〜口実〜






―だって、仕方がないじゃないか。

僕の誕生日なんて
きっとあなたは、知らない―





        ◇       ◇       ◇





その日、セイランはいつものようにノートを片手に
公園へと出かけた。

喧騒は好まないが、幸いここ――聖地の公園は外界とは違う。
限られた人しか住めない場所では
人々が集い、憩う場所でも落ち着いた雰囲気があって
セイランが気に入っている場所の1つでもあった。

そうして木陰にあるいつものベンチへ向かうと、
珍しくすでに先客がいた。
しかも、それはどこかで見たことのある金髪の少女。

セイランは思わず目をそらした。

また・・・会ってしまった・・・。

どうしてあの人はよりによって
こんなところにいるのだろう。

またお忍びとでもいうのだろうか。

っていうか、いつもいつも
全く忍んでいないじゃないか。

セイランが腹立たしくそう思うのも無理はなかった。

偶然か必然か
「彼が歩けば女王に当たる」というぐらい
なぜだか遭遇してしまうのだ。

(と彼は思っているが、おそらく他の皆も遭遇していることだろう)

彼はしばらく逡巡したが、
持ち前の好奇心で逃げることをやめた。
否、逃げねばならない理由などない。

そう思い直し、彼は彼女に近づいた。

よくよくみれば。

彼女は、うつむいて何やら熱心に手を動かしていた。
傍らには大きな袋から覗く毛糸の玉、そしてせわしなく動く金の編み棒。

驚くことにセイランが目の前に来ても
向かいのベンチに座っても
思索にふけっていても
時々じ〜〜〜っっと視線を飛ばしても

全く気がつかないぐらい彼女は一生懸命何かを編んでいた。
長い形状から察するにマフラーだろうか。

宇宙一の芸術家と言われるセイランでも
編み物のことは全くわからなかったが
その様はまるで、毛糸と格闘しているように見えた。

編み棒が規則正しく動いているかと思えば、
間違ったのかいきなり毛糸をほどき始め
ほどいたかと思えば、じ〜〜〜っと作ったものを凝視する。
そして、その間の顔といったら・・・
ににこにこしているかと思えば、しかめっつらをしたり
頬をふくらませたりしているかと思えば、やたら挑戦的な顔になったり。

見ていて飽きないとはこのことで
観察していたセイランは思わず、プッと噴出した。

それでも彼女は気づかない。

だが、ようやく一段落ついたのか
「う〜ん・・・」と伸びをしたところで
セイランと目があって。

「えええええっ!?セイラン!?」

飛び上がって驚く少女に
セイランは笑いを隠せない。

「それはこちらのセリフですよ、女王陛下。
なんだって、こんなところに一人でいるんですか」

クスクス笑いながら彼がそう言うと
女王陛下と呼ばれた少女―アンジェリークは
まるで秘密を知られてしまった子供のように赤くなりながら答えた。

「だって、今日はお休みの日だもの。
別にどこにいてもかまわないでしょ?
それよりももっと早く声をかけてくれたらよかったのに。
ずっと見ていたなんて人が悪いわ」
「そんなことを言われても、声をかける雰囲気じゃなかったんですよ」

そう言ってなおもクスリと笑うセイランに、
アンジェリークも怒るどころかつられて笑ってしまう。

「実はね、ロザリアから教えてもらって編み物を始めたんだけど、
いざやり始めたら止まらなくって・・・
しかも今日はこんないい天気でしょう?
なんだか屋敷の中にいるのももったいないから、公園にやって来たんだけど」
「ここでも夢中になってしまった・・・というわけですか」
「そうみたい」
「でも、それほど夢中になって何を作ってたんです?」

言いながらセイランが視線を落とすと
返ってきた答えが。
「え〜と、え〜と マフラー・・・?」
「・・・その疑問符はなんですか」
「だって、自信がないんだもの」
「でもマフラーなんでしょう?」
「そのつもり・・・なんだけど」
「・・・つもり・・・なんだ」
「うん・・・」

たしかに、言われてみれば何度もほどいては編みなおしているせいか
毛糸もボロボロで、目も粗い気がしないでもない。
幅も微妙に差があるようだし
力の強弱が均等でないせいかだんだん反り返っている気がするのも
・・・気のせいではないだろう。

けれど、誰だって最初から上手く出来るわけじゃない。
出来不出来の前に、作る過程を楽しんで完成する喜びを知るこそ
創造の醍醐味ではないだろうか。
(ただし、それは素人のことであって、職業人としては出来が肝心なのは当然だ)

などとセイランが語ると
アンジェリークは浮上したように頷いた。

「そうよね、心がこもっていれば喜んでくれるわよね」
「え?」

セイランは聞き返す。

今、なんて言った?
喜んでくれる、だって?

