〜素敵な夢を見るために〜






コンコン・・・

「どうぞ〜」
執務室のドアがノックされ、ルヴァが招き入れると

「こんにちはv ルヴァ様」
にっこりと微笑んで入ってきたのは
書類を手にした女王補佐官のアンジェリーク。

「おやおや、珍しいですね〜。
今日は何か大事の用ですか?アンジェリーク」
「はい、以前ルヴァ様が気にしていた惑星の調査結果がまとまったみたいで、
報告が王立研究院からあがってきたんです。
それでルヴァ様にも目を通していただくようにと陛下がおっしゃって」

「なるほど、そうでしたか〜。ありがとう、アンジェリーク。
でも、あなたには他にも大事な役目があるのですから、
それぐらいのことは他の事務官にまかせてもよかったのではないですか〜?」

ルヴァがやんわりとそう言うと、
アンジェリークは顔を赤らめた。

「ええ、それはそうなんですけど・・・
でも最近、守護聖の皆様とゆっくりとお話することが少なくて残念なんですもの。
正直こういう機会でもなければ、なかなかお会いできないでしょう?」

無邪気にそう言うアンジェリークを見て
ルヴァは困ったように微笑んだ。

「まあ、たしかにここのところ、いろんな事案があってバタバタしてますからね〜。
陛下はもちろん、守護聖もなかなか集まれずお茶会もできないくらいですから・・・
私も残念ですよ〜」
そう言いながら、ルヴァはふと思いついたように
机の上にあるものを手に取った。

「そういえば、アンジェリーク。ちょうどあなたにお尋ねしたいことがあったんですよ〜」
「え?なんですか?」
「実はこれなんですけどね〜、あなたのものではありませんか?」

と差し出されたのは1冊の本である。
だが、見覚えの無いものだ。アンジェリークは首を振る。

「いいえ?私の本じゃありませんよ」
「はあ〜、そうですか〜。じゃあ誰なんでしょうね〜」

残念そうにつぶやくルヴァの言葉に
アンジェリークは首をかしげた。
「あの、それはいったい・・・?」

アンジェリークに問われ
ルヴァはこれまでの経緯を説明した。

この本は中央会議室での忘れ物というか、落し物らしい。
数日前にテーブルの下に落ちていたそうだ。
清掃係が見つけ、渡り渡ってルヴァが預かることになったらしい。
図書館の本かと思ってもみたが、蔵書リストにもなく。
だが、中央会議室といえば 立ち入ることができる者は限られている。
つまり女王補佐官か守護聖のみ。もしくは清掃係の者だ。
許可さえおりれば、いつでも出入りはできる。
だが、その清掃係が発見者というのだから除外するとして。

「あなたのものではないとすれば、私以外の守護聖の誰か・・・
ということになるんでしょうね〜。
・・・はあ、あまり思いつきませんけれどねえ〜」
とルヴァが困りきった様子なのを見て
アンジェリークは何かを思いつき、申し出た。
「じゃあ、私が皆様に本のことをお聞きしてきます!」

「ええ?・・・いいんですか?」
驚くルヴァに、アンジェリークはにっこりと笑って頷く。
「はい、これくらいなんでもないです!!
今日はそれほど急ぎの用事はありませんし。
まかせてください!ルヴァ様」
そう言うや、アンジェリークはさっそく本を抱いて退出した。
少し離れたところからパタパタと廊下を走る音が聞こえて・・・

「はあ〜、なんといいますか・・・
彼女は女王補佐官になっても、変わりませんねえ・・・」
残されたルヴァは、そう言って微笑んだ。




       ◇       ◇       ◇




一方、ルヴァの部屋から出たアンジェリークは・・・というと。

まずは誰のところへ行こうかしら?
執務室にいない方は探さないといけないし・・・
本当は一番会いたい人はいるのだけれど・・・

などと、聖殿の廊下の岐路で立ち止まっていた。
事務官たちが首をかしげて幾度も通り過ぎるが、アンジェリークは気にならない。
そうこうしていると、後ろから聞きなれた声がして。

