〜月夜の海〜



「もう何も聞きたくない! 二度と来るな!」

アプリコットにそう言葉を投げつけると、
僕はホテルの部屋を飛び出した。

頭が混乱するまま・・・
気が付けば、足は公園へと向かっていた。
浜辺に近いその公園へ入ると、
僕は倒れこむようにベンチにたどり着く。
息を切らしながら、それでも僕は抑えることができなかった。


(畜生、畜生、畜生・・・っ!!)


この憤りを、この胸の思いを
いったいどこへぶつければいいのか。
僕は彼女の言葉を思い出しながら、
ギリと唇を噛み締めた。



       ◇      ◇     ◇




「私・・・怪盗をやめることになったの」
「え?! どうして・・・」

「私自身怪盗に向かないって思ったから・・・」
「ちょっと待って、そんなんじゃ分からないよ。
僕のところに来たのは、君がアプリコットとしてデビューするための試験だったんだろ?
じゃあ、僕は君の何だったんだ?!」

(ボクハイッタイキミノナニ?!)


「私が最初に言われたのは・・・5人のターゲットの中から誰か一人のハートを奪うこと・・・。
でもそれはアプリコットのパートナーを選ぶための試験だったみたいなの」
「・・・5人のターゲット?! 
僕以外にも君とこんな風に会っていた奴が4人もいるってことなのか?!」

(ボクイガイノヤツガ、ヨニンモキミトアッテイタ・・・?!)


その瞬間、僕の頭の中は真っ白になり、
彼女が何かを言いかけていたけれど、
もう僕の耳には届かなかった。


「勝手に現れて、勝手に僕の心に踏み込んでおいて、
自分は怪盗になれなかったから僕は用済みだって言うんだな!」

「そうじゃないの、聞いて!」
「何が違うんだ! 僕は君が・・・君が好きなんだよ!
僕には君しかいないのに・・・っ!」


気が付けば僕の頬には大粒の涙が流れていた・・・




       ◇     ◇     ◇




「君、大丈夫かい?」
「!!」

顔をあげると男が一人、僕の顔を覗きこんでいた。
公園の街路灯は薄暗くて、はっきりと顔は見えなかったが、
明らかにその言葉からは気遣いが感じられた。

「な、何でもないんです。すみません」

僕は慌てて袖口で涙をぬぐうと、ベンチから立ち上がり公園を去ろうとした。
が、思わずグイと腕をひっぱられ、その拍子に再びベンチに座るハメになった。

「な、何なんですか?! あなたはいったい・・・」

僕が向き直ると、彼は「ごめん、ごめん」と軽く笑って僕の隣に座ったのだ。
思ったより若い感じの男だった。

「いや、別に怪しい奴じゃないんだけどね。そのう・・・なんでもないって感じじゃなかったから気になってね・・・」
「・・・・・・・・」

どうやらこの男は僕が芸能人だとは気が付かないようだった。
なんで夜の公園で男が一人いたのか不審に思わないでもなかったけれど、それは僕だって同じことだった。
詮索はされたくない。

「実は俺にも君と同じくらいの娘がいてね・・・
もう夜も遅いし・・・親御さんも心配してると思うんだ」
「・・・僕には親なんていない・・・」

答えながら、なんで見ず知らずの初対面の奴に僕はまじめに答えてるんだろうと心のどこかで思っていた。

「・・・僕は一人なんだ・・・」
「・・・だから、泣いていたのかい?」
「そんなこと・・・っ」

あんたに言う必要ないじゃないか!
そう、言おうとしたけれど、僕を見つめる眼差しがとても優しくて、
僕はうつむきながらしぶしぶとうなづいた。
誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

