〜願い〜
パタンと扉の音がして 女王の私室からロザリアが出てきたのに気づき 廊下の角で待っていたマルセルはすぐさま駆け寄った。 けれど「どうだった?」と聞くまでもなく、ロザリアはため息をついて首を振る。 「そう・・・」 マルセルもため息をついて視線をおとす。 それだけで まだアンジェリークが沈んでいるのだと、分かったから。 ◇ ◇ ◇ それは、数日前のこと――― ―――え?アンジェ・・・じゃない、陛下の様子がおかしい? それって・・・もしかして例の星のことで? ――確かに先日報告を聞いた時の陛下の様子は尋常じゃなかったけど・・・ ―うん、真っ青になって、ロザリアが付き添って退出したんだっけ ――しっかし、そんなことでいちいち落ち込んでいたらきりがねえじゃねーか ―――そんなこと言って。その星にどれだけの生態系があったと思うの。 ボールみたいにパチンと割れておしまいじゃないんだよ ――でも、星の寿命だったんだからさ、しょうがないんじゃない? ―ま、やることはやったしな・・・ ――でもこのままでいいのですか?陛下を放っておいて ―――そんなこと言って、お前は何かしてやれるのか? ――まあまあ、今回陛下がお心を痛めているのは、決して悪いことではありませんよ。 それだけ、陛下と宇宙がつながっている表れでもありますし、陛下自身の心が健やかな証拠だと私は思いますよ。 とても素直で繊細な・・・ね ―いずれにせよ、陛下ご自身で乗り越えていってもらわねばならぬことだ ――・・・・・・・・・・・・・ こんな風に守護聖たちが集まって口々に言っていたのは つまり、こういうことがあったからだ。 アンジェリークが女王に即位して初めて、ある星が一つ消えた。 それは星の寿命だった。 その星の活動を観測し続けていた王立研究院から、 「地殻変動等エネルギーの状態から最終段階である」との報告を受けて以来、 聖地は王立宇宙軍を派遣した上、早急に出来る限りの生態系を守るべく、 適合する他の星へ移送し、周囲の宇宙空間に影響のないよう最大限手を尽くした結果の、消滅だった。 星が誕生し育成することは当然ながら 死んでゆく星を見送るのも聖地に住む者の定め―― だが、今回のことで正直「女王」であるアンジェリークがこんなに落ち込むとは、誰も予想しなかった。 それは前女王から仕えている守護聖だけでなく、今回初めて女王の交代に立ち会った守護聖たちも皆、一様に戸惑っていた。 けれども結局、それは陛下の心の問題で、自分たちがどうこうできるはずもなく 首座の守護聖が言ったように、乗り越えていってもらわなければいけないこと。 とりあえず、ロザリアの話では陛下も通常の執務はこなしているようだし いずれ時間が解決してくれるだろう、そんな空気に落ち着いたのだった。 しかしその中で、緑の守護聖であるマルセルだけは、そんな風にふっきることができず 毎日ロザリアの元へアンジェリークの様子をこっそりと伺いに来ていた。 なぜならアンジェリークは女王である前に、マルセルにとってはかけがえのない存在。 まだまだ未熟な自分の想いに応えてくれたとびっきり可愛くて愛しい恋人。 あれ以来皆の前に顔を出さなくなった彼女のことが、気にならないはずがない。 「まさか、泣いているんじゃないよね?!」 マルセルが身を乗り出して問いつめると、ロザリアは苦笑した。 「いいえ、泣いてはいないわ。少なくともわたくしの前では・・・だけど。 でも、どう見てもあれはカラ元気ね。ふとした拍子に見せる表情が苦しそうだもの。 その表情を見てしまうと、わたくし、なんて言ったらいいか・・・ ・・・たしかに他の守護聖の言うことも一理あるわ。いつまでもメソメソしてるなんて女王にあるまじき態度よ。だから本当はビシッと言ってやりたいところなのだけれど・・・でも、きっとあの子だって自分でもわかっているのよね。ただ、まだ心の整理がつかないだけ・・・」 「そう、だよね・・・」 痛々しく笑むアンジェリークを想像し、マルセルもまた心をを痛めた。 あれからアンジェリークのことが心配で心配で、できる事ならすぐにでも会いたいし傍にいたい。 そう思っていたのに、実際に彼女に会うことができなかったのは 彼女が女王だからということは別として、マルセルの中に迷いがあったからだ。 (アンジェリークに会って、なんて声をかけたらいいんだろう?) 傷心の彼女を慰めるには正直今のマルセルには自信がなかった。 