可愛い人




(今日も緑のサクリアを送っていただかなくては)

そう思いながら、足早にマルセルの執務室へ向かったロザリアは
扉の前で立ち止まり、身だしなみを確認すると
息を小さく吐いて、扉をノックしようと腕をあげた。

と、その時。

「あら、ロザリア。あなたもマルセルさまにご用なの?」
「!?」

扉が開いて、中から出てきたのはもう一人の女王候補――アンジェリークだ。
最近何かとここでバッタリ会うことが多い。
ロザリアはピクリとするこめかみをおさえて返事をする。

「もちろん。用がなくてはお邪魔なんかしませんわ」

その険のある言葉にもアンジェリークはいっこうに気にした風もなく
「それもそうよね」と笑った。
「じゃあ、私の用事はもう終わったから。またね、ロザリア」

そう言ってアンジェリークは、足取り軽く駆けてゆく。
それを見送るロザリアは思わず、唇をかみしめた。

(全くあのコってば・・・油断も隙もないんだから!)

そうは思うものの、今はそんなことにかまってはいられない。
気を取り直して背筋を伸ばすと、ロザリアは今度こそノックした。

「ごきげんよう、マルセルさま」

ロザリアが軽く一礼して部屋に入ると、
マルセルが笑顔で出迎えた。

「嬉しいな、今日も来てくれたんだね、ロザリア。それで今日は何の用事?」
「はい、フェリシアにサクリアをたくさん贈っていただきたいのですけれど」
「わかった。たくさん・・・だね」
「ええ、それではマルセルさま。よろしくお願いしますわ」

要件だけ言って、ロザリアが帰ろうとすると
「ちょっと待って、ロザリア」
マルセルが駆けより、ロザリアの手を取った。

「マルセルさま?」
驚いて、一瞬身を引いてしまったロザリアに、マルセルはハッとしたように手を離す。
「あ、ごめんね。ロザリア、呼びとめちゃって」
「いいえ?でも、何か?」


動揺を抑えながら、ロザリアが首をかしげると
「うん、僕、もっと君とおしゃべりしたいんだけど。時間・・・あるかな」
「え?・・・ええ、かまいませんけど」
「よかった〜!だって僕、ロザリアのことが大好きなんだもん!」

にっこり笑ってそう言われ、ロザリアは一拍をおいて真っ赤になった。

その笑顔といったら!!

瞬間、ロザリアの胸がキュン・・・となった。

(ど、どうしたのかしら、わたくし)


どきどき
        どきどき
                どきどき


急に動悸が激しくなり、思わず胸を押さえたロザリアは
その後、何をしゃべったのかろくに覚えていなかった。




         
 ◇        ◇        ◇




守護聖の中で一番若いマルセルさまは。
年下で、末っ子だったせいか、年の割に子供っぽいとこもおありで
正直、お子様なんて・・・と思っていたのに。
わたくしのように美人で賢く完璧な女王候補は近寄りがたいだろうと思っていたのに
マルセル様は驚くほど無邪気に微笑みかけて声をかけてくださって。
いつのまにか「なんて可愛い方なのかしら」と思うまでになっていた。

(おまじないが効きすぎたかしら)
と、ロザリアは思わず考え込む。

そもそも女王試験には守護聖たちの協力が不可欠で
日ごろからコミュニケーションをとっていないと、いざという時に助力を得られない。

けれど、その守護聖たちは個性豊かな方ばかりで、なかなか公平につきあうことは難しい。
なかでも、ロザリアはマルセルとの相性が最低最悪で、どうしたものかと思い
マルセルと一番仲のいいランディを見かけては、「マルセルさまと仲良くなりたい」と『お願い』をして
占いの館では相性がよくなるように連日おまじないに通い、
そうした努力の結果、ようやくマルセルとの相性が最高となった今。

マルセルの笑顔がまぶしくて仕方がない。

(この、わたくしがうろたえるなんて・・・)

だが、今のロザリアを惑わす問題はそれだけではなかった。
それは、ライバルのアンジェリークの行動だ。
たしかに、アンジェリークとマルセルは元々相性がいいらしく、最初から仲がよいように見えた。
けれど、その後の占いで確認したところ、アンジェリークとマルセルとの相性がさらにアップし
なんとロザリアと同じ最高まであがっていたのだ。

