたいような黒い欲望もあっただろう。

けれど、純真で慈悲深い天界の天使は。
その心を痛めつつ
自分のこの軽薄な態度を軽蔑しながらも
この哀れな勇者を見捨てることはできないのだ。




それなのに
自分はあの時知ってしまった。

それは彼女が自分にとって「天使」ではなく「女性」なのだということに。
ミイラがミイラ取りになったと言われても仕方がない。




      「私は男として、君に興味がある」





戯れで言った言葉に自分が縛られてしまった。
彼女の細い体、震える手、愛らしい顔
どれもこれもなんと魅惑的だったことか。



すべてが嘘ではなかった。
本当に触れてみたいと思った。
だが、そんな自分に驚愕し認めたくなくて
自分は逃げ出した。

自分の動揺を押し隠そうとして
彼女を傷つけた。




       「私は君のことが好きだ」




(馬鹿だ・・・私は・・・)







この先、どんな言葉で彼女の心を得られるというのだろう?




        「・・・君に触れてもいいか?」





この時すでに私は彼女に捕われていたというのに。






Fin








2007.1.15UP