「・・・そうだよ。
たった一人・・・好きな女のコはいたけどね・・・」
「・・・ふられたの・・・?」
「っ・・・」

その言葉に僕は首を振った。

「・・・・・それ以前の問題だよ。僕は彼女の眼中にはなかったんだ。
彼女には僕の他にも・・・4人も相手がいて、僕は彼女のことを何も知らなかった。僕だけが彼女を知ってるんだって自惚れて、でもホントは彼女は僕だけのものじゃなかった。僕は道化だったんだ・・・」
「・・・それ、彼女が言ったの?」
「・・そうじゃないけど・・・つまりはそういうことだったんだよ」

そこで僕が言葉を切ると、男はう〜んと腕組みをして言った。

「それって思い違いをしてないか?」
「え?」
「だって、彼女がはっきり言ったのかい?
あなたなんか眼中にないわって。あなたなんか大嫌いよって」
「そ、そんなこと・・・」
「言ってないなら、確かめないとね」
「え・・・?」
「・・・彼女の話を最後まで、聞いてあげたのかい?」
「それって、どういう・・・?」

僕が首をかしげると、男はとたんに顔をほころばせた。

「うん、実は俺の娘もね。今そうやって悩んでるんだ。
好きな人がいて、でもその人の気持ちが分からなくて、誤解させてしまって、もしかしたらダメかもしれないって。俺は力になってやりたいけど、それはあのコが決めるコトだし。そしたら、さすがは俺の娘、当たって砕けろとばかり相手にもう一度ぶつかっていったよ」
「・・・それで?」
「さて・・・どうなったかな?」
「は?」
「まだ帰ってきてないんだ。だから心配で迎えにきたのさ」
「そう・・・なんだ」

心配というわりにはノンビリしているよなと僕が思っていると、
男は不意に立ち上がった。

「じゃあぼちぼち行くか。さて君はどうする?」
「僕は・・・」
「このまま諦めるかい?」
「・・・・・」
「泣くほど悔しかったんだろ?」

悔しい?
僕は悔しかったのか?
なぜ?
彼女に裏切られたから?
違う。
僕が何も力のない子供だったからだ。
他の奴に立ち向かうだけの、
彼女につり合うだけの力がなかったから・・・
僕は自分に自信がなかったんだ。
だから、彼女の唇を奪って自分のものだと思い込もうとして、
そのあげく彼女の言葉に逆上し
僕の他にターゲットがいるって聞いて
気がおかしくなりそうだった。
僕はバカだ・・・
本当に子供だ・・・


「あらら、また落ちこんじゃった? 
そうだ。ねえ、もしまだ自分の気持ちに整理ができなければ
夜の海に行くのもいいものだよ」
「・・・?」
「あそこなら君の答えが見つかるかもしれない。
月夜の海は優しいからね。きっと君を癒してくれると思うよ。
それじゃあね、元気くんv」
「え・・・? 僕の名前・・・っ!?」

僕が驚いて振り向いた時、
彼の姿はもうどこにも見えなかった。
いったいあの人は何だったんだ?
いきなり現れて、いきなり去ってゆくなんて・・・


くす・・・


僕は笑った。


くすくす・・・


まるで彼女みたいだ。

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・やっぱり忘れられない・・・


僕はふうと息をついた。
少し落ち着いたらしい。


海か・・・・


・・・撮影現場だった・・・もう夏の終わり・・・

・・・・・・
思えば僕があんずと出会ったのも海だっけ・・・
あの頃は何も知らなかったけれど・・・


そうだな・・・海岸へ行ってみようか。
あの人のいうように僕を癒してくれるかもしれない。
そう思い立つと、僕は海岸の方へ歩いていった。















そこで彼女と再び会えることも知らずに。


FIN







《あとがき》
私の一番大好きな「元気くんノーマルED」の舞台裏(笑)のつもり。
出てきた男はもちろんあの人です。親バカだからね。
なぜかほとんど告白場所は夜の海なんですよね〜v
なので、元気くんが海に行くまでのエピソードと思って下さい。
でもって、元気君のあのセリフが書きたかったんです〜vv
(あ、あと元気くんが「親はいない」というセリフ。あれは元気くんのウソですよ。
プレイした方は知ってると思うけどわざとです)

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