最年少で他の守護聖に比べれば経験も少ない自分に 女王としての彼女の責務にいったい何を言えるというのだろう。 もしも彼女を慰めるとしたら、むしろルヴァさまのほうが適任ではないだろうか。 もしも、彼女を叱咤激励できるとしたら、ジュリアスさまのほうが適任ではないだろうか。 そう思うと、自分が出る幕ではないような気がした。 けれど。 『お前は何かしてやれるのか?』 守護聖たちで話していたあの時、その言葉を直接向けられたのは自分ではなかったけれど、 まるで自分に言われたように、その言葉はマルセルの胸に深く突き刺さった。 僕に何が出来る? そう考えたら 『しようがないんじゃない?』って言われたって 『ご自身で乗り越えていってもらわねば・・・』って言ったって。 確かにそうかもしれないけれど みんな「女王だから」って言うけれど きっと、僕だけはアンジェをそんな風に言っちゃダメなんだ。 アンジェリークを想う気持ちは誰にも負けないと それは以前自分に誓ったことだから。 そう悟ったマルセルはぎゅっとこぶしを握り締めて、顔をあげると言った。 「僕・・・アンジェに会いたい。だからお願いがあるんだ、ロザリア」 マルセルの強い瞳に、ロザリアは笑みを浮かべながら頷いた。 ◇ ◇ ◇ ゴロゴロ・・・カチャカチャ・・・ かすかに音をたてて、廊下を茶器の乗ったカートが移動してゆく。 その先には、アンジェリークの私室があった。 本来ならば、周辺では護衛の騎士や世話係の者が立っているはずだが 今日はロザリアの計らいで一時的に人払いされているためか 誰もいない廊下はやけに静かだった。 そんな中、マルセルは扉の前で息をつくと 腕をあげ、軽くノックした。 すると、少し間をおいて中から懐かしいアンジェリークの声がした。 「どうぞ、ロザリアでしょう?」 (ブ〜、はずれ) マルセルはそう言ってしまいそうになるのをこらえて 「ごめんね、ロザリアじゃなくて・・・ 。僕だよ。アンジェリーク」 そう言いながら扉を開けた。 案の定、驚きに目を丸くしているアンジェリークを目にして マルセルは可笑しく思いながらも安堵した。 (よかった・・・思ったより元気そう) けれど、アンジェが驚くのも無理はなかった。 なぜなら、彼女はマルセルのことなど、何も知らされていなかったのだから。 ロザリアには、ただアンジェと会う時間を作ってほしいと頼んだだけ。 もし最初から自分がやってくる、なんてわかっていれば きっとアンジェは身構えてしまい、無理に笑う気がした。 それとも、もしかしたら会うことすら拒否したかもしれない。 そう考えたから、マルセルはあえて突然の訪問という形を試みたのだ。 案の定、ポカンとするアンジェを尻目にカートを押して入ると、 マルセルは早速準備してきた茶器とお菓子、それに綺麗な花をテーブルに並べはじめた。 その手際のよさに、アンジェリークは声をかけることも忘れ ハッと我に返った時には、すでに椅子を引かれて、飾られたテーブルの前に座らされていた。 「ええっと・・・マルセル。これはいったいなんなの??」 すると、マルセルは手際よくお茶をいれながら答えた。 「うん、突然だけど、アンジェとお茶会をしようと思って」 「お茶会?」 「うん、僕と二人だけでね」 「え?・・・・ふ、二人だけ・・・?」 「うん。あ、もちろん、ちゃんとロザリアの了承はもらっているから安心して?」 「え、あの、それは・・・うん・・・だけど・・・」 戸惑ったようにおろおろと視線を動かすアンジェリークに くすりと笑いながらマルセルはカップを勧めた。 「お茶が冷めるよ。飲んでみて?」 「え・・あ・・・ありがとう・・・」 言われるまま、アンジェリークはそっとカップに口をつける。 そうしてひと口含み、こくりと飲むと、ほうっと息をもらした。 「・・・あ、美味しい・・・」 「ほんと?よかったぁ・・・」 胸をなでおろしたように、マルセルがにっこりと笑いかけると 視線をあげたアンジェリークは (そういえば、こうやってマルセルに会うのも久しぶりなんだわ・・・) と、たった今気づいたようにマルセルを見つめた。 「どうかした?」 視線に気づきマルセルが尋ねると、アンジェリークは慌てて首を振った。 「な、なんでもない」 「そう?