しかも、それだけではない。
ロザリアはここのところ毎日、マルセルの元へ訪れているはずなのに
翌朝『親密度』を占ってもらうと、きまって少し下がっているのだ。
(おかしいですわ・・・)
そう思っていると、今朝のように執務室でアンジェリークとバッタリ会うことが多くなり、
どうやらアンジェリークもマルセルの元へ通っているらしいことがわかってきた。
それも一度や二度ではない。しかも連日のフェリシアへの「妨害」も半端ではなかった。
恐るべし、アンジェリーク。
そんなわけで、今やロザリアにとっては気の抜けない毎日なのだった。

(女王候補として完璧なこのわたくしが
こんな不毛なことを何日も繰り返しているなんてっ!)

ガクリと肩を落とすロザリアだったが、
なぜそこまで自分がマルセルに固執しているのか、実は全く自覚していなかった。


そんなロザリアらしからぬ彼女を案じて、ばあやがそっと声をかけた。

「お嬢様、たまには気分転換にお出かけしてはいかがですか?」

その声にロザリアはハッと顔をあげた。

「そ、そうね。確かにこんないい天気の日に部屋で悶々としているなんて、わたくしに似合わないわね。
ばあや、わたくし、公園へ出かけます」

そう言ってロザリアはすっくと立ち上がった。


「いってらっしゃいまし」

と、ばあやに見送られ、公園へ出かけたロザリアは
久しぶりに開放感をかみ締めていた。

「たまには、こうやってブラブラするのもいいものね」

ベンチに座って風に吹かれていると、あまりの気持ちよさに眠くなる。

そんな時「あら、ロザリア」と聞きなれた声がして。
ハッと我に返ると、アンジェリークがにっこり笑いながら顔を覗き込んでいた。

「ロザリアがこんなところで一人でくつろいでいるなんて、珍しいわね」

(どうしてこんなところまで、このコと会うのかしら)
などと思いながら、ロザリアはプイと横を向く。

「べ、別にくつろいでいたわけではありませんわ」
「そうなの?とても気持ちよさそうだったのに」
「わたくし、今日は飛空都市の施設をけ、見学してるんですわ!」
「そうなんだ。じゃあ、あそこのお店には行った?」
「お店?」
「そう、時々公園で開かれる移動式のお店なんだそうよ。
そこで自分の必要なものがなんでも買えるんですって。
守護聖さまへの贈り物だって。私もホラ、1つ買っちゃったv」

見ると、アンジェリークの手には綺麗な花柄の紙袋が握られていて
一瞬ロザリアはドキリとした。

「そ、それはどなたかに差し上げるのかしら?」
さりげなくロザリアが問うと、
「うふふ、内緒」
「なんですって?」
「ほらほら、ロザリアも早く行かないと、いい品物が売り切れちゃうわよ」
言うだけ言って去っていくアンジェリークを、ロザリアは唖然として見ていた。

(なんなのよ、あのコってば。調子狂うわね。守護聖さまに贈り物ですって?
そんな賄賂のようなものをわたくしが贈れると思うの?)

けれど、ふとロザリアの脳裏に浮かんだのは
『うわ〜!?これ、僕にくれるの!?すっごく嬉しいな。ありがとう!ロザリア』
という無邪気な笑顔。

顔を赤らめながらも、それを即座に打ち消して
「わ、わたくしは見学に行くのよ、それだけよ」
とブツブツ自分に言い聞かせながら、ロザリアは店に向かって歩き出していた。


「お嬢様、いかがでした?」

館に戻ったロザリアは、ばあやに声をかけられたが、ろくに返事もせずに自室へ直行した。
扉を閉めると、ロザリアはペタンと座り込み、
そして、抱え込んだ紙袋をあらためて眺めるや、ぷるぷると体を震わす。

(か、か、か、買ってしまいましたわ・・・!
わたくし、そんなつもりじゃなかったのにっ)

これが俗に言う「衝動買い」というものだろうか。
ロザリアの人生で初めてかもしれない。

自分の行動に戸惑いながらも
せっかく買ったのだから、これは渡さなくては意味がない。

(よ、喜んでくれるかしら?)

