〜好き嫌い〜



どうしてそんな話になったのかは分からない。
アンジェリークとお茶を飲んでいる時に、
気が付くと、いつのまにか食べ物の話になっていた。

そんな中。

「僕ね、ピーマンが嫌いなんだ」

マルセルは何気に言ったつもりだったのだが。

くすっ

かすかに聞こえた笑い声に気付いて、マルセルはショックを受けた。


い、今・・・
    アンジェリークに
          わ、笑われた・・・・・・・!?


途端にマルセルの思考はグルグルと回り、
その後、どうやってアンジェリークと別れたのか
全く記憶がなかった。



       ◇     ◇     ◇



数日後・・・マルセルは鋼の館にいた。
メカをいじっているセフェルの傍らで、
マルセルは眺めながらポツリと言った。

「ねえ、ゼフェル・・・」
「あ〜?」
「ピーマンが嫌いって、そんなに変なコトかな?」
「はあ?何言ってんだ、マルセル」
「いいから、答えてよ」
「別に・・・いいんじゃね〜の?誰でも好き嫌いはあるしよ」
「・・・だよね」
「・・・それがどうかしたか?」

顔をあげたゼフェルに、マルセルは首を振る。

「ううん、何でもない。何でもないけど・・・
ね、ゼフェルの嫌いな食べ物ってなに?」
「オレ?あ〜オレは甘いものが苦手だな」

その言葉にマルセルは目を丸くする。

「え?じゃあ、僕の大好きなチェリーパイとかプリンとかもダメなの?」
「ああ、考えるだけでも吐き気がするぜ」

大げさに口をおおうゼフェルにマルセルは呆然として言った。

「知らなかった・・・ゼフェルって・・・・すっごく
だったんだね」


その後、マルセルは追い出された。



      ◇     ◇     ◇



数日後・・・マルセルは公園のベンチにいた。
犬を散歩に連れているランディと出会ったので、
やはり尋ねてみることにした。

「ランディ、あのさ、ピーマンが嫌いって・・・そんなに変なコトかな?」
「なんだい、マルセル。誰かに『変』だって言われたのかい?」
「そ、そんなんじゃないけど・・・なんか気になって」
「ふうん?まあ、変・・・ってことはないんじゃないかな。
ピーマンが嫌いな子供って多いらしいし」
「子供・・・・」
「あっ、別にマルセルが子供ってわけじゃなくてさ」
「うん・・・・」
「よくあるってことだよ。ホラ、俺だってトマトが苦手だしね」
「でも、ランディってトマトケチャップは平気だよね」
「そ、そりゃあ、トマトとトマトケチャップは違うじゃないか」
「そうかなあ」
「そうだよ!マルセルだってそうだろ?」
「僕?僕はトマトもトマトケチャップもトマトジュースもOKだよ」
「いや、そうじゃなくて〜」

ランディは唸ると、腕組みをして言った。

「ん〜と、例えばさ。マルセルは『ピーマンが嫌い』とか言ってるけど、それってピーマンの花も嫌いに入るかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「例えば、ピーマンの種とかさ」
「そ、それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

マルセルは絶句した。

「・・・・・僕・・・僕・・・か、考えたこともなかった・・・ピーマンの花なんて・・・・・・そう・・・・・だよね。ピーマンだって花が咲くから実が出来るんだ・・・」
「マルセル?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

マルセルの様子がおかしいことに気付き、ランディは声をかけた。
が、マルセルはそれに気付かずしばらく黙りこんでいたかと思うと、すっくと立った。

「マルセル?」
「ごめん、ランディ!僕、もう行くよ」

そういい残して、どこかへと駆けていった。



     ◇      ◇     ◇



数時間後、マルセルは図書館にいた。
ルヴァに頼んで、書庫の中を探してもらい、
そして1冊の本を見つけるとページを開いて見つめていた。

「これが・・・ピーマンの花・・・なんだ」

マルセルが感心したようにつぶやくと、ルヴァは微笑んで言った。

「ええ、そうですよ。マルセルは知らなかったんですか?」

ルヴァの言葉にマルセルはこくりとうなづく。

「僕・・・ピーマンが嫌いで考えることもしなかった。
こんな可愛い白い花が咲くなんて・・・」
「そうですねえ、あの緑のピーマンからはなかなか思い浮かびませんよね」
「だからかなあ・・・」
「え?」
「僕、緑の守護聖なのにピーマンが嫌いで、ピーマンの花さえ知らなかった・・・それってすごく恥ずかしい気がする・・・」
「ええ?」
「ランディも言ってた。『子供はピーマンが嫌い』だって。
僕はピーマンの一部分しか見てなかったんだもん、それって絶対恥ずかしいよね」

緑の守護聖のくせにって。
まだまだ子供なんだって。
だから、アンジェリークは笑ったんだ。

アンジェリークに子供扱いされたようで
それがマルセルをひどく落ち込ませた。
・・・ショックだった。

自分はアンジェリークよりも年下で、
でも守護聖としての誇りはもっていた。
だからこそ
アンジェリークに認められたい。

そう思っていたのに。
なのに、他愛ない一言で台無しにしてしまった。
そのことがひどく腹立たしかった。

唇を噛みしめるマルセルに、ルヴァはそっと声をかけた。

「あ〜、マルセル。あなたの事情が、そのう・・私にはよく分かりませんけどね。ただ言えることは・・・そうですねえ・・・何も守護聖だからって、サクリアに属するもの全てが好きなわけでもありませんよ。
好き嫌いがあっても・・・それが個性であり自分を形作っているわけですからね」

