訪問者


本日はお日柄もよく、天気も快晴な吉日。
この辺り一帯を取り仕切る「桐生組」の門前には、朝からゾロゾロと長い行列が出来ていた。


その面々は、強面なお兄さんから、色っぽい姐さんまでさまざまで。
いったい何事かと思うだろうが、近所の人は「また恒例の行事が始まった」というぐらいしか認識していない。
最近ではすでに数えること、十数回。
もう慣れたものだった。
いや、実を言えば、先代から延々と続く「桐生組」の伝統行事でもあったのだから、今更驚くはずもない。


さて、その行列の先には、恭介がいた。

桐生恭介。
桐生組の唯一の跡取りで、ただ今花(?)の男子高校生。
その彼の前で、行列の面々が恭しく頭を下げていた。


「若、お誕生おめでとうございます」
「おう、ありがとな」

「若、大きくなりましたな」
「ああ、お前も老けたな」

「若、いい男になったねえ」
「まだまだこれからだぜ」

・・・などと、一人一人と会話するする恭介は、高台の上ですでに貫禄のある態度で接していた。
が、さすがに朝から挨拶続きで疲れること、この上ない。
まあ、これも一つの試練だと思えばいけないのかもしれないが・・・
とまあ、前置きが長くなったが、要するに今日は桐生組の跡取りの誕生日なのであった。

ふう、と恭介はため息をついた。

「若、お疲れですか?」

傍らに立つ若い者が恭介に声をかける。

「ああ、少しのどが渇いたかな」
「それでは、少し休憩いたしましょう。門番にもそう連絡してまいります。しばらくお待ちを」

そう言って、若い者が合図をすると、今まで続いていた行列の波がピタリとやみ、辺りはいつもの静寂が戻った。
部屋は恭介は別室に移り、一人ゴロリと横になる。

しかし、それも束の間、障子の向こうから気配がした。

「なんだ?」

恭介が問うと、奥からすまなさそうに声が返ってきた。

「若、おやすみのところ、すみません」
「かまわないから、早く言え」
「はあ・・・実は若から申し付かっていた・・・ええと、『あんず』って娘のコトなんですが」
「来たのか?!」

それを聞いて、恭介はガバッと起き上がった。
が、それはすぐにまちがいだと悟った。
障子の向こうで縮こまる影を認めたからだ。
案の定、そいつはしどろもどろに言葉をつむぐ。

「それが、そのう・・・どこにも見当たりませんで。・・・あっしが思うには、きっと『桐生』」の敷居が高くて、入れねえんじゃないかと思うんですが・・・若、いったいどうしましょう?」
「・・・・・・・」

(どうもこうもあるか。
てめーの意見なんか聞いてねーよ)

内心毒づきながら、恭介は再び寝転がった。
そして再びため息をつく。

(桐生の敷居が高いってか・・・
そりゃあ、まあ、あんな行列見ちゃ普通は引くよな。
しかし、あいつはそんなタマじゃねえ。
来てなければ・・・
それはあいつが来たくないってことだ)

「・・・・・・」

ついつい調子にのって
「あのさ、あんず。一度オレの家に遊びに来るか?」
・・・なんて言ってしまったことを恭介は少し後悔した。

その時あいつはなんて答えたっけ?
ああ、そうだ。
「うん、考えとくね」
たしかそうだった。

考えるってなんだ?
本当に考えるだけか?
それとも

警戒・・・してるのか?

別に下心があったわけじゃない。
というか、それ以前の問題で。
ふつーにダチを家に誘うのと同じ感覚だ。
意味はない、と思う。たぶん。
もっとも恭介の同級生は、恭介の家があの「桐生組」だと知ると、途端に態度が変わってダチがダチじゃなくなったが。

(ま、変わらないのは幼馴染の綾瀬ぐらいだったな)

別に誕生日じゃなくったってよかった。
ただあいつが俺の家に来てくれる理由が欲しかっただけで。
こんなことなら、しっかりと約束をすればよかった。

恭介が軽く舌打した時、
再びふすまの向こうから声がした。
さっきとは別の若衆だ。

「若、もう休憩はよろしいでしょうか」
「ああ・・・」

もう、そんな時間かと多少うんざりとしながらも、恭介は起き上がった。




      
 ◇    ◇    ◇



その日の深夜・・・
恭介は深いため息とともに床についた。

(とうとう、来なかったな・・・あいつ・・・)

思ったより残念に思う自分に恭介は驚いていた。
そして一方、こうも思った。。

(じーさんに豪語しなくてよかったぜ)


あの怪盗プラムドの娘のあんずを家に誘ったと話した日には、きっとじーさまは小躍りして喜ぶだろう。
そしてきっとよからぬことを企むに違いないのだ。
よからぬこと・・・は、想像したくない。

(あ〜あ、なんかオレらしくねえな・・・)

大体待つこと自体性に合わないのだ。
しかも、こんなうじうじした態度は自分がもっとも嫌うことだ。

「あ〜ヤメヤメ!!さっさと寝よ」

自分に言い聞かせるように恭介は一人ごちると、ふとんを頭からかぶった。







・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから1時間ほどたったころだろうか。




不意に、コンコンと窓ガラスを叩く音がして。

(誰だ?!)