「やっほー☆何考え込んでいるのさ、アンジェリーク。
久しぶりだね、元気〜?」
振り返ると、相変わらず派手な格好をした美貌の守護聖が
こちらに向かって手を振っていたのが見えた。

「オリヴィエ様!?お久しぶりですv」
手を振り返すと、彼はさっそくアンジェリークの前に来て
すぐさま彼女が手にしているものに目を留めた。

「ん?その本は・・・」
「あ、オリヴィエ様、知ってるんですか?!」
いきなり当たりかと思いきや
オリヴィエの反応はかなり拍子抜けしたものだった。

「や〜だ、えらく乙女ちっくな本じゃないのさ。
あんたってばこんなもの読んでるわけ?
そんなものに頼るより、時間があるなら私につきあってよ。
そしたらあんたにとびっきりの夢を見せてあげるからさv」

ウインクされて、アンジェリークは一瞬ドキリとするが
おそらく誘いに乗った途端、気分転換のオモチャにされるのがオチだろう。
以前もひっかかったのでよく分かる。

「申し訳ありませんけど、今日はご遠慮いたします」
アンジェリークが丁重に断ると、オリヴィエは大げさに肩を落とした。
「ざ〜んねん。じゃあ仕方がないからマルセルでも誘おうかな」
「ええ!?」
アンジェリークの驚きに、オリヴィエはケラケラと笑った。
「な〜んてね☆あんたの恋路の邪魔はしないよv じゃあね〜」
言うだけ言って、オリヴィエはヒラヒラと手を振って去ってしまった。

「もうオリヴィエ様ってば、からかって〜!
わざとマルセル様の名前を出すんだから・・・・」
アンジェリークは赤くなりながらつぶやいた。

アンジェリークの想い人である緑の守護聖。
なのに、最近はお互い公務が忙しくてすれ違ってばかり。
ゆっくりと一緒に話をすることもできない有様で。

だから正直今回の件は、マルセルを訪ねるいい口実になると思ったのだ。
けれど・・・
と、あらためてルヴァから預かった本をまじまじと見つめた。

『素敵な夢を見るためにv』
というハートつきのタイトルからしてそうだが
表紙には天使みたいな可愛いイラストがあって
周りに小さな花とハートが飛んでいる。
カバーはピンクで白いレース模様。
ちらりと見た感じでは、おまじないとかも載っているらしい。
どう見ても少女向けのようなデザインで
オリヴィエいはく、確かに「乙女ちっく」かもしれない。

・・・・・・・
マルセル様、こんな本を読むかしら・・・?
と、アンジェリークは躊躇した。

いや、守護聖の誰であっても、あまり所有しそうにない。
というか、想像できない。
たとえ読んでいたとしても、こっそり読んでいたいかもしれない。
だから、もし本当の持ち主だとしても
自分のものじゃないと否定する可能性もないわけではない。

今の反応だと、いくら夢に関する本とはいえオリヴィエ様とも違うし・・・
たしかにこれはルヴァ様が困るのも無理ないかも・・・
守護聖の面々を思い描きながら、そう思うアンジェリークだった。

案の定、その後見つけ次第、数人の守護聖に尋ねてみたが、表紙を一瞥しただけで、皆その本の持ち主であることを否定した。
否定するだけならまだしも「ふざけてんのか、てめー!」などと怒鳴られて逃げ帰ることもあった。
それはともかく、アンジェリークはクラヴィスに頼みこみ、その特技の水晶占いで占ってもらったところによると
ようやく1つ手がかりを得たのだった。




