〜涙が止まらない〜




時折思い浮かぶのは、あの人の横顔。
端正な顔の孤高の芸術家。
気がつくと、彼はいつもどこかを見ていた。

それに気がついたのはいつからだろうか。

挨拶をしても、声をかけても
慇懃無礼な言葉だけが返ってきて
私の目を見ようともせず
彼は視線をそらした。

そう、彼が私を真正面から見ていたのは、出会ったばかりの頃だけだった。
あの頃はまっすぐな視線で面白そうに私を見つめていたのに。
それを私が心地よく思ったこともウソじゃないのに。

いつのまにかどうして
変わってしまったのだろう?

何か彼の機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか?
それとも何か不満があるのだろうか?

そんな私の懸念も
「そんなはずはないでしょう」
「陛下が気にすることではありません」
そう言って、誰もとりあってはくれなかった。

そう…なのかしら?
じゃあ、どうして私を避けているような気がするの?

気になって、気になって。
だから、私は彼をつかまえて直接聞いてみた。

そうしたら
「気のせいではありませんか?」
彼は笑ってそう言った。

いつものように、態度は丁寧で。
けれど、本当はトゲを隠した言葉で。

「おかしなことを言いますね。
 どうしてそんなことを思うのか、僕にはわからないな」

首をかしげながら笑って否定していたけれど
私はその美しい顔が一瞬歪んだことを見逃さなかった。
そうして、すぐに背を向けた彼がつぶやいた言葉も
聞き逃がすことはしなかった。

「あなたを嫌う?まさか・・・
ジョオウヘイカは誰からも愛される存在なのに?
お声をかけてくださるだけで光栄、ですよ」

それを聞いた途端、ウソだと思った。
本当は彼は私のことが嫌いなのだ。

そう思ったら悲しくてショックで
そう思う自分があさましくて・・・
一人涙がこぼれた。

人に嫌われるのは辛い。

誰かが自分を嫌ってる、なんてあってもおかしくないのに
「誰からも好かれたい」なんて
欲張りなの?
それとも思い上がり?

そう思いながらも
私は傷つきたくなくて
いつしか彼に近づこうとはしなかった。

私の周りには私を愛してくれる人がたくさんいたから
彼が私を見なくても
それでもかまわない…そう思っていた。




    ◇    ◇    ◇




けれど
本当はそうじゃなかった。

彼は私のことを好いてくれていた。
私は気づかなかった。
いいえ、たぶん気づくのが怖かった。

だから、一線を引いてしまったのは
彼ではなく私の方だったかもしれない。

彼が私を好き。

それをはっきりと知ったのは彼が役目を終え聖地を去る日のこと。
女王として
別れを告げる私を不意に引き寄せ
耳元で彼は告げたのだ。

「本当はあなたが好きだった」と―

どうして今、という驚愕の思いと
だったらなぜ?という戸惑いが一瞬交錯したけれど

どちらにしても
彼の想いに応えることはできなかったから
私は小さく「ごめんなさい」とつぶやいた。

「…わかってる。
 女王だから、じゃない。
 あなたが他の人を想っていたから――」

そう言って彼は小さく笑い、そっと離れた。
私より年上のくせして
傷ついた小さな子供のように背を向け
一度も振り返らずに去っていってしまった、あの人。

――ごめんなさい、セイラン。

私は涙さえ出なかった。




      ◇    ◇    ◇




初めて出会った時
ただの少女に見えたその人は
宇宙を司る女王陛下だった。

広大な宇宙を司っている?
無邪気な笑顔で気さくに話しかける金髪のあの少女が?
・・・とても信じられない。

そう思いながらも、
彼女の人柄に触れるたび、僕は惹かれずにはいられなかった。
もちろん同じ聖地にいてもめったに会うことはない。
けれど、数少ない機会にさえ常識を超えた言動に
正直心を奪われて。
楽しくて、胸が躍ることもたびたびあった。


だけど…いつからだろう?

彼女の周りにいる守護聖という存在を羨ましく思うようになったのは。
彼女のそばに当然のごとく立っている彼らに強い嫉妬を感じるようになったのは。
彼女の女王候補時代を知っている彼らが
これからも一緒にいられるであろう彼らが
無性に羨ましいと感じる自分がいて。

ああ、もっと早く君に会いたかった……!

そう思わずにはいられないほど心の中には焦燥感が広がっていった。
僕のほうをを見ない
彼女の視線の先に気づいてからはなおさらだった。


そうして、僕は
いつのまにか彼女を避けるようになった。
彼女の姿を見ているだけで幸福だ…なんて思う余裕もなく
ただ、彼女にひどいことを言ってしまいそうで
どうしようもなく…怖かった。

もちろん彼女は何も悪くない。
悪いのは一方的に懸想しているこの僕だ。


新しい宇宙の女王試験が無事終わり
僕は心底ホッとした。
この聖地から去ることが出来る。
この狂おしい想いから解放される。
そう思いながらその日を待った。

そうして
伝えるつもりはなかったけれど
彼女が最後に僕の手をとって別れの挨拶をしたその時。
突然大きな喪失感に襲われた僕は
あろうことか彼女を抱き寄せ
そして告げるつもりのない言葉を告げてしまった。

「あなたが好きだった――」

言えばあなたが困ることを知っていてなお
最後に記憶してほしかったのだと今では思う。
周りのものが騒ぎ立てることも快感だったのかもしれない。
もう、会うことはないだろうと
そう思いながら。
最後に僕は彼女たちに意地悪をしたかったのだ。




      ◇    ◇    ◇





それなのに

時が過ぎ
再び聖地に訪れることになった僕は。

甘くて苦い思いを胸に抱いていたはずなのに


「また…会ったわね。セイラン」


今なお微笑むあなたを見た途端―
挨拶も、何もかも忘れて頭が真っ白になった。

揺れる金色の髪、広がる翼――



「僕は……もう……
   ……会えないと思っ……
             …っ…」


胸が熱くなり、言葉にならない僕を
見つめながらあなたは壇上から静かにおりて
小刻みに震える僕の手を
そっと握ってくれた。

温かいその手を、僕は振り払うこともできず
再び彼女の瞳に囚われていた。






ああ、もう・・・っ




忘れようとしたのに。




長い間、忘れようとしたのに。




残酷なほど相変わらずな、君――




声を殺しながら
僕はもう

溢れる涙をおさえることはできなかった。




Fin











2009.2.6UP