・・・ならいいけど・・・」 「なんでもないけど・・・」 「うん」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 アンジェリークは何か言いたそうにしていたが マルセルは必要以上に問い詰めなかった。 ただ最初よりも明らかにゆったりとした様子が見られて 少し肩の力を抜いたような、そんなアンジェリークに マルセルは内心ホッと息をついた。 今、アンジェリークが何を思っているかわからないけれど 「こういう空気っていいな・・・」とマルセルは思う。 ただ静かにお茶を飲んでいるだけなのに、気詰まりもなく。 誰かが言っていたけど、好きな人と一緒にいるだけでいいっていう意味が、わかる気がした。 カチャカチャという茶器の音と、お茶を飲む音、 そして小さな可愛い吐息が部屋に響いて。 (ああ、アンジェリークがそばにいるんだ・・・) こんなに近くで話すなんて、いつ以来だろう。 そう思うと、何のために自分が来たのか忘れてしまうぐらい、しみじみと感じ入ってしまって。 思わず、マルセルは 「会いたかったよ、アンジェリーク」 と、口にしていた。 なぜこの言葉を最初に言わなかったんだろう。 それはたぶん、自分のほうから気持ちを押し付けたくなかったからだ。 いつもならざるアンジェリークの心を気遣って。 しかし今、つい言葉が出てしまった。 思わず手を口に当てたマルセルだったが うろたえたのはマルセルだけではなかった。 その言葉を聞いた瞬間―― アンジェリークの体はピクリと震え、その瞳からは見る見るうちに涙があふれた。 (ええっ!?) 驚いたマルセルは慌てて席を立ち、アンジェリークの傍にひざをつく。 うつむいたアンジェリークは、小刻みに震え まるで心の底からわきあがるように嗚咽しはじめた。 「どうかしたの?アンジェ」 ためらいながら、マルセルがそう言うと アンジェリークはふるふると首を振り、声を絞り出した。 「わ、私も・・・ずっと・・・貴方に・・・会いたかった・・・の・・・っ」 ――それが言いたかった そう言って堰を切ったように泣き始めたアンジェリークの背中を マルセルは頷きながらさすり続けていた。 泣き止んだアンジェリークは、 ずっと心に溜め込んでいたものを吐き出しているようだった。 そして、マルセルはそんな彼女の言葉を黙って聞いていた。 「ずっとマルセルには会いたかった。話を聞いてほしかった。 でも、この気持ちをなんて言ったらいいのかわからなくて。 怖くて心細くて・・・。あの星が消滅したとき。とにかく感じたのはすごい大きな喪失感だったの・・・ 星の最期を・・・あんなにはっきりと感じとれるなんて・・・私知らなかった・・・」 「うん・・・」 驚く様子もなく頷くマルセルに、アンジェリークはふと顔をあげた。 「守護聖も・・・感じるの・・・?」 「ちょっとだけ・・・かな。たぶん、アンジェほどじゃない・・・と思うけど」 「そう・・・」 「・・・・・・」 「みんなに心配かけてるって、それはわかってるのに。 どうしてもあの喪失感を思い出すと、胸がギュッと絞られるみたいに苦しくなって・・・怖かった・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「でも、一方で星の一生を見守ることの重さっていうのかな・・・ 先の女王陛下ってすごかったんだって改めて思ったわ だって、たった1つの星を守るだけじゃなくて たくさんの星が集まった宇宙を守ろうと力を尽くしたんだもの」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・だから思ったんだけど、たぶん、陛下が顔を隠していたのは、心の動揺を見せたくなかったからじゃないのかしら。 いつでも凛とした態度で勤められるように、落ち込んで皆に心配をかけさせないように、 陛下はきっと見えないところで頑張ってらしたんだわ」 「・・・・・・・・・・」 「それに比べて私ったら・・・みんなの前で狼狽して、挙句の果てに引きこもって・・・ 本当に情けなくて・・・。 ホントに・・・私、こんな調子で先の陛下みたいに出来るのかしら・・・?って、そのことでも落ち込んでしまったの」 そこまで話し、マルセルをうかがう様にアンジェリークが視線をあげると 自分を見ているはずのマルセルの顔を見て、眉根を寄せた。 「・・・どうして笑っているの?」 そう、マルセルはアンジェリークを見つめながら口元を緩め、笑みを浮かべていたのだ。 