〜いつか見た星空〜
なぜだろう? なんだか今夜は胸騒ぎがする。 最近妙に天候が荒れていたけれど、今日は静かだ。 いや、静か過ぎる・・・? セイランは部屋の明かりを消し、窓辺へ寄るとパタンと扉を開けた。 空には星が瞬いている。 それはいつもの光景だ。 しかし。何かが違うような気がする。 ふと。 「!?」 一瞬、夜空が歪んだ。 ・・・と思った。 それは気のせいだろうか? 思わず目を凝らす。 やはり気のせいだろうか? だが、考える間もなく彼は再び目を凝らすことになった。 なぜなら、夜空の星がまるで閃光のように一気に増えたのだから。 まさか、と彼は一笑に附すが、 再び夜空に目をやりふと真顔になる。 たしかに以前よりも星の数が多い気がする・・・ これはいったい・・・? おそらく。 何かが起こっている。 何か分からないけど、たしかに何かが起こっているのだ。 思わず体に震えが走り、彼は自分の体を抱きしめた。 これは何? なんの前触れ? さすがの彼も感じることはできない。 けれど、それはたしかに前触れだったのだ。 ◇ ◇ ◇ 中庭にて・・・ 勢いよく、1本の棒をひくと周囲から歓声があがった。 「おめでとう!シャイン=ライナス。君が『当たり』だ」 上司のその言葉に、青年シャインはガクリと肩を落とした。 「おいおい、シャイン。 女王陛下直々の任務に当たれるのだから光栄に思わなくてはいかんぞ」 「じゃあ、事務長に名誉ある任務をお譲りしますよ」 彼が恨めしそうな顔でそう言うと 目の前の上司はバシバシと背中を叩いた。 「ハッハッハッ、シャイン? 冗談は君の顔だけにしてくれ。これは公平な結果なのだ。 そもそもこれは君が選んだのだよ。そうじゃないかね?」 「・・・・・・そ、それはそうですけど〜」 手に持った紅い印の入った棒を横目で見ながら、彼はこれ以上何を言ってもムダだと悟った。 「じゃ、頑張りたまえ。わがグループは君の肩にかかっているのだからな」 「了解・・・」 「頑張れよ、シャイン。期待してるぜ」 背中で応援の声を聞きながら、彼はきびすを返した。 だが、その足取りは決して軽くはない。 (ああ、どうしよう〜〜〜) 今、シャインの頭の中は、その言葉でいっぱいだった。 だから、頭をかかえている自分を、2階の窓から見つめている者がいることにも全く気付かなかったのである。 ◇ ◇ ◇ ふう。 と、シャインは、額の汗をぬぐった。 馬車や車も通らぬ山道で彼は一休みをしていた。 目的地まではあと少しだ。 (いったいなんだってこんなヘンピな所に住んでるんだか・・・) そうは思うが、所在を見つけられただけでも感謝しなければならないだろう。 なんといっても、彼のプライベートはすべて謎らしいのだから。 無論写真などもあるはずもなく。 王立研究院の総力を決して情報を集め、 そうしてようやく彼がこの星のこの地にいるらしいことが分かったのだから。 (宇宙一の芸術家かあ・・・・ なんか偏屈なじーさんだとヤだなあ・・・) もらったデータからすると、ばあさんでないことは確からしい、が。 (偏見かもしれないけど、「芸術家」って、なんか普通と感覚が違うっていうか・・・ヘンなんだよな〜。あまりお近づきになりたくないかもなあ・・・) 彼がそう思うのも理由があった。 なぜなら、昔知り合いだった絵描きは、いったい何を描いているのかよく分からない絵をたびたび見せに来るだけでなく、誉めないと怒るのだ。 しかも、誉めたら最後、高額な値段で売りつけるといったとんでもない奴がいたのである。おかげで自分も含めて家族に不評なことこの上なかった。 幸い、自分が聖地に勤めることになり、その絵描きとも疎遠になり、正直ホッとしたのではあるが、染み付いた悪印象は拭い去れるものではない。 はあ。 自分のため息の大きさにシャインは驚く。 いけない、いけない。 女王陛下の御ために、この任務は果たさなければ・・・ 女王陛下の微笑みを思い出し、シャインは赤くなる。 よし。 一息つくと、シャインはまた山道を登り始めたのである。 ◇ ◇ ◇ そうして、シャインが山の小さな小屋に辿り着いたのは もうすっかり暗くなった頃だった。 途中で道に迷ってしまったせいもあるかもしれないが。 とにかく目的地に着き、あとは彼に会って話をつけるだけだ。 幸い、家の中からは灯りがもれている。 彼が在宅している証拠だ。 コンコン・・・ 緊張しながら、シャインは扉をノックした。 だが、返事はない。 人の気配はするはずなのに。 もしかして警戒されてるのだろうか? いやいやと考え直し、彼はもう一度ノックした。 すると、しばらくして目の前の扉から現れたのは 想像もしていなかったような端整な顔立ちの人物で。 しばらく、シャインはポカンと口を開けていたが あまりにも間の抜けた顔をしていたのだろう。 「君・・・だれ?」 目の前の青年(声から察するに男性だった)が、不機嫌そうに問うと、 シャインはハタと我に返り慌てて一礼をした。 