〜欲張りな彼女〜




「ない!?うそ・・・っ」

思わず声をもらし、アンジェリークは慌てて口を押さえた。

「どうかしましたか?アンジェリーク」

隣で読書に没頭していたルヴァがその声に気付いて首を傾けたので
アンジェリークは真っ赤になり慌てて首を振った。

「あ、いえ。た、たいしたことじゃないんです。
その、消しゴムが見当たらないなあって思って・・・」

それを聞くと、ルヴァは
「ええ?落としてしまったんでしょうか」
と、床に視線を落としてきょろきょろと見渡す。

「あ、あのルヴァさま。だ、大丈夫です。
部屋に忘れてるんだと思います。たぶん・・・だから」

気にしないで下さい。
そう言ってアンジェリークがにっこりと微笑むと
ルヴァは「そうですか〜?」と残念そうにつぶやいた。


たかが消しゴム1つのことなのに・・・
アンジェリークは先ほどのショックも忘れ
今更ながら感じ入っていた。
そんな小さなことまで心を砕いてくれるルヴァ様だから
いつのまにか好きになっていた。
だから、勉強という口実を作っては、道具を片手に部屋へ押しかけて。
忙しいだろうに、それでも嫌な顔1つせず相手をしてくれるルヴァ様。
もちろん自分が女王候補だから、それは当たり前かもしれない。
けれど、女王候補でも・・・
アンジェリークはこの気持ちを大切にしたかった。
だから・・・
彼女は心の中で決めていた。
試験も恋もがんばって。
いつかは自分の気持ちを伝えよう・・・って。

そうして、彼女は占い師のサラさんから教えてもらったおまじないを
こっそりと始めたのだった。




          ◇        ◇        ◇




アンジェリークが去ると
途端にルヴァの部屋に静寂が訪れた。

ルヴァは気が抜けたように息をつく。

別に疲れているわけではない。
最近自分は少しおかしい、と思うだけだ。
自分の部屋へやってくるアンジェリークをいつしか心待ちするようになって。
いつのまにか、彼女のことが気になってしまって。
本に没頭しているふりをしている自分に気がつく。
緊張・・・とでもいうのか。
なんでもない言葉も・・・気になって。

さっきも、彼女の力になりたいと思っていたのに
「気にしないで下さい」
そう言われて。
彼女に拒絶されたように感じてしまって、少し落ち込んでしまった。
たぶん、彼女はそんなことは微塵も思ってはいないだろうに。
次に来る時には彼女もきっと忘れている言葉だろうに
この心細さはなんだろう。

「ああ、ダメですね〜。こんな調子では・・・
ここは頭を切り替えて、この間買った本を読みましょうかね」
そう言って、ルヴァは重い腰をあげる。

「えーと、たしかここの棚に置いたと・・・・いや、こっちでしたかねえ」
ルヴァが本棚の前をうろうろしていると
コツンと何かがつま先に当たった感触がした。


「え?」
足元を見ると、少し手前にピンクの小さなものが転がっていて。
それを手にとってみれば、なんのことはない。

「これはアンジェリークの・・・ああ、こんなところにあったんですねぇ」
そう、先ほど彼女が慌てていた原因。
見慣れていたからこそわかった、
リボン模様のカバーのついたピンク色の可愛い消しゴム。
まるで彼女のようだとルヴァの顔は思わずほころぶ。