まだ寝付いていなかった恭介は、すぐさまベッドの傍らに常備してあるエモノを手にして、ふとんの隙間から様子を伺った。
見ると、月夜のせいか窓には明らかに人影が映っていて。

ふと頭をよぎったのは「刺客」。
つまり暗殺者だ。
悲しいかな、桐生組の跡取りとして、敵対する組から狙われる立場でもあることは重々承知している。
だが、刺客がまともに自分の姿を人目にさらすわけがない。狙うなら闇夜だ。

とすれば・・・・?

恭介は奇妙な胸騒ぎがしてそろりとベッドを抜け出し、窓際に立つ。
念のためエモノは持ったままだ。
そしてカーテンから覗いた彼は。


    ガチャ
          カラララ・・・・


無意識に窓を開け放っていた。

その途端するりと部屋に入り込んだのは、紛れもなく。

「じゃ〜ん、アプリコット参上!!」

そう言いながら恭介にウインクしたのは、
怪盗アプリコット、つまりあんずだった。

「お・・・・前、なんで?!」

我に返った恭介は、ようやくそれだけ口にした。
すると、アプリコットはぷうと頬を膨らませた。

「なんで?・・・・って、ひどいなあ。恭介くんが来いって言ったんじゃない。
それにちゃんとメッセージも読んだでしょ?」
「メッセージ?」
「え?・・・・あれ?恭介くん、読んでないの?」
「??・・・なんか俺、お前に手紙でももらってたか?」
「違うわよ!ヒースが届けたでしょ?!」

その言葉に恭介は怪訝な顔をする。

「ヒース?・・・来てねえよ」
「ええ、うそっ!!なんで??」
「なんで?・・・って俺が聞きたいぜ」

どうも話が食い違うと思えば、どうやらアプリコットのお手伝いメカ(?)のヒースが、なぜか恭介の元に辿り着かなかったせいらしい。

「そうか〜、どおりで部屋は真っ暗だし、窓も開いてなかったんだ〜ってことは・・・え〜、ヒースってばどこへ行っちゃったんだろう?!」

首をかしげるアプリコットを横目に見ながら、恭介は話の先をうながした。

「で?」
「え?」
「そのメッセージってのは、あれか?
例の『今宵あなたのハートをいただきます』とかいう奴か?」

冗談交じりに恭介がそう言うと、

「え、えっと〜まあ、そう・・・かな」

そう言ったアプリコットの頬がほんのり赤くなったので、恭介は目を見張った。思わず胸がざわざわする。が、それをおくびにも出さない。

「へえ?それはまた酔狂なことで。
俺はターゲットじゃないだろうに」

揶揄するようにそう言うと、アプリコットはずいと身を乗り出した。

「そうなのよ!恭介くんはターゲットじゃないの。
だから、こんな風にはアプリコットが恭介くんの家に現れることはないでしょ?もちろんこの姿はよく知っているでしょうけど。
でも、だからこそ。
今日−恭介くんの誕生日に、『あんず』じゃなくて『アプリコット』として初めて来ようと思ったのよ」



つまり・・・それが俺へのバースデープレゼントってことか?



そう思ったら、恭介はなんだか笑いがこみ上げてきた。
それに気付いたアプリコットはまたもや頬を膨らませる。

「ああ、何笑ってんの?! せっかく怪盗アプリコットが来てあげたのに〜」

恭介は笑いをこらえながら言う。

「そうさ・・・嬉しくて笑ってんだよ」
「え?」
「お前が来てくれるのが、こんなに待ち遠しくて、現れた時にこんなに嬉しいものなんて、初めて知ったからさ」

そうして、恭介はあんずの腕をぐいとひっぱり、自分の腕の中に閉じ込める。

「ちょ、恭介くん?!」

慌てるアプリコットをものともせず、恭介は彼女の耳元でそっと囁いた。

「バースデープレゼント。せっかく夜這いに来てくれたんだから、他にもない?」

途端、アプリコットは顔を真っ赤にして恭介の腕から逃れる。

「ない!ない!何にもないわよ〜っ!!」
「・・・・そんなにきっぱり否定しなくてもいーじゃねーか」

必死に叫ぶアプリコットに恭介は傷ついた様子でつぶやいた。
が、アプリコットはもはや窓際に足をかけていて。

「恭介くんなんかもう知らないっ/////」

そう言うと、アプリコットは素早く「こうもり型グライダー」を操り、あっという間に夜空へと飛んでいってしまったのだ。
なんて短い逢瀬だろう。

もう手の届かないそのシルエットを追いながら、
今度のことで恭介には分かったことがある。

前言撤回。
ターゲットになったからってあいつに近づけるわけじゃない。
何より。

あいつを待つだけなんて、やっぱり俺には性にあわない。

自分だったら待つことなんてしない。
相手の心を振り向かせてやる。

「あ〜あ、じーさんに余計なことを言われてなきゃな」

もっと自由に接することだってできるのに。
そう思いながらため息をつく。
けれど、とにかく今日の日は。

「これでよしとするか・・・」

勝負はこれから。

笑みを浮かべながら、恭介はようやく眠りについたのだった。










ところで、桐生組の奥の間では・・・・

「アプリコットはまだかのう〜v」

桐生組のご隠居、恭介のじーさんが、ヒースの届けた予告状を握りしめながら、今か今かと待っていたという。







《あとがき》
書きながら「おばさん、なんで俺をターゲットにしてくれなかったんだよ」のセリフが頭の中でぐるぐる回ってました。
でも、たぶん桐生組はセキュリティは厳しいと思うな〜(^_^;)
ところで恭介くんは寝るとき何を着てるんでしょうか?気になります。