「ひどいわ、マルセルったら。貴方だから正直に言ったのに!」 言わなければよかった! 真っ赤になって憤慨するアンジェの瞳が、再び涙であふれる直前、 マルセルは慌てて否定した。 「ち、違うよ。アンジェ、誤解しないで?! 馬鹿にしたんじゃないよ、君がすごく可愛いかったからつい・・・」 「もうっ!!ごまかさないで!」 「ごまかしてなんかないよ、本当にそう思ったんだ」 「嘘・・・!」 「本当だよ。君はまっすぐに人を見つめることが出来るもの。ごまかすことなんてできないよ。 第一、僕さっき言ったよね。君に『会いたかった』って。 久しぶりにあった恋人が、一生懸命役目を果たそうとしている行為を、 好ましく思うことはあっても、馬鹿になんか絶対しない。 君だって逆の立場だったらわかるでしょ?」 そう諭され、アンジェリークは力なく瞳を伏せた。 「ご、ごめんなさい・・・マルセル。私、やっぱりどうかしてる・・・」 今度は別の意味で落ち込みそうなアンジェに、 マルセルは苦笑をしながら首を振った。 「ううん、僕は平気だよ。でも、アンジェはちょっとガスが抜けたんじゃないかな」 「え?」 「あれだけたくさんため込んでいたんだから、無理もないけれど・・・ でもね、君が先の女王陛下のように出来るかって問われれば、 僕は・・・・『出来ない』と思う」 きっぱりと言い切ったマルセルの言葉に アンジェリークは明らかに落胆の表情を浮かべた。 「ど、どうして・・・って、聞いてもいい?」 縋り付くような目をするアンジェリークに、 マルセルはいたずらっぽく微笑んだ。 「だって、アンジェは先の陛下じゃないし。経験値も違うでしょ? 第一、僕は先の陛下みたいに君に顔を隠して欲しくない。 だって、そんなことをしたらせっかくのアンジェの笑顔が見れないもの。 きっと、他のみんなも反対すると思うよ?みんな君の笑顔が好きなのに」 「・・・・・・」 マルセルはそっとアンジェリークの肩を抱き、言い聞かせるように告げる。 「・・・いい?アンジェは、先の陛下とは違う。アンジェはアンジェだよね。 受け取り方も価値観も行動も違って当然だと僕は思う。 先の女王陛下に憧れるのはいいけど、目指す必要はないんだ。 一緒のことが出来なくったっていいよ。立派に振る舞わなくてもいい。 だって、まだ即位したばかりじゃないか。 普通の人だって、初めて仕事をする時には戸惑いも失敗もある。 ましてや、君は宇宙でただ一人の女王だもの。予想もつかないことだってあると思う。 だから、少しずつできることから始めよう? 時には落ち込むことだってあるよ。僕だって・・・ずっとそうだった」 「マルセルも?」 「当たり前だよ!僕は君より、その・・・年下で聖地に来たわけだし・・・ 今だって一番のみそっかすだし・・・自信もないし・・・失敗して落ち込むことだって多いよ。 今回のことだって、どうやってアンジェに声をかけようか本当に悩んだんだから・・・ ・・・・だけど、忘れちゃいけないのは、宇宙はそれでも生きてるんだってことだよ。 消えてゆく星も、これから生まれる星も、僕たちは見ていく義務がある。 星たちは君の力を、僕たちの力をずっと待ってるんだから」 僕たちみんな、君を待ってるから 生まれてくる星もみんな君を待っている その言葉に、アンジェリークはぎゅっと手を握り締めた。 瞳にはすでに強い光が宿っていて。 「ありがとう、マルセル。私――」 と、顔をあげたその時。 「あ・・・」 「え?」 アンジェリークが急に胸を押さえた。 「どうしたの!?アンジェリーク」 「マルセル、今・・・なんだか宇宙のサクリアが・・・」 「え・・・?・・・あ!」 ドクンと大きく胸が鳴った。 そして、じんわりと広がるこの温かさは・・・ 「これってもしかして・・・・」 顔を見合すアンジェリークとマルセルの耳に 部屋の外から、慌てた様子のロザリアの声が響いた。 「お寛ぎ中、失礼いたしますわ。 陛下、ただ今、王立研究院から急遽ご報告が・・・」 (ああ・・・やっぱり!!) マルセルとアンジェリークは思わず手を取り合った。 やはり、あの鼓動は―― 新しい星の産声だったのだ。 ◇ ◇ ◇ そうして今、9人の守護聖たちは久方ぶりに「星の間」にそろっていた。 それは新しい星への祝福―――そして。 守護聖の首座であり、光の守護聖ジュアリスが片手をあげながら厳かに口にした。 