〜執務室にて物思う君〜
「あ〜あ・・・ 今日はこんなにいい天気なのに 部屋の中にいるのってつまらないなあ・・・」 朝から続く執務に一段落し マルセルはペンをおいて伸びをした。 「でも、アンジェリークもがんばってるんだから 僕もがんばらなきゃ・・・ね」 そう自分に言い聞かせて、再度書類に目を向けるが やっぱり気が乗らない。 しかも1人で何時間も執務室にいる、だなんて。 ふうと息を吐き、頬杖をつくと 自然と視線は窓の外へいってしまう。 そうして、いつしかマルセルは思い出していた。 ―かつて女王候補だった君。 『マルセルさまって、私より年下なのに ちゃんと守護聖さまのお仕事ができて、すごいですよね』 そう言われた時、僕は 「お仕事ができてすごい」という部分よりも 「私より年下なのに」ってところが気になって。 『守護聖は年なんか関係ないんだよ。 サクリアの兆しがあれば 年も関係なしに聖地に召されるんだから』 ジュリアスさまなんか4歳からここにいるらしいよ。 ちょっぴりムキになってそう言ったら 君は緑の大きな瞳を、さらに見開いて驚いてたっけ。 あまり知られてないだろうけど 守護聖の毎日は、執務室での事務が大半で。 だけど守護聖になったからって、すぐにそんなことができるはずもない。 だから、どの守護聖にも補佐官がついていて 幼い守護聖には仕事を教えてくれる教育係がいる。 僕の場合は、カティスさまが聖地を去るまで、僕の世話役をしてくれたんだけど。 ・・・・ カティス様のことを考えると、今でも僕はちょっぴり胸が痛い。 だって、カティス様のサクリアが衰えたから、僕にサクリアの兆しが見えたんだもの。 それはまるで、僕がカティス様の命を吸い取ったみたいで、僕は悲しかった。 なのに、カティスさまは『ばかだなあ』と笑って、僕の頭をくしゃくしゃにしてなでてくれて。それが僕はなぜだかとても嬉しかった。 だけど、一緒にいた時間は短くて、カティス様は聖地を去っていき そして僕はまだここにいる。 次の、命をつなぐように― ・・・君も・・・そうだね? だって君も、女王のサクリアをその身にもって、生まれてきたんだから。 君が「宇宙」という大きな生命を、繋いでいるんだよ。 僕よりもほんの少ししか、年が違わないのに― ねえ、僕達は稀有な存在なんだって。 人と、生きる時間の流れも違う。 聖地の1日が、外界の数年にもなることもあるんだって それを知った時、君は泣きそうな顔になっていたね。 親しい人たちとの時間の隔たり。 僕も聖地に来たばかりの頃、痛切に感じていたはずなのに ずっとここにいると、忘れてしまいそうになる、その重みを 君がやってきて思い出させてくれた。 今、この時も必死で生きている人たちがいるって。 そう思ったら、守護聖の仕事がつまらないなんて、言ってられないよね。 ・・・・・・ でもね・・・今日ぐらいは許してほしい・・・かな。 だって、今日は僕の・・・ ―と、思いにふけっていたその時 「マルセル!」 いきなり、バタン!と音がして扉が開いたものだから マルセルはギョッとして我に返った。 しかも、目の前に駆け込んできたのは― 「へっ、陛下・・・!?どうして・・・ここに!?」 ガタンと音をたてて、イスから立ち上がったマルセルに飛びついてきたのは 先ほどまで心の中で話しかけていた愛する金の髪の女王、その人だった。 「ど、どうしたんですか、陛下・・・・」 動揺を必死に押さえながら マルセルがアンジェリークを問いただすと 彼女は息を整えつつも、にっこりと笑って。 「マルセル!お誕生日おめでとう!」 と言うものだから マルセルは一瞬開いた口が塞がらなかった。 たしかに、今日は自分の誕生日(のはず)だけれど・・・ でも、どうして・・・・今?? うまく思考が働かない。 だがとりあえず、礼を言うべきだと思って。 「え・・・・・・と、あ、ありがとうございます。陛下」 とマルセルが口ごもりながら言うと アンジェリークはぷうと頬を膨らませた。 「も〜!二人きりの時は陛下なんて言わないでって言ったじゃない」 「え?だって、今は執務ちゅ・・・」 と言いかけるが、その細い人差し指で止められて。 緑の瞳はまっすぐにマルセルを見つめていた。 「だって、今日は貴方が生まれた特別な日だもの。 そりゃあ宇宙にとって守護聖の仕事は大事だろうけど 女王がこんなこと言っちゃダメなんだろうけど でも私にとっても、今日という日は特別なの。 一緒にお祝いしたいのは当たり前でしょ。 ホントは帰りまで待とうって思ってたんだけど、ダメだったわ。 だってホラ、外はこんなにいい天気なんですものv」 そう言って、アンジェリークはマルセルの手をとると 「早く早く」とせかしながら、部屋から連れ出した。 慌てたのはマルセルだ。 「あ、あの、アンジェリーク。 嬉しいけど、君はいいの?その、こんなことして・・・」 聖殿の廊下で歩みを止めずに、しどろもどろに尋ねると アンジェリークは笑った。 「いいわけないわ。だから、逃げてきたの」 なんて言うものだから 「え〜〜!?」と叫ぶマルセル。 それは1日だけの逃避行。 二人は手を繋ぎながら外へ出る。 本当にいい天気だ。 風がなんて気持ちいい。 いいのかなあ・・・とマルセルはまだ思う。 けれど 隣の彼女の笑顔を見ていたら そう思うことがちっぽけなことに思えて― ま、いいか。 後でこってりしぼられるだろうけど。 だって、今日は僕と君の特別な日・・・ 時の流れから隔離された、この聖地で 会えなかったかもしれない君と出会えた そもそもの始まり― だから。ね。 そう開き直って、繋ぐ手に力をこめた。 |
Fin |