〜好き・嫌い〜




「あれ?アンジェリークじゃない?」

ルヴァの館にて。
マルセル・ランディ・ゼフェル・ルヴァの4人がお茶の時間を楽しんでいると
窓から金色の髪をした女王候補が、息せき切って走って行くのが見えた。

「やあ!アンジェリーク。どうしたんだい?」

ランディが慌てて扉を開いて声をかけると、
アンジェリークは立ち止まるや振り向き、ペコリと頭をさげた。

「あっ、こんにちは!ランディさま。
今日中にジュリアスさまに提出しなくちゃいけないレポートがあるのをすっかり忘れちゃって・・・
いっけない!もう行かなくちゃ!ごめんなさい、失礼しま〜す!!」

そう言って、アンジェリークはまた慌てて駆け出した。





          ◇    ◇    ◇




「・・・で、走ってった訳?」

つまんないの・・・とマルセルはつぶやいた。
せっかくアンジェリークと会えたのに。

「ああ、俺がそのレポートを持っていってあげようかって、
声をかけるつもりだったんだけどさ」
と、ランディは頭を掻くと、

「だっせーの!!」
とゼフェルが笑った。

「あ〜、でも、本来はアンジェリークがするべきことですからね。
できることは自分でしないとアンジェリークのためにもなりませんし・・・」
言いながらルヴァがにこやかにお茶を注ぐ。

「でもさ、アンジェリークって頑張りやさんだよね。
いつも一生懸命で可愛くて・・・
だから僕アンジェリークってだ〜い好きv」

何気に言ったマルセルのその言葉に、一同は一瞬静まり返った。

「?・・・どうしたの?みんな。僕ヘンなコト言った?」
「い、いや。うん、俺だってアンジェリークはす、好きだよ」
「お、おう。俺も・・・嫌いじゃないぜ」
「え。ええ、私も大好きですよ」

それを聞いたマルセルは
まるで自分が誉められたように嬉しくなり身を乗り出した。

「でしょ、でしょ?? アンジェリークってきっとみんなが好きになるよねえv
なんていうのかなあ?ぼくより年上なんだけど
何かしてあげたいって思っちゃうんだ。
だから、とりあえずボク休日ごとにお花をプレゼントしてるんだよv」
「へ、へえ・・・」
「そうするとね、アンジェリークはすっごく嬉しそうな顔してお礼を言ってくれるんだ。
『マルセル様、ありがとうv』って。
その時のアンジェリークはもっともっと可愛いんだ。
だから、僕も嬉しくなって思わずキスしちゃうんだよねv」

その途端、一同はブーッと一斉にお茶を吹き出した。
ゴホゴホ咳き込む者もいる。

「キ、キスゥ!?」
「おい、マルセル。それ、ホントにキスか?!
握手の間違いじゃねーだろうな!!」
「いやだなあ、ゼフェル。それぐらい分かるよ。
キ・ス・だ・よ。マシュマロみたいなほっぺだったんだーv」
「ほっ・・・ぺ」

あちこちでこっそりホッと息がもれた。

「あは・・・はは・・・」
「・・・そんなコトだろうと思ったよ」
「にしても・・・」

(お子様って、羨ましい・・・・)

しみじみそう思う一同であった。







         ◇     ◇     ◇







そうして・・・
女王試験が滞りなく過ぎていったある日のこと。
マルセルは夜間たった一人でルヴァの元を訪れた。

「どうしたんですか?マルセル」

一目見て憂い顔のマルセルに、
ルヴァはそっと館に招き入れた。

「さあ、どうぞ。これを飲むと落ち着きますよ」

リュミエールからもらったハーブティーを
マルセルの前に差し出した。

カチャリと音をたてて、マルセルは口をつけると、
ふう〜っと息をついた。

「さあ、マルセル。話してくれますね?」

ルヴァが優しくそう言うと、
マルセルはコクリとうなづいた。

「ルヴァさま、実は僕、僕・・・
病気になっちゃったみたいなんです」


泣きそうな顔でマルセルは告白した。





          ◇     ◇     ◇






コンコンと誰かが扉をノックした。
が、顔を出したくない気分だった。
マルセルは無視してベッドで寝そべっていた。

「マルセルさま、お客様ですが・・・」

世話係の老人の声だ。

「お客・・・? 誰なの?」

面倒くさそうに答える。
もしも守護聖のみんなだったら、なんとか理由をつけて帰ってもらおう。
そう、思っていたが。

「はい、あの・・・アンジェリーク様ですが・・・」
「アンジェリーク!?」

ドキンと胸が高鳴った。
思わず、飛び起きてドアのノブに手をかける。
が、そのまま手をおろした。
いや、ダメだ。まだ会えない。まだ気持ちに整理がついていない。

「ごめん。今日は会えないって言って・・・」

そう言うつもりだった。が、

「マルセルさま、アンジェリークです。お加減が悪いんですか?
だったら、チェリーパイだけでも後で召し上がって下さい」

と、可愛い声が扉の向こうで聞こえたので
マルセルは脱力しながらも降参したのだった。

キイと扉を開けて、マルセルはアンジェリークを迎えた。
顔がまともに見れなかった。
だが、アンジェリークの方はマルセルの顔を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