「や、夜分申し訳ありません! こ、こちらに稀代の芸術家が住んでおられると聞きましたが こっ、こちらのお宅でしょうか?!」 「・・・・・さあ、聞いたことがないな」 その言葉にシャインはギョっとして青ざめた。 「ええっ?そ、そんなっ、調べではこちらだと聞いていたのに 王立研究院の調査に間違いがあったってこと?!」 「王立・・・研究院・・・・?」 美貌の青年が聞きとがめると、シャインは慌てて口を押さえた。 「あ、あわわ・・・いえ、す、すみません。こちらのことです。 す、すみません、ずっと探していたものですからつい取り乱してしまって。 あの、本当にこちらはセイランさんのお宅ではないんでしょうか?」 「・・・・・・・・・・・・・・」 彼は必死の形相をしているシャインをしばらくじっと見つめていたが くるりときびすを返すと部屋の中へすたすたと入っていく。 「あ、あのぅ・・・?」 「入って」 「は?」 「入り口じゃ虫が入るから、入ってよ」 「え?でも・・・」 「聞こえなかったのかい?」 その有無を言わさない口調に、シャインは何がなんだか分からないまま 言うとおりにおづおづと家の中に入っていた。 中は質素な作りの山小屋だった。 見渡しても、最低限のものしか置いていないような気がする。 いや、と目をとめたのは奥の部屋においてあるキャンバス・・・ 向こうにあるのはもしかしてイーゼル? だとしたら・・・ 「あのっ」 シャインは声をあげた。が 「座って、落ち着いて」 青年からさし出されたカップを受け取り、 シャインは示された席におづおづと座った。 「さて」 と目の前の美貌の青年が言った。 「僕になにか用なのかい?」 「え?」 「探してたんだろ?」 「え?あの、まさかセイランさん・・・なんですか?」 「他に誰かいる?」 「え?だって、さっき知らないって・・・」 シャインがしどろもどろに言うと、 セイランは横を向いて言った。 「稀代の芸術家なんて知らないよ」 「はあ・・・・・」 シャインは内心うなった。 これは・・・たしかに・・・難物かもしれない。 こんな若くて美人・・・だったとは思わなかったが。 「で、君は稀代の芸術家とやらを探していたのかい? それともセイランという人物を探していたのかい?」 「それは・・・も、もちろん、セイランさんです!」 「ふ〜ん・・・・・・で?」 「はい?」 「君、だれ?」 「あっ」 と、そこでシャインは自己紹介もまだだったことに気が付き、真っ赤になった。 何たる失態! 「も、申し遅れました! 僕は・・・いえ、わたくしはシャイン=ライナスと申します。 実はあなたに折り入ってお願いがございまして・・・」 と言いかけたところ、セイランの手が制した。 「やめて」 「は?」 「そんな堅苦しい話し方なんて聞きたくも無いから、簡潔に行って欲しいな、シャイン」 「は、はあ・・・。そっ、それでは、単刀直入に言うと・・・」 シャインはのどをゴクリと鳴らした。 そう、ここが大事なのだ。 「つまり、その・・・あなたに来て欲しいんです!!」 「君の家に?」 「ちっ、違いますよ!!聖地にです!!」 「聖地・・・・」 「そうです。聖地へあなたを招きたいとお願いにあがったのです!!」 「・・・・・・」 シャインがそう言うと、セイランは何か考えるように額に手をあてた。 「ちょっと、待って。聖地って、あの・・・お伽噺でよく聞く宇宙の女王がいるっていう、その聖地のことかい?」 「そうです!いえ、お伽噺ではありません。女王陛下はちゃんと聖地におられます。 私はその聖地で働いており、このたびあなたをお願いすべく聖地から参ったのです」 必死のシャインの形相にもセイランは首を振った。 「・・・・・・信じられないな」 シャインは慌てた。これではセイランを説き伏せる以前の問題だ。 「セ、セイランさんがそう言われるのももっともだと思います。 僕みたいなペイペイの若造が言っても信じられないかもしれません。 でもっ!僕はたしかに聖地からの使いなんです! こっ、これを見てください。・・・これが正式な要請状で、ここに女王陛下の御名もあります!」 シャインが示した書状をちらりと見たセイランは、傑作だというように鼻で笑った。 「女王、アンジェリーク・・・ね。ハ・・・ホントにお伽噺と同じ名前なんだ」 その言葉にシャインはガクリと肩を落とした。 お伽噺・・・ それはたしかに、そう・・・かもしれない。 一般の人々にとっては女王の存在など、伝説で神にも等しくて・・・ 到底自分の生活に関わることなどまずないだろう。 シャインだって聖地に召されるまではそうだった。 けれど。そんな自分でも今では当たり前のように聖地があって、恐れ多くも女王陛下のお姿を遠くから垣間見ることができて、守護聖という方々とも(実際はともかく)チャンスがあれば話だって出来るようになったのだ。 