星々より愛をこめて



(今日・・・なんですよね・・・)

ルヴァはシャトルの中でため息をついた。
そうして、1週間前のことを思い返す。




    ◇      ◇      ◇




「え?惑星の調査・・・ですか」

思わぬ言葉に目の前の少女は大きく目を見開く。
そして、ルヴァの顔をじっと見つめると、肩を落として小さく息を吐いた。

「それだったら・・・仕方ないですよね・・・」

うつむいてポツリとこぼした一言にルヴァの心はズキリと痛んだが、
反面、ホッとしたのも事実だった。
もしかしたら、アンジェリークは泣いてしまうんじゃないかと
そればかり気になって。

自意識過剰だと笑うだろうか。
けれど、彼女が自分に好意をもってくれていることを自分は知っている。
そして、それを嬉しく思う自分も分かっていた。

それなのに。
聖地に来て初めて、彼女の誕生日というその日に、
自分は聖地にいることができなくて。

「ええ、私も、残念でなりません。
せっかくのあなたの特別な日なのに・・・祝ってあげることができなくて」

女王陛下の命だから。
とある惑星の調査に出かけなければならなくて。

そのことをアンジェリークになんて言おうかと悩んでいるうちに、ズルズルと今日まできてしまった。

「すみません、アンジェリーク」

けれど、そんな心配は杞憂だったのか、
アンジェリークは顔をあげて、にっこりと笑った。

「気になさらないで下さい、ルヴァさま。
それは・・・確かに残念だなって思ってますけど、大切なお仕事ですもの。きっと宇宙に必要なことなんです。それに比べれば、私の誕生日なんかちっぽけなもので・・・」

アンジェリークはクルリと背を向けた。
ふふっと笑い声がもれる。

「たぶん、守護聖さまを独り占めしちゃダメだってことですね…。
だから、ルヴァさまは気にせずにお仕事をなさって下さい」

そう言って、アンジェリークはルヴァの顔も見ずに駆けていってしまった。

「アンジェリーク・・・」

その言葉の真意を確める時間もなく、
それっきり、ルヴァはアンジェリークに会うことが出来なかった。



     ◇     ◇     ◇



とにかく、急いで任務を終わらせることがその時のルヴァの課題だった。
普段おっとりとしている「地の守護聖」が率先して走り回っている様子はめったに見られたものではなく、同行していた研究員たちは皆目を丸くしていた。
そうして、なんとかようやく帰りのシャトルに乗り込むまでにいたったのだが、それでもたぶん帰りは遅いだろう。

せめて、アンジェリークには素敵なプレゼントを贈ってあげたい…。
そう思って、帰る途中ルヴァは調査惑星の主要都市で売られていた古代文字を象った銀のペンダントをこっそりと買った。
それを大切に包んでもらって、今はルヴァの手の中にある。

(今頃・・・あなたはどうしているんでしょうね)

おそらく。
今日の誕生日には自分以外の者からたくさんの贈り物をもらっていることだろう。
そうしてきっと、彼女は笑顔でそれを受け取っているに違いないのだ。
自分がいなくても・・・。

ルヴァはそう考えると、また一つため息をついた。
自分こそがいたかった時間・・・なのに。

「あ〜、この調子ですと聖地にはいつごろ着きますかね?」

窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、もどかしそうに問うと、傍らの研究員が時計を見ながら答えた。

「そうですね、本日の夕方ごろには到着予定ですが・・・」

それを聞いてルヴァの顔はパッと輝いた。

「ええ?!そ、そうですか〜。それはよかった。
はあ・・・間に合いましたか〜。よかった、よかった」

「?・・・ルヴァさま、何か約束ごとでも?」

研究員の怪訝そうな視線を受けて、ルヴァは真っ赤になってブンブンとかぶりを振った。

「え?い、いいえ。別に、そんな・・・約束ごとなんて・・・えっと、あの〜、えっと〜ああ、そう!せ、聖地で夕食が食べられるかな〜と思いましてねえ、ハイ・・・」
「・・・・・・・・・」

研究員はそれ以上何も聞かなかった。

(ああ、アンジェリーク。
なんとかあなたの誕生日に間に合いそうですよっ。
待ってて下さいねv)

逸る心を抑えきれず、ルヴァは思わず手に汗を握った。



とその時。



ぐぐぐ、がががが・・・・っ



妙な音がしたかと思うと、途端に壁際の赤いランプが点灯して機内を照らした。

「な、何が起こったのです!?」

ルヴァが思わず立ち上がりかけると、グラリと機体が揺れた。

「あわわ・・・・っ」
「危ない、ルヴァさま!!立ち上がってはいけません!」
「は、はいっ!すみません!!」

その声にルヴァは再び席にしがみつく。

「そ、それよりいったい何が・・・」

慌しく走ってゆく乗務員の一人を捕まえて問う。
すると、彼らは言った。

「はっ、どうも申し訳ありません。どうもエンジントラブルが起きたもようで」
「エ、エンジントラブル!?・・・だ、大丈夫なんでしょうか」
「はい、すぐに処置を急ぎますので、大丈夫・・・」


とその瞬間。


ど、どか〜ん!!