「よかった・・・お元気そうで。
ルヴァさまからご病気だって伺ったから心配で・・・」
「ルヴァ様が・・・?」
「はい。ちょうど私も相談したいことがあって伺ったら
マルセル様がお休みしてるって聞いて」
「・・・そう・・・なんだ。あ、ごめん。立ち話もなんだから、どうぞ入って」
「え? でも・・・お加減悪いんじゃ・・・」

その言葉にマルセルは鼻がツンとした。

「そんなコトない・・・よ。
アンジェリークが来てくれたから・・・すごく・・・嬉しかった」

今はそれだけ言うのが精一杯だった。




        ◇      ◇      ◇




老人は、テーブルにお茶とチェリーパイを並べると、一礼をして立ち去った。
部屋の中には二人きり。
カチャカチャと食器の音だけが聞こえ、妙にぎこちない時間が数分流れた。
だが、先に口火を切ったのはアンジェリークの方だった。

「あの・・・もしかして私のこと・・・お嫌いですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

一瞬、何を言われているのか分からなくて、マルセルはキョトンとした。

(僕が? アンジェリークを嫌い? 君を?!)

ガタッとテーブルが揺れた。

「なんでっ!!」
「え・・・だって・・・」

今度はアンジェリークの方がとまどった。
いつもにこやかにしていたマルセルが
いきなり真っ青になって立ち上がるから・・・

「だ、だって・・・マルセルさま。最近私のコトを避けていらっしゃったでしょう?」
「う・・・・・・・」
「しかも、今まであんなに親しくしていただいていたのに、最近は妙によそよそしくて・・・」
「あ・・・・・・・」
「だから、私。何か気に触るようなコトしたかなって、考えたんですけど分からなくて・・・」
「ご・・・・・・・」
「ルヴァさまにも相談してみようって、昨日伺ったら、マルセルさまご病気だって言うし・・・」
「そ・・・・・・・」
「だけど、マルセルさま。
私がここへ来てもちっとも嬉しそうじゃないし、顔も見てくださらない・・・」
「だ・・・・・・・」
「だから、私・・・マルセルさまに嫌われてるんです」
「ち・・・・・・・」
「もう〜!!何なんですか!? はっきりとおっしゃってください!!
マルセルさまは私が嫌いなんでしょう!!」

最後は泣きそうな顔でアンジェリークは言い放った。

いや、事実涙が大きな緑の瞳に溢れていた。

マルセルはそれを見てハッとした。

(僕、アンジェリークを泣かせちゃった・・・
誰よりも大切な女の子・・・なのに)

マルセルは覚悟を決めて
アンジェリークに向き直った。

「そんなことない。僕はアンジェが大好きだよ」
「鳥やうさぎと同じように?」
「同じじゃないよ」
「お姉さんのように?」
「それとも違う」
「私が女王候補だから?」
「そんなの関係ない」
「だったら・・・?」

アンジェリークはマルセルをじっと見つめる。
マルセルは困ったように、それでも視線をそらさず言った。

「アンジェリークが誰よりも、何よりも好きだよ」

その途端、アンジェリークの瞳から涙がこぼれた。






        ◇    ◇    ◇






数日後、二人は湖のほとりで仲良く散歩をしていた。


「それにしても、僕ホントにびっくりしちゃった・・・
あんなにアンジェリークが強気だったなんて」

マルセルの言葉に、アンジェリークはクスリと笑った。

「女のコはね、強くなる時があるんですよv・・・っていうのは冗談で。
実はルヴァさまの力をお借りしたんです」
「ええ?ルヴァさまの?」
「はいv マルセルさまのお気持ちも本当はルヴァさまからなんとなく・・・」

それを聞いて、マルセルはぷうと頬をふくらます。

「え〜、ひどいや、知ってたなんて・・・僕、ずいぶん悩んだのに・・・」



そう、マルセルは悩んでいた。
アンジェリークが特別な人だって気がついてしまってから、
今までどおりに振舞えなくて。
あんなに簡単に触れてた肌も、触れてはいけないような気がして・・・
あんなに簡単に言っていた言葉も、うまく言えなくて口ごもってばかり。
アンジェリークの笑顔が眩しすぎて見られなかった・・・

(どうしちゃったんだろう?僕・・・)

自分で自分が分からなくなって、何もできなくなった。
アンジェリークと普通にしゃべることさえも。息が・・・苦しくて。
だから、ルヴァに相談しにいったのだ。
ルヴァは困ったような笑みを浮かべながらも、
優しくマルセルの話を聞いてくれた。

「大丈夫。あなたは大人に近づいたのですよ。マルセル」

それがどういうコトかよく分からなかったけれど、
「大丈夫」
そう言われただけでも、少し心が休まった。




「ごめんなさい。でも、嬉しかったから」
「嬉しかった?」

アンジェリークは赤くなりながら、コクンとうなづいた。

「だから・・・私も・・・マルセルさまが・・・好きだったから」

あらためての告白に、マルセルもまた頬を染める。

「年下って・・・イヤじゃなかった?」
「そんなコト・・・気にもしませんでしたよ」
「じゃあ、いつから? 最初からじゃないでしょ?
いつから僕のコト好きになったの?」
「・・・・わかりません。いつのまにか好きになってたんです。
でも、マルセルさまはいつだって私に素敵な言葉を贈ってくれたから・・・」
「なんて?」

アンジェリークはにっこり笑ってその言葉を口にした。

「『アンジェリーク、大好きv』」










Fin