〜僕より君のほうが先〜



―この花をあげる。


きっと君のパパとママに会えるから――


そう言って差し出された手は、とても温かくて優しくて。
そしてなぜだか懐かしい感じがした。






       ◇    ◇    ◇






ピロロロ・・・・・・・

目覚まし時計の音に気づき
夢も半ばでガバッとベッドから起き上がったアンジェリークは
時計の針を見た瞬間。悲鳴をあげた。

「キャ――――ッ!!」

(ウソウソ、どうしよう・・・!!!
今日はマルセルさまとのデートなのに寝坊しちゃうなんて、最低よーっ)

アンジェリークは慌てて支度をすると
待ち合わせのグリーン・パークへと急いだのだが。

(ハアハア・・・)

息を切らしてようやくたどり着いたその場所に、待ち人はいなかった。
きょろきょろと辺りを見渡しても見当たらない。
すでに約束の時間を30分は過ぎていたけれど。

(マルセルさまに限って、怒って帰っちゃったってことはない・・・と思うけど・・・)

でも、いない。

(マルセルさまに限って、約束を忘れてるってことはないと思うけど・・・)

どこを見ても姿がない。

(何か理由があって遅れてるとか・・・?)

しばらくその場で立ち尽くしていたが、マルセルが走って現れることはなかった。

(どうしよう・・・)

アンジェリークは不安でいっぱいになり泣きたくなった。

(このまま会えずに帰るしかないのかな・・・)

踵を返そうとしたその時、誰かに声をかけられた。

「あんた、もしかして・・・アンジェリークって名前かい?」

驚いて振り向くと、風船売りのおじさんが立っていて。
アンジェリークが頷くと、ホッとしたように笑みを浮かべて言った。

「ああ、よかった。
実はあんたが来たらと、長い金髪の男の子から伝言を頼まれていてね」

「え・・・・・?」

それを聞いて、アンジェリークは瞳を瞬かせた。




      ◇     ◇     ◇




アンジェリークが伝言で聞いた場所に急いで行くと
マルセルがベンチに座って待っていた。

「マルセルさま!」
「アンジェリーク!?」

マルセルはアンジェリークに気づくと、慌てて彼女の元に駆け寄った。
そうして二人は開口一番。

「ごめん!」「ごめんなさい!」

同時に頭を下げたものだから、おかしくて噴き出した。
そうして二人はそのままそこのベンチに座り、お互いの経緯を話し始めた。

「迷子・・・ですか?」
「うん、あそこで君を待っていたらね。
3〜4歳ぐらいの男の子がうろうろしてて、家族とはぐれちゃったみたいなんだよね。
どうしようかと迷ったんだけど、でもその子がわんわん泣くから放っておけなくて。
ここってかなり広いパークだから、やっぱり公園の案内所に連れて行ったほうがいいかなって思ったんだ。
で、その間に君とすれ違いになるといけないから、あの風船売りのおじさんに伝言を頼んだんだけど、戻るのにかなり時間がかかっちゃって・・・慌ててここに来ても君はいないし、もしかしてもう帰っちゃったんじゃないかってすっごく心配だったんだ」

「そんなこと・・・
私が寝坊して約束の時間に遅れちゃったのがそもそも悪いんです。
私こそマルセルさまに呆れられちゃったかなって、すっごく不安で・・・
でも、こうしてちゃんと会えたから本当によかった!」

アンジェリークがホッとしたように笑ってそう言うと
マルセルも頷いて微笑んだ。

「僕もね、もう少しわかりやすい場所で約束したほうがよかったかなって
今ちょっと後悔してたところ。
だって、ここって本当に大きな公園なんだもの。
迷子になる子がいるのもわかる気がするな。
だってね、あそこに妙な形のモニュメントがあるでしょ?
あれって噂によると、元々なかったのに後で作られたんだって。どうしてだかわかる?」

アンジェリークが首を振ると、マルセルは答えた。

「実はあのモニュメントはね。
公園が広すぎて自分の居場所が分かりにくいから、待ち合わせに困る人も多いらしくって、だから目印に作ったんだって」
「へえ・・・」
「で、僕さ、気づいたんだけど、そのモニュメントの周りに植えられている花って『私を見つけて』っていう花なんだよ。
意味はすごくよくわかるんだけど、この公園の中にあるっていうのがなんだかおかしくって・・・」
そう言ってマルセルはクスクスと笑った。

たしかに滑稽といえば滑稽かもしれない。
公園の管理事務所も花やモニュメントに気を回すよりも、もっと他のことを改善すればいいのに、根本的にズレている気がするのは気のせいではないだろう。
「ふふ、ホントおかしいですよね」
そう、相槌を打ったアンジェリークだったが。

(あれ・・・・?)
と、心の中で何かがひっかかった。
私を・・・見つけて・・・?