「我が宇宙に、新たなる星が誕生した。幼き星の生命が健やかに育むよう・・・」 その声に合わせて、守護聖たちの体がサクリアに包まれて次第に光りだし まずは光の言葉が寿ぐ。 「女王陛下の願いにより、我が司る、光のもたらす『誇り』を贈ろう。 新たなる命が、地に立つための礎となるように」 それに続くのは、闇―― 「女王陛下の願いにより、我が闇がもたらす『やすらぎ』をかの地に贈ろう。 新たなる命の、健やかな眠りが癒しとなるよう」 そして、風―― 「女王陛下の願いにのせて、新たなる命の確かな一歩となるように。 風の力よ、『勇気』を運べ!」 水―― 「女王陛下の望みのままに、かの地を潤し、穏やかな日々が続くよう 水のもたらす『優しさ』を贈りましょう」 炎―― 「女王陛下の望みのままに、俺の炎の力で『強さ』を与えてやるぜ。 どんな困難にもあきらめない強さをな」 緑―― 「女王陛下の望みどおりに、緑の『豊かさ』をあの星に贈るよ。 みんなの心に幸せが満ちるように」 鋼―― 「しょーがねーから女王陛下の言うとおり、あの星に鋼の『器用さ』を贈っておくぜ。 たとえどんなに壊れても、再び自分の手で戻せるように」 夢―― 「じゃ、女王陛下の望みどおり、夢のもたらす『美しさ』を贈っちゃうよv 心に映し出す夢の美しさが日々の糧となるように、ね」 そして最後に、地―― 「あ〜、女王陛下の望みどおり、どんな状況に陥っても、生きる知恵をなくさないよう 地の『知恵』をかの地に贈ることにします」 そうして9つの言葉が響き渡った途端、 部屋中眩しい光があふれたかと思うと 聖地の中心から宇宙へと、まるで虹のようにサクリアが放たれた。 まさに光の速さで、広大な宇宙にサクリアが波のように広がってゆく。 その様を、アンジェリークは嬉しそうに、ロザリアと並んで見つめていた。 「ありがとう、みんな。きっと住みやすい豊かな美しい星になるわ」 「ふふっ、みんないつもより力がこもっている気がしますわ。さすが、陛下の『お願い』ですこと」 ロザリアが茶化すようにそう言うと、 アンジェリークは笑いながら首を振った。 「あら、ロザリア。それは違うわ。 それはみんなの、心からの『願い』だからよ。ねえ、みんな?」 そう言って、アンジェリークが守護聖たちを見渡すと、 それぞれ複雑そうな、とでもいおうか、あるいは照れくさそうな顔をしながらも頷いていた。 たくさんの、笑顔と愛に包まれた 新しい息吹が、この宇宙に満ちますように・・・ それは紛れもない、みんなの願いだった。 ◇ ◇ ◇ 新しい命の息吹に祝福を与えたあと 守護聖たちが、各自が持ち場に戻っていく中 執務室へ戻ろうとしていたマルセルは、アンジェリークに呼び止められた。 「どうしたの?」 人目を憚って小さな声で問いかけたマルセルに アンジェリークはコホンと軽く咳払いして向かい合った。 「あのねマルセル。 私、きっとこれから何度も落ち込むことがあると思うの。 思い出して泣くこともたくさんあると思う。 もしかしたら、ずっと先には辛かったことも、いつのまにか慣れてしまうのかもしれない。 だけど、それまで私、我慢しないことにしたの」 「え?」 目を丸くするマルセルに、アンジェリークは言葉を続ける。 「だって女王である前に、私は一人の人間だもの。 よく考えたら喜怒哀楽を表すのは、別に恥ずかしいことでも情けないことでもないんだって開き直ったの」 「・・・・・」 「ただし、それは貴方の前だけよ」 「え・・・」 「だからね、泣きたいときは我慢せず貴方に会うわ。 だから、先に言っておくわね。ずっと心配してくれてありがとう。これからもよろしくねv」 そう言って、アンジェリークは両手でキュッとマルセルの手を握ると にっこり笑いながらドレスの裾をひるがえして立ち去った。 残されたマルセルは、呆然としながらも 「もう、アンジェリークってば・・・」 あんなに心配していたのはなんだったんだろう? そう、思わないでもなかったが、 それでも恋人の欲目もあり、「自分だけ」と言われては嬉しくないわけがない。 握られた手のひらを見つめながら、 顔が緩むのを抑えられないマルセルだった。 ――君の平安、君の宇宙 君との時間が何よりも愛しくて。 できることなら、命ある限り見守リ続けたい それが僕の、大いなる願い―― |
Fin |
2012.3.13(原案作成)
2013.08.17(推敲完了)