とそこでいったん言葉を切り、「それに・・・」と付け加えた。

「例えば・・・ですよ?今ダメなものであっても、それがいつかは平気になるかもしれない。それが、その一つ一つ得ていく過程が一番大事なコトなのではないでしょうかね」

その言葉にマルセルは顔をあげた。
見ると、ルヴァは微笑んでいる。

「でも、まあ、ピーマンは好きになった方がいいかもしれませんけどね」
「どう・・・してですか?」

複雑そうな顔でマルセルが問うと、
ルヴァはにっこりと笑って答えた。

「それはですね、栄養が豊富な素晴らしい野菜だからですよ」



     ◇     ◇     ◇



そして、今マルセルはアンジェリークの部屋にいた。
思わぬことに食事に誘われたからだった。
あんなことがあってから、足が遠のいてしまっただけに、マルセルは驚いて、そして嬉しかった。
アンジェリークがいつもと変わらない態度で声をかけてくれたので。
約束の日、ドキドキしながらマルセルが部屋に入ると、テーブルにはすでに色とりどりの料理が並べられていた。

「マルセルさま、どんどん召し上がってくださいねv」

アンジェリークの笑顔に誘われ、マルセルは席についた。
そして一口食べるや感嘆の声をあげた。

「うそ、すごくおいしい!こんなの僕、初めてだ」
「そうですか?ふふ、嬉しいな。実は今日の日のためにコックさんに新鮮な食材を買ってもらったんですよ〜」
「へえ、そうなんだ」
「そうそう、その赤と黄色のサラダはどうですか?」
「うん、甘くてさっぱりしておいしいvそれにすごく綺麗だねえ」
「でしょう?」

にこにこしながら、アンジェリークは言った。

「それ、ピーマンなんですよv正確に言うと同じ種類なんですけど。」
「ええっ?!うそっ、これが・・・ピーマン?!なんで苦くないの?!」

マルセルは思わずノドにつまらせそうになり、
慌ててコップに口をつけた。

その様子を見て、アンジェリークはプッと噴き出した。
途端、またもやマルセルの心にグサリと矢が刺さる。

一度ならず二度までも・・・
とうとうマルセルは立ち上がった。

「ア、アンジェリークってばひどいや、僕をバカにしてっ」

あまりの剣幕にアンジェリークの方が驚いて。

「え、あ・・・あのっ、違うんです、マルセルさま!
別にバカにしようとか、そういうんじゃなくて私と同じだって思っただけなんですよっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

意外な言葉に気がそがれ、マルセルはへなへなと座り込んだ。
それを見てアンジェリークはホッと胸をなでおろし、話し始めた。

「じ、実は私も小さい頃、ピーマンが大の苦手だったんです」

アンジェリークの告白に、マルセルはあんぐりと口を開けた。

「そ・・・・・・・そう・・・・・なの?」
「はい。それもやっぱり苦いのがイヤで、よく食べ残してはママに怒られてました。
でも、ピーマンは栄養がたくさんあるからって、ママがよく食事に出すんですよね」

そういえば・・・と、マルセルも思い出す。

「うん・・・うちもそうだった。だからボク嫌で嫌で、こっそりお姉ちゃんのお皿に入れてたりしてたんだ」
「ふふ、でも、ピーマンて熟すと甘いんだって分かったんです。
太陽の光をたくさん浴びたピーマンは甘くておいしくなるんだって・・・それから食べられるようになりました」
「そうなんだ・・・じゃあ、この赤いのや黄色いのは熟してるから甘いのかな」
「あ、それはまたそーいう色のピーマンで、味も甘めなんですって。
この間マルセルさまのお話を聞いて、私も懐かしくなっちゃって・・・思わず笑ってしまったんです」
「そうだったんだ・・・・」
「だからですね、決してマルセルさまのことを笑ったんじゃないんですよ」
「あ・・・うん。・・・・ごめんね、アンジェリーク」

言いながら、マルセルは顔を赤くした。
勝手に思い込んで落ち込んでいた自分がバカみたいだ。
何より、アンジェリークにひどいことを言った気がする。

「ごめんね、アンジェリーク」

もう一度言った。
アンジェリークはそんなマルセルに今度こそ笑った。

「もう、いいですよ。私もはっきり言わなかったし・・・ピーマンを食べてもらいたかったのも本当だし・・・でも誤解が解けたならいいんです」
「『ピーマンを食べて欲しかった』・・・の?」
「ええ。だって、誰でも苦手は少ない方がいいと思うんです。
それにピーマンは・・・」
「「栄養がたくさんあるから」?」

二人の声が重なった。
目を合わせ、思わず笑いがこみあげる。

「じゃあ、残りもいただきましょうvマルセルさま」
「そうだね。アンジェリーク」

その後、二人は楽しく料理をたいらげた。
よく考えたら、マルセルがピーマンを食べるのは何年ぶりのことだろう。
そう思うと、なんだか不思議な気分だった。

今回のことで、前よりピーマンが嫌いじゃなくなった。
それだけなのに、なぜだか世界が広がった気がする。



『一つ一つ得ていく過程が大事なのではないでしょうかね』

ふと、ルヴァの言葉が蘇った。



うん、そうだね。
緑のピーマンも白い花のピーマンも同じ緑の植物で。
ピーマンは赤や黄色の種類もあって。
苦いと思っていたピーマンも、
太陽の光をたくさん浴びたピーマンは甘くておいしくなるんだって。
なんだかそれって面白い。


そんなわけで、今度季節がめぐったら、
ピーマンを種から育ててみようと密かに思うマルセルだった。






Fin