「あ〜、これで彼女も助かりますね〜よかったよかったv」
そう単純に喜んだルヴァだったが、ハタと気づく。

考えれてみれば。
「わざわざこれ1つだけ持ってアンジェリークの寮の部屋まで行くのは、おかしくはないでしょうかね・・・」
ルヴァは悩む。

「ん〜、それとも今度彼女が来たときまで預かっていたほうがいいんでしょうか。あ〜でも、それでは・・・・」

「そうですよ、彼女が新しい物を買ってしまうかもしれないですよね」
あんなに残念そうにつぶやいていたのに。
きっと気に入っていた消しゴムなのだろう。

「それでは、私ではなく誰かに頼みましょうかね・・・。あ〜、でも、それでは・・・」

「彼女の笑顔を見れませんよ・・・ね・・・・?」
そこまで考えて、部屋の中を右往左往していたルヴァは
ピタリと止まった。

彼女の・・・笑顔・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼は首を振った。

「何を考えてるんでしょう?私は・・・」
指の先で消しゴムをもてあそびながら彼は自嘲した。

その時。
「おや?」

彼はふと気付いてしまったのだ。
見てはいけないものに。
だが、視線をそらせない。

彼の視線の先には―
カバーがはずれた消しゴムには
「ルヴァ」の名前がしっかりと刻まれていた。




       ◇     ◇      ◇




「・・・・・・・・・・・・・」

拾ったピンクの消しゴムを机に置いたまま、眺めること小1時間。
彼は考えあぐねていた。
これはいったいどういうことなのだろう。
なぜ彼女の消しゴムに自分の名前が??
ぼ〜っとしながら彼の思考は止まっていた。

しかし、ふと動き出す。
もしかして、もしかしたら。
何かの呪いかもしれない・・・。
彼の脳裏に、以前読んだ知識の断片がいくつか思い出された。
たしか1つは
「魔除け」だったように思う。
人形に
災厄を託し、それを処分することによって身を守るというまじないだ。
そしてもう1つは、
別れたい相手の名前を札に書いておき、それを燃やすことによって、相手を抹殺するとかどうとか・・・・

「ひ〜〜〜っ!!」

想像して、ルヴァは頭を抱えた。

「そ、そんなはずはありませんよね。
ア、アンジェリークがそんな・・・私を・・・
か、仮にも女王候補なんですから、そんな・・・あはは・・・・
・・・・・・・ああ、どうしたらいいんでしょう!!
そんっなに私は嫌われているんでしょうかっっ!!」

ルヴァは完全に思考が迷走していた。
そんな彼の間違った思い込みに終止符を打ったのは
いつも定刻に部屋を訪れる清掃係の女性だった。

青い顔をしたルヴァにも気付かず、いつものように入ってきて掃除を始めた彼女は
机の上のそれを目にしたとき、一瞬眼を丸くし、そしてにっこりと微笑んだ。
「まあv 懐かしいおまじない。
ルヴァ様も、すみにおけませんわね」

その言葉を聞いて、ギョッとしたのは当のルヴァだった。
「え?あ、あのう、それはどういう・・・」
「え?あ、あら、違うんですか?そ、、そういえば、ご自身が持ってらっしゃるのっておかしいですよね。ま、まあ、私ったら早とちりしてたみたいで・・・」
ルヴァの過剰な反応に清掃係の女性のほうが驚いて、何か失言をしたかと早々に部屋を退出しようとしたが。
「ああっ、ちょ、ちょっと待ってください!!
何か知っていたら教えてもらえませんか〜!!」
と思いがけず切羽詰った様子のルヴァに引き止められ、出て行くに出て行けなくなった。

そんなわけで。
そのピンクの消しゴムが落し物だと話を聞いた女性は、少し顔を赤らめながら「私の早とちりかもしれませんけれどね・・・」と前置きをして、少女時代に流行ったおまじないのことをルヴァに話したのだった。




「はあ・・・好きな人の名前を書いて最後まで使いきるとと想いがかなう・・・ですか・・・そんなおまじないがあるんですね〜」
清掃係の女性が帰ったあと、ルヴァは感心したようにつぶやいた。
そうして、先ほどまで考えていたとんでもないことを思い出し、ルヴァは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「そうですよね〜。そんな馬鹿なことがあるはずがないんです。
彼女が人を貶めるなんてことないんですから。
そうですよ、好きな人の名前を書くおまじないのほうが彼女には似合って・・・・・・・・・・・・・・
って、ええ〜〜〜っ!?