          ◇       ◇       ◇




「残念だけど、僕の本じゃないよ。アンジェリーク」

マルセルにあっさりとそう言われ
アンジェリークは「そうなの」とつぶやいた。

「手がかりは金色の髪だ」とクラヴィスから告げられたので
アンジェリークは ―今度こそ―
いそいそとマルセルの元へ急いだのだが、やはり本の落とし主ではなかったらしい。
がっかりするような、ホッとするような複雑な気分だ。
だが、複雑なのはそればかりではない。
それもそうだが、久しぶりに会うのにマルセルの態度が思ったより冷静だったので
ちょっと残念に思ったのだ。
会いたいって思ってたのは私だけだったのかしら?
昔は「待ってたよvアンジェリーク」とか、「来てくれたんだねvアンジェリーク」とか言って、出迎えてくれたのに。
なんだか遠い昔みたい・・・
そう思いながら、ちょっぴり悲しい気持ちで、手にした本に視線を戻す。

早く持ち主が見つかるといいのに。
きっとこの本も持ち主に会いたいって思ってる。
私だって・・・そう思うのに・・・

などと、所在なくページをパラパラめくっていると
はらりと本から何かが落ちた。

「あら?何かしら?」

マルセルも気がついて、床に落ちたそれを手に取ってみると。
それは小さな白いカードだった。
アンジェリークも一緒に覗き込む。

カードは本のカバーにはさみこまれ、張り付いていたようだ。
かなり時間がたっているのか紙も変色し
書かれた文字もインクが薄れていて、かろうじて読める・・・といった感じだ。
そして、そのカードには一言。

『親愛なる・・・ジュリアスへ』

それを見た途端、「え〜〜!?」と二人は声をあげた。

ちょっと待って!?
つまり・・・これはジュリアス様への贈り物ってこと?
ていうか、じゃあ、この本って・・・もしかしてジュリアス様の、なの・・・!?
今まで無意識に考えまいとしていたけれど。
確かに彼も金色の髪だけれど。

いったいどういうシチュエーションで誰からもらったのか、想像は広がるばかりだったが、とりあえずはジュリアスに尋ねてみるのが一番早そうだとアンジェリークは心の中で整理した。
だが、この「乙女ちっくな本」を目の前にして、首座の守護聖がどんな反応をするか、これまた想像もつかない。
違う意味でドキドキしたが。

「ジュリアス様のところに行くんでしょう?
だったら僕も行くよ。一緒に行こう?」

マルセルがそう言って手をひっぱってくれたので。
アンジェリークはその日初めてマルセルを見たような気がした。




           ◇       ◇       ◇




そして、ジュリアスの部屋を訪れた二人は・・・というと。
今やホッと安堵の息をもらしていた。

「確かに、私の本だ」

そう真顔できっぱりと言われた時には、一瞬なんと答えようか迷ったが。

「そなたたちが持っていてくれたのか。これも・・・導きかもしれぬな」
「えっ、それって・・・どういうことですか?」

マルセルが不思議そうに問うと
ジュリアスはなんともいえぬ複雑な顔をして昔を語り始めた。

「それはカティス・・・先の緑の守護聖が、私に餞別としてくれた物だ」
「ええっ!?カティス様が、ジュリアス様に!?」

驚くマルセルの横でアンジェリークはただ聞いているだけだったが、カティスのことは以前よりマルセルから聞いたことがあったので、なんとか状況を把握できた。
そんなわけで、ジュリアスの話によると、カティスはサクリアがなくなり聖地を去る時にジュリアスの館を1人訪れたという。そして―

『ジュリアス、お前はいつも眉間にしわを寄せて考えてばかりいるな。
クラヴィスもそうだが、俺は俺がいなくなった後のお前達が心配だよ。
そんなに気を張ってばかりじゃ、夜もろくに寝てないんじゃないかってな?
ほら、この本を読んでいい夢でも見てみたらどうだ』

そう言って渡された本が、この本だったという。

「この間私邸の書斎を整理していたら、奥でこの本を見つけてな・・・いろいろと思い出して・・・せっかくカティスが私のためを思ってくれた物だが、なんというか・・・その・・・マルセル、いずれお前に渡そうと思っていたのだ」
「僕に・・・ですか?」
「ああ、カティスがいつもそなたのことを気にしていたからな。
短い間だったが、そなたもカティスに懐いていたように思う。
カティスの思い出があるものならば、そなたにとっても懐かしかろう。
幸い、私は今は実によく眠れている。
そういうわけで、この本はそなたに譲る。持っていいくがいい」