「なあに?どうかした?」
考え込むアンジェリークの顔をマルセルは覗き込む。

「あ・・・え〜と、今ちょっと小さい頃の話を思い出しちゃって」
「ふうん?どんな話?」

興味深そうに尋ねるマルセルに
アンジェリークは恥ずかしそうに「本当に他愛ない話なんですけど」と前置きをして
ゆっくりと話し始めた。


 
      ◇      ◇     ◇



あれは、いくつの時だったろうか。
まだ小さくて、一人で出かけることもできなかった頃。
祭日に家族で、にぎわう町へ買い物に出かけた時のこと。

商店街のショーウィンドウに映る可愛い人形や動くおもちゃに魅せられているうちに、気がつくと両親とはぐれていた。
右を見ても、左を見ても、知らない人ばかり。
それどころか自分の姿さえ映っていないかのように通り過ぎる人々。
幼いアンジェリークは不安と恐怖と緊張でいっぱいで、瞳に涙を浮かべ、まさに声をあげようとしたその時。
目の前に綺麗な青い花が差し出された。

「この花をあげる」

顔をあげると、そこには見知らぬ綺麗なお姉さんがいて
いつのまにか腰をかがめ視線を小さな自分にあわせて見つめていた。

「もしかして、迷子になっちゃたの?」
「・・・そう、でも大丈夫。この花はね、『私を見つけて』っていう名前なんだよ。だから、きっとパパとママに会えるから」

半信半疑でおずおずとその人から花を受け取ったアンジェリークだったが、
その時ふと、聞きなれた声が耳の中に入ってきた。
自分を呼ぶその声は・・・

「あれはパパとママ?・・・そう、よかった。
じゃあ、あそこまで一緒に行こう?」

そうして、差し出された手を、今度はしっかりと握りしめた。





「―そうして、私は無事パパとママに会えたんです。
私にとって、あれが一番最初の迷子の記憶かもしれないんですよね・・・」

アンジェリークが恥ずかしそうにそう告げると
マルセルは「そうなんだ」とつぶやいた。

小さい頃のアンジェリークって可愛かっただろうな、とか
なんだかその情景が思い浮かぶなあとか
そう思って話を聞いてはいたけれど。

「どうか、しました?」
「え?」
「だって、マルセルさま、なんだか複雑そうな顔してる」
「え?!そ、そう?」

マルセルの様子に違和感を感じて、アンジェリークは首をかしげた。
どうしたんだろう?何か気になることでもあるのかな?
・・・それとも。

「もしかして、マルセルさまも何か思い出した・・・とか?」
「え?!・・・・あ・・・うん、思い出したことは・・・あるにはあるけど」
と妙に歯切れが悪かった。

「あのぅ、さしつかえなければ・・・ですけど。
どんな話か聞いても・・・いいですか?」
さっきとは逆の会話だ。

アンジェリークがそう言うと、マルセルは一瞬言葉につまり
困ったような笑みを浮かべながらも、頷いた。

一息ついて。


「実はね、そういえば僕にも昔そういうことがあったなぁって思い出したんだ。
ただし、僕は迷子の女の子に花をあげたほうだけど」




       ◇       ◇       ◇




「え・・・・・?」

アンジェリークは耳を疑った。
マルセルは遠くを見ながら淡々と言葉を続ける。

「ちょうど休暇だったんだ。ちょうどあの街に出かけて出会って。
迷子になって泣き出しそうなその女の子に、買ったばかりの花をあげたんだ。
でも、まさかその子に『お姉さん』だと思われてたとは知らなかったから、ちょっと複雑な気分なんだけど」
「マルセルさまがあの時の・・・!?
う、嘘・・・そんな、だって年が・・・・」
「ありえないことじゃないよ」

―守護聖は時の流れが違うから―

「あ・・・・・・・・」
アンジェリークは口を押さえた。

「たしかにそんな偶然が重なるわけないって僕も思ったよ。
だけど、同じような話なんてそうたびたびあるもんじゃないし。
聞いてるうちにやっぱりあの時の女の子は君だったんだって思ったら
すごくびっくりして、怖いくらいにドキドキした。
でも、反面すごく嬉しかったのもホント」
そんなマルセルの告白に、アンジェリークはなんだか熱いものがこみあげてきて
あっという間に胸がいっぱいになった。

「・・・信じられない・・・」
「え?」
「まさかマルセルさまが小さな私を見つけて下さってたなんて・・・」
アンジェリークが感極まってそうつぶやくと
マルセルは首を振った。

「違うよ、アンジェリーク。
肝心なところは記憶が抜け落ちてるんだね」
「え?それってどういう??」

キョトンとするアンジェリークに答えず、
代わりにマルセルは立ち上がって、その手を差し出した。

「ね。そろそろ、行かない?」
「ああっ、マルセルさま、ずるいです。ちゃんと教えてください、気になりますから」
言いながら、アンジェリークはマルセルの手を取り、ギュッと握る。

それを見て、マルセルはクスリと笑った。

「だって・・・言うのがもったいなくて、言えないよ」
「ええ〜!?そんなっ!」
アンジェリークの声がパークにこだまして
マルセルの笑い声も大きくなった。










だって覚えてないんでしょう?








――あの時、僕の手を離さなかったのは君のほうなのに。










目が合った瞬間、泣きそうな顔で駆け寄ってきた小さな可愛い君。










      『ねえ、知ってる?

       ホントは君のほうが僕を先に見つけたんだよ』







Fin








2009.7.12UP