話を聞いた時点では理解していなかったのか
たった今、頭に到達した衝撃に彼はめまいを起こした。

つ、 つまり・・・・
ゴクリとのどを鳴らす。

彼女が・・・私を・・・?!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ほ、本当に本当に信じてもいいんでしょうか・・・

それこそ勝手な思い込みかもしれない。
誰かに言ったら笑われることかもしれない。

けれど、信じたい自分が確かにいて。
部屋中喜んで走り回りたい衝動にかられる自分もいて。

それがどういうことなのか、今ようやくわかってきた彼は。

・・・泣きたくなった。
いろんな、意味で。

だが、彼はいつまでも感動と感傷に浸ってはいられない。

「ああっ!!そういえば・・・」
彼はもう1つ肝心なことを思い出したのである。





          ◇       ◇       ◇





ルヴァはアンジェリークが座っている席に近づいていった。
例の消しゴムを彼女に手渡すために。

彼はそれが入ったポケットに手を触れ、こっそりため息をつく。


あの時。
『消しゴムに好きな人の名前を書いて、最後まで使いきると想いがかなうっていうおまじないなんです。
でも、それにはもう1つ条件があって。
途中で誰にも知られちゃいけないんですよ』
知られてしまえば、おまじないは解けてしまう。
ルヴァは女性の言葉を思い出し、がっくりと肩を落とした。

(ああ・・・私が気付いてしまったばかりに)

事故とはいえ、すでに彼女以外の者が知ってしまったことになる。
もちろん、黙っていればわからない。
何くわぬ顔で、彼女に「落し物」だと返せばすむことだ。
たかが少女のおまじない、だ。
しかも、恋のおまじないだというのなら、両思いになっていると思えば普通はそれで問題ないだろう。
だが、妙なところで悩んでしまうのがルヴァのルヴァたる所以だった。
そんなわけで、どう彼女に話そうか悩んだものの
とにかくこれは自分が持っているわけにはいかないという結論に達したのだ。

「あ、あの〜アンジェリーク?」

緊張しながらもそっと声をかけると、アンジェリークは書き込んでいたノートから視線をあげ、ルヴァに気付くとパッと顔を輝かせた。

「あ、ルヴァさま。こんにちは!」
「こ、こんにちは、アンジェリーク。今日は図書館で・・・勉強、ですか?」
「あ、はい。いつもお邪魔してばかりだから・・・たまにはと思って。
 あの、ルヴァさまも今日はこちらへ?」

「え、ええ。そのちょっと・・・その、調べものに」
口ごもりながら、ルヴァはハッと気付く。

「ア、アンジェリーク、その消しゴムは・・・?」

彼女の手元にはあの消しゴムと同じ型の、真新しい消しゴムがあって。
ルヴァの視線に気付くと、アンジェリークは恥ずかしそうに笑った。

「あ、これですか?この間探してた消しゴムなんですけど、やっぱり見つからなくて、仕方がないから予備で買ってた新しいのをおろしたんです。
ふふv こんなこともあろうかと、私たっくさん買っておいたんですよv」

それを聞いたルヴァはポカンと口を開けた。

「た・・・たくさん・・・ですか?」
「ええ!今度こそ、がんばります。私あきらめませんから」
「えっ?!」
「あっ、いえ。そのっ・・・試験をがんばろうっていう意味で、ですよ」

真っ赤になって慌てるアンジェリークと言葉を交わしながら
ルヴァは顔がゆるむのを押さえられなかった。

「そ、そうですか〜。それでは、がんばってくださいね。アンジェリーク」
「は、はい! ありがとうございますv ルヴァ様」

別れ際ペコリと頭をさげるアンジェリークを微笑ましく思いながらも
ルヴァは内心舌を巻いていた。

なんとまあ、彼女はたくましいのだろう。
その強い意思があれば、いずれ彼女はなにもかもその手につかめてしまいそうである。

そんな彼女に向き合えるよう
いつかは自分も覚悟を決めなければならない。
そう、いつかは―

そして、それは決して遠い未来の話ではないだろう。

ルヴァは再びポケットに触れ、そっと笑みをこぼした。






(本当に・・・私をあきらめないでくださいね、アンジェリーク)






Fin







2008・5・11UP