いつもどおり威厳ある言い方だったが、
いつにも増して有無を言わせず・・・なところがあったのは気のせいだろうか。

結局、その本は今またマルセルたちの手の中にあって。
マルセルの執務室に戻った二人は、部屋に入るや顔を見合わせクスクスと笑った。

「はあ〜、全くカティスさまってホント、すごい人だよね。
ジュリアスさまにあんなこと言って、こんな本を渡しちゃうなんて。
あ、そういえばカティスさまも金髪だったっけ」
なんて会話をしていると、なんだか今まで会えなかった時間が嘘のよう。

そんな中
「でも、本の持ち主がわかって本当によかった・・・」
まるで自分のことのようにホッとするアンジェリークを
マルセルはいつのまにか見つめていて。

会話がとぎれ、その視線に気付いた途端
アンジェリークはドキリとした。
何だろう?私、何かおかしなことを言ったかしら?
そう思うと急にそわそわしてしまって落ち着かない。

「あ!そうだわ。ルヴァ様に本のことを報告しなくっちゃ。
じゃあ、私これで失礼するわねっ」
アンジェリークは慌てて扉のノブに手をかけたが、
マルセルにその手を止められ、動きが止まる。

「報告なんて、そんなこと他の人に頼めばいいのに」
「え?」
「もう行ってしまうの? ルヴァ様には何度も会うのに」
「ええ?!」
マルセルがいきなり何を言い出すのかわからなくて
アンジェリークは困惑した。

それを察したのか、マルセルはそっと手を離し
ふう、とため息をついた。
「ごめん、ヘンなこと言ったよね。忘れて?
それより・・・ねえ、アンジェリーク。これで、君の仕事はお終い?他にもあるの?」
マルセルの様子がいつものように戻ったので
ホッとしたアンジェリークは首を振る。
「え?・・・いいえ?今日じゅうに終えなければいけない用事はないわ」
そう告げると、マルセルは「そう」とにっこりと笑った。

「じゃ、明日の日の曜日って時間ある?よかったら僕の私邸に来ない?」
「え!?」
「どうして驚くの?
最近同じ聖殿にいてもなかなか君と会えなかったでしょ。
僕、ホントは・・・ずっとずっと君に会いたくて我慢してたんだよ?
だけど、ここじゃ僕は守護聖で、君は女王補佐官で・・・一応けじめだけはつけないといけないって思って。
でも一方じゃ、忙しいのはわかるけど君もそんなに張り切って仕事をしなくてもいいのにって思ってた。君は僕のこと気にしてないのかなってすごく不安だった。
・・・なのに、君は違うの?」

拗ねたようなマルセルの言葉を聞いて
アンジェリークは目を見開いた。

じゃあ、会いたかったのは、私だけじゃなかったの・・・
寂しく思っていたのは、私だけじゃなかったのね・・・
そう思ったら嬉しくて。
思わずマルセルの頬にキスをした。

「よかった・・・」
いつのまにかマルセルの腕に絡めとられていて。
安心したような声に、ハッと我に返る。
いけない、ここは執務室だった。
アンジェリークは思わず周りをきょろきょろ確認してしまう。

そんな仕草も愛しそうに、くすくす笑いながら
「大丈夫だよ」とマルセルは小声で言った。
「だからね、日の曜日は一緒にのんびりしようよ。
美味しいお茶を飲んで、美味しいお菓子を食べて、ゆっくりと過ごそう?
なんなら、このカティス様の本を読みながら、おまじないをしようか。
そうして素敵な夢を二人で一緒に見ようねv」

それを聞いたアンジェリークは
真っ赤になりながらも、うなづいた。

この落し物がくれた大切な時間に、感謝して―




            そうだね、一緒に見よう
                 君と二人で素敵な夢を



Fin