後ろの方で爆発音が聞こえた。

「ホ、ホントに大丈夫・・・なんですか・・・?」
「た、たぶん・・・」

ルヴァの顔はひきつっていた。



       ◇      ◇      ◇



「おめでとう、アンジェリーク」
「ハッピバースデーvアンジェリーク」
「ありがとうございます、皆様」

たくさんのお祝いの言葉と贈り物に囲まれて、アンジェリークの特別な日は、数日前にあっという間に終わってしまった。
遠く家族と離れていても、聖地のみんなが祝ってくれる・・・それだけでアンジェリークは幸福だった。
けれど、そこにルヴァさまだけがいない・・・。
仕事だから、仕方がないのは分かっているけれど、やはり寂しいという気持ちに嘘はない。

そんな中で、アンジェリークは思わぬ衝撃を受けた。
なんとルヴァの乗っているシャトルが炎上したというのだ。
聖地は一時騒然となり、それを知らされたとき、アンジェリークは目の前が真っ暗になったが、すぐにルヴァの無事を聞くやその場にへたりこんでしまった。
それによると、脱出の時の打ち身とかで決して無傷とはいえないが、重症でもなく、その後ルヴァは事故の事後処理までやって聖地に戻るのが遅れるとのことだった。

(こんなことなら意地を張ってないで、見送りに行けばよかった・・・)

(ルヴァさま、ホントに大丈夫なのかしら・・・)

(もしかして・・・みんな嘘ついてるんじゃ・・・)

次から次へと不安な気持ちがさざ波のように押し寄せる。
それに必死に耐えながら、彼女は一生懸命祈った。


(どうか1日でも早くルヴァさまに会えますように・・・)


そんなある日のことである。
いつものように彼女が森の湖でルヴァの無事を祈っていると、足音がかすかに聞こえてきて・・・

「アンジェリーク?いるんですか?」

その聞きなれた声を聞いて、アンジェリークはハッと顔をあげる。
そして、現れた人影を認めるや涙をあふれさせながら駆け寄り飛びついた。
もう、遠慮はしない。独り占めでもかまわない。


「ルヴァさまっ」


案の定、しがみつかれたルヴァは目を白黒とさせている。

「ア、アンジェリーク?!・・・ど、どうしたんですか?」
「・・・・たんです!」
「え?」
「会いたかったんです、ルヴァさま!」

アンジェリークの言葉にルヴァは目を細めた。
優しくアンジェリークの肩を抱きながら。

「私も・・・とても会いたかったですよ。アンジェリーク」



       ◇       ◇        ◇



アンジェリークの涙が乾くまで、しばらく二人は湖のほとりで寄り添って無言の時間を過ごしていたが、ふとルヴァが思い出したように言った。

「ああ、そういえば、アンジェリーク。あなたに謝らなければならないことがあるんですよ」
「え?」
「実はこれなんですが・・・」

とルヴァが懐から出したものは小さい包みだった。
布で包まれたものをとりだすと、それは金属が黒くすすけた奇妙な形のものだった。

「これは・・・?」

アンジェリークが問うと、ルヴァはため息をついた。

「はあ、実はこれはあなたのために買った誕生日のプレゼントの成れの果てなんです・・・」
「ええ?」
「調査していた地の・・・惑星リラの古代文字を象った綺麗な銀細工のペンダントだったんですけどね、あのシャトルの事故でこんな状態になってしまったんですよ。はあ・・・」

アンジェリークはそれを手に取ってつぶやいた。

「熱で・・・溶けてしまったんですね・・・」
「そうなんですよ、私としたことが落としてしまって・・・
事故の後必死で探しましたよ。残念ながらこんな形になってしまって・・・」

その様子を想像して、アンジェリークはくすりと笑った。
確かによく見つけられたものだ。

「ねえ、ルヴァさま。これってなんていう文字なんですか?」

何気なく発した言葉だったが、途端にルヴァは真っ赤になった。

「あ〜そ、それは・・・ですね。あの・・・その・・・・・でして」
「え?」
「・・・えっと・・その・・・『愛』・・・なんです」

最後は小さくて消えそうな声だった。
アンジェリークは胸がいっぱいになる。
やっぱりルヴァさまが大好きだ。

「あの・・・これ、もらっていいですか?」
「え?で、でも・・・真っ黒ですよ・・・?使えませんし・・・あなたにはもっといいものを用意しますから・・・」
「いいんです。これが欲しいんですv」

アンジェリークが見つめると、
ルヴァは赤い顔をしながらコホンと咳払いをした。

「そ、そうですか?あ〜それではずいぶん遅れましたが、あらためて言いますよ。
『誕生日おめでとう、アンジェリーク』」

その言葉にアンジェリークはとびきりの笑顔で答えた。

「ありがとうございます、ルヴァさまv」





Fin