あの方々は決してお伽噺の中の登場人物じゃない。 この宇宙を見守ってくださる、大切な方たちなのだから。 と、そこまで考えたとき、シャインはハッと思い出した。 『お願いしますよ、シャイン』 わざわざ自分の手をとって、言ってくれたあの方の言葉を思い出したのである。 シャインは深く深呼吸をすると、再度心を奮い立たせた。 「セイランさん。・・・もしかして僕を怒らせたいんですか?」 「・・・なんだって?」 シャインの様子が変わったのを、セイランは見咎めた。 「どういう意味かわからないな」 眉間にシワを寄せるセイランを、シャインはまっすぐ見つめ返した。 「失礼。そうでなければいいと思ったものですから。 ただ、鼻から否定されるような方に、女王陛下の存在を信じさせるすべを僕はこれ以上持ちません。また、聖地に来ていただいたところで、女王陛下のお力になっていただけるとも思えませんし」 「へえ、言ってくれるね。じゃあ、僕に用はないってわけだ」 挑発的な言葉にもシャインは動じなかった。 「ええ、残念ながらそうなるかもしれません。けれど最後にこちらからお聞きします。 セイランさん・・・あなたは星を見たことがありますか?」 「星?・・・夜空の星かい?そんなもの、こんな山奥なんだからイヤでも毎晩見てるさ」 その言葉にシャインはにっこりと笑った。 「そうですか、それはよかった。 それなら感受性の強いセイランさんのことだ。 数ヶ月前の夜のことにも気付いてらっしゃるかもしれませんね」 「数ヶ月前の夜?」 「ええ、星がいつもと違いませんでしたか?」 「いつもと・・・?」 思いがけない言葉を言われ、セイランは不覚にも考え込んだ。 そう、確かに心に残っている夜があった。 あれは妙に胸騒ぎのする夜で・・・一気に星が増えたような気がした・・・不思議な晩。 「あの晩、何が起こったか知りたくはないですか?」 「!?」 セイランの心を見透かしたようにシャインは言った。 さっきまでのおどおどした人物と同じだとは到底思えない。 勝利の札を勝ちとった者の顔だ。 「君は・・・知っているのかい?」 悔し紛れに言ったセイランの言葉に、シャインは微笑んだ。 「僕が知っているのは、今いる宇宙は数ヶ月前までの宇宙と違っていて、多くの命が救われたこと。そしてその直後に新しい女王陛下が即位されたということだけですよ」 「・・・ちょっと待って。宇宙が違うって、女王が即位ってどういうことだい?」 セイランが眉間にシワを寄せながら問うと、シャインは困ったように答えた。 「すみません。それは聖地に着いてから『ルヴァ様』に聞いてください。 僕も詳しいことはわからないんです」 言いながら、シャインは旅立つ前のことを思い出していた。 くじ運悪く大役にあたってオロオロしていたシャインに声をかけてきたのは 地の守護聖である「ルヴァ様」だった。 めったに話すことのない守護聖さまから直接話しかけられたのも驚いたが、なんと彼はこの件についてわざわざシャインに1つの知恵を与えてくれたのだ。 「いいですか?シャイン。セイランという人物は、話によるととても気難しい人のようですが、好奇心旺盛で、話をすればきっと聖地や陛下に興味をもつことでしょう。 ですが、彼を招くことが難しいと判断したら、こう言ってみるのも1つの手ですよ。 『数ヶ月前、星を見たことがありますか?』とね。 この宇宙は以前の宇宙さえも包み込んだ新しい宇宙なんです。 本当にこれはすごいことなんですよ〜 女王陛下のお力で、多くの命が救われた・・・それを彼が知ったらどう感じるでしょうね。 きっといてもたってもいられなくなるような気がしますよ。 なんといっても彼は宇宙一の詩人ともいわれる人ですからね〜」 と、そう言ってくれたのだ。しかも、自分の手をしっかりと握りしめながら。 「頼みましたよ、シャイン。あなたには女王陛下も期待しているんですからね」 と、手の差す方を向けば、柱の陰から恐れ多くも金髪の女王陛下が微笑みながら自分に手を振っているではないか。 シャインは自分の目を疑った。 し、信じられない・・・!女王陛下が僕なんかに手を振ってくださるなんて!! あの笑顔を思い出しても、夢のようで。 とても皆には(もったいなくて)口が裂けても言えなかった。 「やれやれ、真実は自分の目で確めろ、か。仕方がないね。一緒に聖地に行ってあげるよ。ま、こんな機会はそうそうないだろうしね」 窓辺に立って空を見上げながら憎まれ口を言うセイランに、シャインはクスリと笑った。 「なに?」 振り返ったセイランに、シャインは言う。 「いえ、きっとあなたは聖地で驚きの連続だろうな、と思って」 ゆったりとした時の流れと、豊かな自然。 外界とは切り離された聖なる場所。 そして何より、宇宙を司る可愛い女王陛下の存在に。 それは決してお伽噺のことじゃない。 「へえ、それは楽しみだ」 セイランはそう言って、のんびり旅支度を始めた。 |
Fin |