「ってことは、ソレ。
プレゼント・・・なんですか?」

セイランの問いに
アンジェリークは頬を染めながらこくんと頷く。

「実はね、誕生日プレゼントなの」

途端、セイランの心がズキリと痛む。

誰の・・・とは聞かなかった。
おそらくその表情から
彼女の大切な人だと知ってしまったから。

「なるほど、だからあんなに一生懸命だったんですね」
「ええ、今月の末だから急がなくちゃって本当は焦ってたの」

ああ、やっぱり。
分かってみればなんのことはない。
それどころか、今まで微笑ましく見ていた光景が
ひどく腹立たしく思えてきて。

(面白くない・・・)

急にセイランは不機嫌になった。
ただでさえ、自分は他人に辛らつな言葉を吐いてしまう自覚があるのに
このままいるとそれ以上のことを(仮にも女王陛下に)言ってしまいそうで
早くこの場を立ち去ろうと思った・・・それなのに。

「陛下の邪魔をしちゃ悪いから、僕はこれで失礼しますよ」

そう言って、急に立ち上がった彼を
彼女は名残惜しそうに引き止めたのだ。

「邪魔だなんて・・・そんなことないわ。
それにコレだってもうすぐ完成だから大丈夫。
せっかく会えたんだもの、もう少し話相手になってくれると嬉しいわ」

普段はろくにあなたとお話できないのだもの。

そう言われては、セイランは拒否する理由を失い
しぶしぶ今度は隣に座りなおした。
元より彼女に敵うはずもない。

だが、話相手といっても
いったい何を話したらいいのだろう。
そのプレゼントの相手とやらの話題だけは避けたいのに。

そう思いながら彼がため息をつくと
「そんなに困らせることを言ったかしら」とアンジェリークは微笑んだ。

仕方がない。

セイランは常々思っていたことを口にした。

「お聞きしますけど、『誕生日』ってそれほど特別なものですか」

1つ年をとって、1日過ぎただけで何かがすぐにわるわけでもないのに。

独り言ともとれる つぶやきに、
アンジェリークは首をかしげる。

「そうね、少なくとも私はその人にとって大切な記念日だと思うけど・・・
セイランは違うのかしら?」
「僕は・・・そうでもないな」
「そうなの?家族でお祝いなんかしなかった?」
「それは・・・幼い頃はそんなこともありましたよ。
でも、独立してからはそんな風に過ごそうと思ったこともなかったな」

それどころか、下心が見え見えの贈り物も好きになれなかったし
周りが騒ぐこともうっとうしく思えてきて
いつしか自分の誕生日も日々の中に埋もれてしまっていた。

けれど。
今、なんだかおかしい。
のどの奥に何かがつまったみたいに苦しい。

そんな彼の心を知ってか知らずか
アンジェリークはうなづいた。

「そうね・・・たしかに考えてみたら、『誕生日』って目に見えないものだから、
口に出さなきゃ他人はわからないわけだし、気にせず生きたってどうってことないわよね。
でも、受け取り方は人それぞれだと思うの。
1つ年をとって、この年まで無事で生きてこられてよかったな〜って思う人もいれば、何年か前にこの世に誕生したんだって考えたら、何かに感謝したくなる人もいると思うわ。
もちろん、さっき言ったみたいにそんなことを気にせず生きたってかまわない。
でも、その人がこの世に誕生したから今の関係があるって思う人は、
おのずとお祝いとかしたくなるものよ?その人を喜ばせたいって思うわ。
例えばセイランだってそうよ」
「僕?」
「ええ、私はセイランの誕生日だって、お祝いしたいと思うわ。
もちろんプレゼントだってあげちゃうわよv」
「へえ?」
「あ、信じてないわね?本当よ」

笑顔で言うアンジェリークの顔を
セイランはマジマジと見つめた。

束の間の静寂が降りる。

「・・・・じゃあ、陛下は僕にも手作りのプレゼントをくれるって言うんですか」
「え?そ、そりゃ、あなたが欲しいっていうならかまわないけど?」
「・・・そう。じゃ、その言葉忘れないで下さいね」
「わかったわ。ところでセイランの誕生日っていつだったかしら」

と首をひねる彼女に、セイランは内心落胆しつつ
アンジェリークの耳元にささやいた。

「今日、ですよ」
「え?」
「だから今日が誕生日なんです。陛下、知らなかったでしょ?
だから、ソレ、もらってもいいですか?」

マフラーもどきを指差し
微笑みながら彼がそう追い討ちをかけると、
彼女は一瞬言葉を忘れ。


そして数秒後――


「え〜、なにそれ―――!?
今ここでそんなこと言うの――!?」


公園に絶叫と笑い声が響き渡った。




それはほんの小さな意趣返し。













――『誕生日』なんて、今までどうとも思ってなかったけれど

あなたからプレゼントがもらえる口実になるなら

なんだっていい――



Fin




2010.2.14UP