想像するだけでドキドキする。
けれど、不思議と胸が温かくて。
その日は緊張のあまり、とても眠れそうになかった。




       
  ◇       ◇       ◇




次の朝、案の定ロザリアは寝不足だった。
そのおかげで、朝から頭がぼうっとしている。
しかも鏡に映る自分の顔はいつもより明らかに眠そうで、ロザリアは思わず「んまあ」と声をもらした。

(こ、こんな顔、あの方に見せられませんわ)

そうは思うものの、またアンジェリークに先を越されてはかなわない。

(もしかしたら、アンジェリークもプレゼントを渡すかもしれないもの。
やはり、今日じゅうにアレを渡さなくては)

そう思い直し、気合いを入れて支度を整えると、ロザリアは大事な紙袋を持って執務室へ向かった。

(あくまでもついでよ、つ・い・で。
まずは育成をお願いして、それからさりげなく・・・ですわ!)

頭の中で何度もおさらいをしながら、足早に歩いていたせいだろうか。

「わぁ!」
「キャッ!」


廊下の曲がり角で、出会いがしらに誰かとぶつかってしまい
気がつくと、ロザリアは転倒していた。

「だ、だいじょうぶかい!?」
「え、ええ。大丈夫・・・ですわ」

額を押さえながらロザリアは答える。
見上げると、風の守護聖ランディが緊迫した顔で覗き込んでいた。

「ごめんロザリア!俺、うっかりしてて・・・まさか君、頭でも打ったのかい?」
「いえ・・・ちょっとめまいがしただけ・・・って。え?ランディさま!?」

ロザリアが言い終わらないうちに、体を抱き上げられたかと思うと
あっという間にランディは走り出していた。


そうして半時後――

「なあんだ、寝不足だったのか・・・」
ランディはホッとしながらも頭を掻いていた。

「ええ、そう説明しようと思う間もなく、こちらに連れてこられたのですわ」
「ごめん、俺、早とちりしちゃって・・・」
「いいえ、わたくしもぼんやりしていたからいけなかったのですわ」

ランディが行き着いたところは救護室だった。
そして今、ロザリアはベッドで体を起こしている。

「でも、ランディ様のおかげでここで休めましたもの、少し体がラクになりましたわ」
「そう言ってもらえると助かるよ。でも、ロザリア、君、本当に具合悪そうだったからさ。
試験も大事だろうけど、もし、時間があるならこのまま休んでいいと思うよ」
その優しい心遣いにロザリアはじんとする。
「ありがとうございます。でも、わたくし、今日はマルセル様のもとへ行かなけれ・・ば・・・」

と言いかけて、ロザリアはハッと口を押さえ、真っ青になった。
(マルセルさまへのプレゼント!)
慌てて、周りを見渡しても見当たらない。

「あ、あの!ランディ様。わたくしとぶつかった時に紙袋が落ちていませんでした?!」
「え?紙袋?」
「ええ!花柄の紙バッグなんですけれど」
「う〜ん、俺、君のことで頭がいっぱいだったから気がつかなかったけど」

突然焦り出したロザリアに、戸惑いながらランディが答えた途端
ロザリアはベッドから慌てて降りるや、救護室から飛び出した。

「あ!ロザリア!どうしたんだい!!」

背後に聞こえたランディの声もかまわず、ロザリアは駆けて行った。

そうして、ロザリアはぶつかった場所まで急いで戻ってみたが、
辺りにはそれらしいものは何一つ落ちていなかった。





         
◇      ◇      ◇





しばらく放心状態に陥っていたロザリアだったが
徐々に思考が戻ってくると、唇を噛みしめながら「いいえ」と自分に言い聞かせた。
いいえ、こんなところでなくなるはずがない。
もしかしたら単に誰かに拾われただけで、きっとどこかで保管されているはず。
そう思い返し、ロザリアは心を落ち着かせ、歩きだそうとしたその時。

「あ!ロザリア!!探してたのよっ」
と、前からアンジェリークが駆けてくるではないか。
どうして?と思う間もなく、距離が縮まっていく。

ハアハアと息をついて立ち止まったアンジェリークに、ロザリアは目を瞬かせたが
何より驚いたのが、アンジェリークが勢いよく目の前に差し出したものだ。

「はい!これ、ロザリアのでしょ?」

そう言って胸に押しつけられたのは、あのプレゼントの紙袋だった。
一瞬、見間違いではないかと思ったが、この大きさ、この重み、間違いない。

「ど、どうしてあなたが!?いえ、どこにあったの!?」
思わず詰め寄るロザリアに
アンジェリークはにっこり笑ってこう言った。

「うん、ちょうど私もマルセル様のところに行こうとしてたんだけどね。
通路の角のほうでなんか騒がしいなって思ってたら、誰かが倒れたって聞いて。
それがロザリアだって後で知ったんだけど、私が行った時にはもう誰もいなくて。
でも、これが落ちてたから拾っておいたの。きっとロザリアの大事な物だと思って」
「そ、そう・・・それは助かったわ。って、ちょっと待って。わたくしの大事な物・・・ですって?!」

ロザリアが思わず声をあげると、アンジェリークは不思議そうに首を傾けた。

「え?だって、これ、マルセルさまにあげるために、あの店で買ったものなんでしょう?」
その言葉に、ロザリアはギョっと目を見開いた。

「な、ななななんで、あなたがそんなこと知って・・・コホン!
い、いえ、あなたこそ、マルセル様に何か贈るつもりじゃなかったのかしら?」
ごまかしながらロザリアがそう言い返すと、
アンジェリークはポッと顔を赤らめながら「うふふv」と笑った。

「違うわ。私はね、ランディ様へのプレゼントを買ったの。マルセル様は全く関係ないわ」
「え・・・・ランディ様??・・・・・・・
・・・じゃ、あなたどうしてあんなに毎日マルセル様のところへ通ってるのよ」

ロザリアが眉根を寄せながらそう言うと、アンジェリークは唇に指をあてて

「ん〜、フェリシアに緑のサクリアが余ってるからちょっとぐらい『妨害』してもいいかな〜・・・とか?」
「はあ!?」
「でも、やっぱり一番の理由はロザリアを応援したかったから・・・かなv」
「どうしてそうなるのよ!!」

意味がさっぱりわからない。
ロザリアは思わず額を押さえたが、アンジェリークの次の言葉に絶句した。

「だって、ロザリア。マルセル様と仲良くなりたいんでしょう?
ランディさまに聞いたもの。だから、私もロザリアのために頑張ったのよ?」

と、無邪気ににこにこ笑うアンジェリークに、ロザリアはガクリとうなだれた。

(そ、そういえば、ランディ様に『お願い』はしてたけど、でも・・・だからって・・・
・・・っていうか、あのコ、何をどう頑張ったっていうのよ!?明らかに嫌がらせだったじゃないの)

脱力のあまりプルプル震えるロザリアを尻目に、アンジェリークは目をキラキラさせて言った。

「ロザリア、焦ったでしょ?俄然、やる気が出たでしょ?燃えたでしょ〜?
マルセル様のために必死になるロザリアって、あ〜もう、可愛いかったなあvv」
「・・・・・・・・・・・・」

それを聞いたロザリアはすでに怒りを通り越し、
もはや呆れ果てるばかりだった。


        
◇       ◇       ◇


「へえ・・・そんなことがあったんだ」
「ええ、お恥ずかしいことですけれど・・・」
真っ赤になりながらロザリアはうなづいた。

確かにアンジェリークのあの嫌がらせ、もとい、後押しがなければ、
気位の高い自分はなかなか行動を起こせなかったと今では思う。

あの後、ランディからロザリアの様子がおかしいと聞いて、駆けつけてくれたマルセルに
ロザリアは勇気を出して、プレゼントを手渡した。
中身を見たマルセルは思った通り手放しで喜んでくれて、ロザリアの心は一気に幸福感に包まれた。

そんなロザリアが贈ったプレゼントは、園芸用の可愛いスコップ。
花を育てるマルセルにはぴったりな贈り物だった。

それを手にしたマルセルは「ふふっ」と思い出したように笑う。
「マルセルさま?」
「あ、ごめんね。だって、ロザリアがこのスコップを買うところを想像したら、なんだかおかしくって」
「ま、笑い事じゃありませんわ」

頬を染めながらツンと拗ねるロザリアに、マルセルは微笑んだ。

「うん、僕のために選んでわざわざ買ってきてくれたんだよね。だからすっごく嬉しかったよ。
でもね、僕、アンジェリークの気持ちもわかる気がするんだ」
「ええ?」

意外な言葉にロザリアが見返すと、
マルセルはとびきりの笑顔でこう言った。

「だって、一生懸命なロザリアって、本当にすっごく可愛いんだもん!」
「・・・・・・!?」

可愛い人に、可愛いと言われ――
今度こそ本当に、めまいを起こして倒れそうなロザリアだった。





END








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